米英仏「シリア爆撃」で「米露悪化」「中露同盟」どうする日本

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 米英仏3国が4月14日に実施したアサド・シリア政権への巡航ミサイル攻撃は、昨年4月の米軍による巡航ミサイル攻撃よりも規模が大きく、英仏両国が参加したことに特徴がある。これに対し、ロシアは「主権国家への侵略」(ウラジーミル・プーチン露大統領)と激しく非難し、欧米との関係が一段と悪化した。前回との違いの1つは、昨年は国連安全保障理事会決議の採択で棄権した中国が、今回はロシアに同調したことだ。米国から貿易制裁を受ける中国がロシアと連携を強めるなら、わが国の戦略環境は一段と厳しくなる。

対立泥沼化を回避

 アサド政権が化学兵器を使用した疑惑が広がり、ドナルド・トランプ米大統領が制裁攻撃を予告してから実際の攻撃までに約1週間かかったが、この間、クレムリンでは米軍のロシア軍基地攻撃があるのでは――とパニックが起きたという。『ノーボエ・ブレーミャ』誌(4月14日付)は、「1962年のキューバ危機のような緊張が走った」と書いた。テレビの討論番組では保守派の学者らが、ロシアが報復攻撃をすべき米国の標的まで想定していた。

 3月の英国での元ロシアスパイに対する神経剤襲撃事件で、欧米とロシアは外交官を相互追放するなど関係が険悪化した直後だけに、シリア攻撃で一触即発の事態も憂慮された。米英仏3国が化学兵器関連施設3カ所に対し、巡航ミサイル計105発を撃ち込んだ後、プーチン大統領は声明で、「主権国家への侵略行為で、国際法違反だ。化学兵器の使用は一切確認されていない」と厳しく非難し、国連安保理の緊急会合を求めた。

 しかし、それ以上の緊張は回避された。米英仏軍はロシア軍施設は攻撃せず、仏軍は事前にロシアに攻撃情報を提供していた。ロシア側もシリアに持ち込んでいる最新の対空ミサイルS400を使用せず、報復措置もとらなかった。対立の泥沼化を防ぐ暗黙の了解が働いた模様だ。

 ただし、ロシアのブログでは、外交官追放、シリア空爆と欧米にやられっ放しだとし、プーチン政権の「弱腰」を批判する書き込みが少なくない。

ロシアで「ブラック・マンデー」

 この間、ロシアにとってはシリアどころではなかった。実は4月9日の月曜日、モスクワの株式市場が一気に15%も暴落する「ブラック・マンデー」が起きた。米財務省が4月6日、プーチン大統領周辺の新興財閥(オリガルヒ)の関係者24人と14組織を対象に追加制裁を発表したことが市場を直撃したのだ。

 大打撃を受けたのは、「アルミ王」オレグ・デリパスカ氏が率いるアルミ大手「ルサル」。同社の米国内資産が凍結され、米国との取引が禁止されたことから、一気に経営危機に陥った。通貨ルーブルも下落し、その後も神経質な展開が続いている。株価と通貨の暴落は、2014年のウクライナ危機以来の規模という。

 反政府活動家のアレクセイ・ナバリヌイ氏は「米国の標的リストは、腐敗したオリガルヒを最も困らせるものだ」と歓迎した。その後、米英仏3国のシリア空爆も重なり、外貨の逃避が続いている。『インタファクス通信』は、「ルーブルの下落はインフレにつながる。国内経済の低迷を長期化させ、国民を不安に陥れた」と書いた。

 米国は昨年8月に成立したロシア制裁強化法に基づき、断続的に対露制裁を実施しているが、今回の市場直撃は、米国の国内総生産(GDP)の約8%にすぎないロシア経済の脆弱性を見せ付けた。4選を決めたプーチン大統領は5月7日の就任式を控え、厳しい船出となりそうだ。

『ロイター通信』によれば、プーチン大統領は4月19日、トランプ大統領に米露関係改善の新たなチャンスを与えるため、反米レトリックを抑制するよう指示したという。大統領は当面、欧米との対決路線を回避したいようだ。

中露同盟論も

 シリア空爆でロシアが安保理に提出した非難決議案をめぐり、ロシアの同盟国カザフスタンは棄権したが、中国は「軍事行動は支持できない」として賛成に回り、ロシアに同調した。昨年4月、フロリダ州での米中首脳会談の最中にシリア攻撃を知らされた習近平中国国家主席は米軍の攻撃に「理解」を示し、安保理決議案では棄権していた。中国の変身は、トランプ政権が対中貿易制裁を発表し、貿易戦争の様相を呈するなど、米中関係の悪化が背景にあろう。

 一方で、孤立するロシアはますます中国との関係強化に動いている。プーチン大統領は4月初めに訪露した中国の王毅外相と会談し、「現在の国際情勢は、中露の関係強化の必要を一段と高めている」と述べ、包括的戦略パートナー関係の拡充を提唱した。王外相も「中露関係は現在が過去最良であり、両国は国際的地位の向上を図る互いの立場を支援すべきだ」と応じた。4月には、中国の魏鳳和国防相も訪露し、軍事協力拡大で合意した。

 中露首脳は今年も数回首脳会談を予定しているが、ともに長期政権を確立しただけに、国際舞台で連携を強めそうだ。ウクライナ危機後、孤立するロシアは中国一辺倒外交が目立ち、中国はロシアの油田、ガス田の権益を次々に獲得している。両国の学者には、「中露同盟」を支持する意見も多い。

 中露の関係強化は、両国を「戦略的競合国」と位置づけて敵対姿勢をとり、中露離間を進めなかったトランプ外交の失敗ともとれる。

ロシアは石破氏に注目?

 中露関係の緊密化は日本外交にとって伝統的に脅威であり、5月26日の安倍晋三首相の訪露にも影響しそうだ。安倍、プーチン両首脳の会談は21回目となるが、平和条約交渉が進展する可能性は少ない。

 日本政府は英国の神経剤事件で、外交官追放に参加せず、ロシアに配慮を示した。ロシア側もこれを評価しており、モスクワでの「日露友好病院」整備計画も発表され、雰囲気は好転している。

 ただし、両首脳の個人的親交を平和条約の突破口にしたい安倍首相に対し、プーチン大統領は対米関係を中心とした世界戦略の枠内で対日関係を位置づけており、米露関係の悪化が日露関係進展を阻害している。トランプ大統領と会談を重ねる安倍首相の親米ぶりにも一定の不満があるはずだ。

 ロシアは交渉相手の足元を見る習性があり、森友・加計問題で安倍首相の支持率が低下していることも注視している。日米離間を図るロシアの立場からすれば、後継者には、自主防衛を唱える石破茂元自民党幹事長あたりが望ましいかもしれない。(名越健郎)

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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Foresight 2018年4月25日掲載

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