筆者の油価相場「読み違い」を自己分析する

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 2018年5月14日、在イスラエル米国大使館のエルサレム移転に対するパレスチナ人の抗議デモに対し、イスラエル治安部隊が銃撃し、60人以上が死亡、2000人以上が負傷した。

 これを受け、世界の指標原油である北海ブレント原油価格はついに2014年11月末のOPEC(石油輸出国機構)総会前の水準である78ドル台にまで上昇した(前日比+1.11ドル)。ドナルド・トランプ大統領の「火遊び」がまた炎を上げたのだ。

 一方、NYMEXのWTI原油は26セント増の70.96ドルで終えている。

『フィナンシャル・タイムズ』(FT)が「Brent tops $78 a barrel highest since 2014」(東京時間2018年5月15日午前6時頃)と題する記事で報じているとおりだ。

 また、混迷を続けるベネズエラでは、5月20日に「大統領選」が予定されている。括弧書きにしたのは、ニコラス・マドゥロ大統領が「圧勝」する姿を見せるために仕組まれた「出来レース」の選挙だからだ。米国はもちろん、欧州および中南米諸国は、この「選挙」を正当なものとはみなさない、と表明している。

 FTが「Maduro’s biggest test comes after election day in Venezuela」(2018年5月14日)という記事で報じているように、問題は「選挙後」に何が起こるか、だ。トランプ大統領は「制裁」として、現状約50万BD(バレル/日量)輸入しているベネズエラ原油の米国への輸入禁止措置を取ることを示唆している。

 これもまた原油価格を押し上げる要因だ。

 一昨日(5月14日)発表された「OPEC月報(OPEC Monthly Oil Market Report)2018年5月号」は、2018年の世界のGDP成長率は前月予測と同一の「+3.8%」(2017年も+3.8%)としている。世界経済は引き続き「堅調」との評価だ。

 また、焦点のOECD(経済協力開発機構)商業用在庫は、3月末に前月比1270万バレル減少して28億2900万バレル、過去5年平均対比で「+900万バレル」だった、と発表した。前月発表の過去5年平均対比が「+4300万バレル」だったので、過剰在庫は間違いなく解消の方向に向かっている。

 このように、当面価格下落を引き起こす要因は見当たらない。

 価格上昇がひと休みする気配は、残念ながらまったく感じられないのだ。

外れた「春までには一度落ちる」読み

 さて、冒頭に掲げた表は、一昨日(5月14日)のNYMEXのWTI原油の取引記録の一部だ。全体はきわめて長いものなので、中間部分を割愛し、期近の受け渡し月である「2018年6月から2020年1月まで」のものと、最後の「2025年の7月から2027年の2月まで」のものと「合計欄」の部分だけを紹介してある。

 日経などが報じているWTI価格とは、もっとも期近の「2018年6月渡し」のもので、一昨日の終値は70.96ドル、総取引量は117万8371万枚だった。取引単位は1枚が1000バレルだから、総取引量は世界総生産量の約12倍の11億7800万バレル強だったことになる。

 そして「未決済取引残高(Open Interest)」は、史上最高の27億666万1000バレル相当になっている。20億バレルを超えたのが、協調減産合意が予測されていた2016年11月11日、25億バレルを超えたのは協調減産の延長合意が予測されていた2017年11月1日となっている。「未決済取引残高」の積み上がり速度はきわめて早い。

 今回はこのデータを見ながら、今年初めに筆者が「春までには一度落ちる」と読んでいたことが当たらなかった理由を自己分析してみよう。つまり、投機筋が歴史上最高水準にまで積み上げた「買い持ち(ロング)ポジション」を、どのように解消したのかを考えてみたい。

 少々専門的な話になるが、お付き合い願いたい。

「勝利の方程式」とは

「OPEC月報2018年5月号」は、「投機筋の買い持ち(ロング)ポジションは減少したが、ロングとショートの比率は記録的な高さだった」と分析している。つまり、ロング・ポジションの解消以上にショート・ポジションを解消し、結果としてロング/ショートの比率が高まっている、というのだ。

 これが1つのヒントだ。

 読者の皆さんもご記憶のように、価格が低迷していたあいだ、先物市場は「コンタンゴ」と呼ばれる「先高」状態だった。トレーダーたちは、相対的に安価な現物を購入し、タンカーを傭船して積み込んで貯蔵し、同時に相対的に高い先物、たとえば1年先のものを売って利益を確保するという、いわゆる「コンタンゴ・オペレーション」に「勝利の方程式」を見出していた。実際、これらのタンカー備蓄はすでに解消され、トレーダーたちは巨額の利益を得ている。

 一方、協調減産が合意された2016年末ごろからブレント原油が、それから半年ほど遅れてWTI原油も「バクワデーション」と呼ばれる「先安」状態に変化した。掲げてある表も、市場が「バクワデーション」であることは示している。

 では「バクワデーション」のとき、トレーダーたちはどこに「勝利の方程式」を見出しているのだろうか。

「逆オイルショック」

 ここで思い出すエピソードがある。

 筆者がオイルトレードに参加し始めた1980年代半ば、某日系商社が巨額の利益を上げていた。当時はまだNYMEXの原油取引は勃興期で、ロンドンのIPE(国際石油取引所、現在のICE=Inter-Continental Exchange=の前身)はまだ離陸できないでいた。ロンドンのトレーダーたちの主戦場は「15日物ブレント原油」という先渡取引だった。先渡取引とは、受け渡し時期が数カ月先のものだが、取引所を介在させない私企業間の相対取引で、現在でも活発に行われている。

 筆者が参加したオイルトレードも、某日系商社が成功している「15日物ブレント」先渡取引だった。

 筆者は社内の同僚、先輩たちと、某社の「勝利の方程式」の秘密はどこにあるのだろうかと議論した。結論は、おそらく「バクワデーション」を利用して、ロング・ポジションをロールオーバーしていくことにある、ということだった。

 掲げてある表を用いて説明すれば、5月14日に「2018年7月渡し」を日中の最低取引価格70.24ドルでロングする。終値が70.99ドルだから、評価益は75セントになる。

 これを明日以降、様子を見て売り払い、同時にさらに先のもの、たとえば「2018年9月渡し」をロングするのだ。すると、評価益75セントを織り込むと、69.70ドルでロングしていることになる。

 こうしてロング・ポジションをロールオーバーしていくことで、実質ロング・コストは徐々に低下していくというわけだ。

 なるほど。

 だが、女神はいつまでも微笑んではいなかった。

 いわゆる「逆オイルショック」が起こり、市場は急激に「コンタンゴ」に変化した。某商社は大損を出し、以降、オイルトレードを休止した、と伝えられている。

非投機筋の動き

 さて、今年の春さき、投機筋が何を行ったのだろうか。

 筆者の読みは次のとおりだ。

 つまり、投機筋は、価格が上昇したのを見てロングを売り抜いて利益を確定する。だが、まだ上がりそうだと判断して、売り抜いた量の半分ほどで、さらに先の受渡しのものをロングする。こうすることにより、ロング・ポジションは減少する。

 さらに、ロングを売り抜いて利益を確定する代わりに、ロングを維持したままさらに先の受け渡しのものをショートする、というやり方もある。いわゆる「スプレッド・ポジション」を持つのだ。100のロングに100ショートすると、ロング/ショートの比率は「1」になるが、50だけショートすると比率は「2」になる。

「OPEC月報」が報じている「ロングが減少」し「ロング/ショートの比率が高まっている」というのは、たとえば「100のロングと50のショート(比率「2」)」だったポジションを「80のロングと20のショート(比率「4」)」に変化させている、ということではないだろうか。

 今回の値上がりの動きの中で、非投機筋が新たにロング・ポジションを形成したため、全体の「未決済取引残高(Open Interest)」が歴史上、最多を記録する一方、投機筋が史上最高のロング・ポジションを解消できた、というストーリーだったのではないだろうか。

 はてさて、如何なものであろうか。(岩瀬 昇)

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。

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