なぜボクシングは世界チャンピオンでも食っていけないのか? 亀田興毅×内山高志「レジェンド王者」対談

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 村田諒太が初防衛を果たす一方、連続KO記録の更新を目指した比嘉大吾は計量失格で王座を陥落するという悪夢に見舞われた。そんな何かと騒がしいボクシング界に、世界王座11度防衛の「ノックアウト・ダイナマイト」と、復帰戦を5月に控えた「浪速の闘拳」が物申す!(以下、「新潮45」2018年5月号より転載。)

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 対談が行われた3月13日、日刊スポーツの1面には〈亀田 現役復帰〉〈ガチ!! ライセンス再申請〉の文字が躍っていた。その後、亀田は5月5日に1試合限定の復帰戦を行うと発表。注目の対戦相手は、彼がプロ初黒星を喫したタイの元世界王者・ポンサクレックだった。

内山 現役復帰か……。本当に思い切ったね。
亀田 いやいや、めっちゃ大変ですよ。いざ本格的にトレーニングを再開したらほんまにしんどくて、ちょっと後悔してますもん。何しろ、体重を測ったら62キロ。引退してから筋トレに手を出して身体がごっついデカくなってたんです。
内山 僕がいま64キロだから、ほとんど変わらない。復帰戦はバンタム級だから、あと8・5キロ落とさないといけないわけだ。
亀田 ええ、きついですね。
内山 スパーリングも始めたの?
亀田 4ラウンドやっただけでフラフラでした。
内山 そうか。でも、復帰を宣言したってことはやりたいんでしょ、試合を? 
亀田 そうですね。これだけ世間を騒がせたボクサーなのに、最後は海外の試合で人知れず引退してしまった。ボクサー・亀田興毅としてまだ死に切れていないという後悔があるんです。だから、わがままは承知の上で、あと1回だけ日本のファンの前でリングに上がらせてもらって完全に幕を下ろしたい。棺桶の蓋をきちんと閉じたいと思ってます。
内山 なるほどね。それにしても、復帰宣言でスポーツ紙の1面を飾るんだから流石だよ。
亀田 現役から2年半も遠ざかっていた自分のことを取り上げてくれるんだから、ありがたいことやと思います。でも、ボクシング界全体を考えたらさみしい部分もある。
 自分だけでなく、もっと現役の選手が注目されてほしい。自分の復帰戦を利用して、ボクシング界を盛り上げてほしいという思いも強いですね。

 内山と亀田は年齢こそ7歳違うが、共に2000年代を代表する世界チャンピオンとして脚光を浴びる存在だった。2人はお互いをどう見ていたのか。

時代を変えたボクサー

亀田 内山さんのスーパーフェザー級はいわゆる中軽量級で、世界的に見ても選手層が厚い。体格的に恵まれない日本人選手が闘い続けるのは至難のワザなんです。
 そんな階級でKO勝利を量産して、「ノックアウト・ダイナマイト」の異名を取ったのだから、当時から日本人離れした実力の持ち主だと感じてました。歴戦の世界ランカーと対決しても、「あれ、この対戦相手、噛ませ犬と違うか?」と思わせるくらい圧倒的な実力差を見せつけていた。パンチ力はもちろんですけど、距離感が優れてるから相手のパンチをもらわないんですよ。ほんで、自分はごっつい強いパンチを入れるでしょ。イヤらしいですわ、ほんまに(笑)。しかも……、内山さんがチャンピオンになったのは何歳でしたっけ?
内山 当時は30歳だった。
亀田 それまでのボクサーは30歳を過ぎると気力、体力ともにキツくなってくると言われてた。そんな定説を完全に覆して、大げさでなく時代を変えましたよね。自分を律してきちんと身体をケアすれば、それだけ選手生命を延ばせるということをリング上で証明した。
内山 そういう興毅は何歳で世界を獲ったの?
亀田 19歳の時です。
内山 それは凄いな。
亀田 19歳で世界チャンピオンになって28歳で引退しました。つまり、自分が引退するよりも上の年齢で内山さんはチャンピオンになって、その後にタイトルを11回も防衛している。ほんまに鉄人ですよ。
内山 いや、ありがとう。興毅は03年に17歳でプロデビューしているから、僕よりも2年早いんだよね。デビュー当時の印象は、まぁ、やけに生きの良さそうなヤツがプロに入って来たな、と。
亀田 ははは(笑)。
内山 でも、それと同時に「大したものだなぁ」と感心した。というのも、僕も含めて若い選手は大学時代に適度に息抜きというか、先輩や同い年の仲間たちと遊ぶこともあったんです。
 でも、興毅を筆頭に大毅、和毅の3兄弟は、コーチであるお父さんのもとで文字通りボクシング漬けの生活を続けて、そのままプロ入りしている。10代の頃から「3部連」、つまり、朝練・昼連・夜連を積み重ねてきたわけでしょう。
亀田 まぁ、そうでしたね。
内山 本当にボクシング中心の生活だったのだから、デビュー当時の生意気な口の利き方も仕方がなかったと思う。デビュー戦からあれだけ脚光を浴びればプレッシャーも相当なものです。そのなかでしっかり勝ち続けるんだから本当に強いハートの持ち主だな、という印象。大口を叩いた以上は決して負けられない。あれは相当気合いが入っていないと真似できないですよ。
亀田 自分らは西成出身で、親父もプロ経験がなく、ボクシングエリートとはほど遠い存在やったから。プロになった以上はどれだけ全国に「亀田」の名前を広められるかや、とばかり考えてました。いまも大差ないですけど、スポーツ新聞のボクシング記事なんて野球や相撲、プロレスと比べたら微々たるもんですよ。ふつうにやってたら絶対に取り上げてもらえないから、パフォーマンスも必要やと思って頑張った面はありますね。
 いま思えば、その路線を開拓した親父にはプロデュース能力があったと思います。ただ、最初は渋々だった自分らもそのうち調子に乗り出して……。
内山 とにかく面白いことを言ってやろうという。
亀田 そうそう。で、一番調子に乗って失敗したんが大毅ですよ。そのお陰で「しくじり先生」には出演できましたけど(笑)。

世界王者は11人いるけど……

内山 ただ、そんな僕らから見ても、日本のボクサーのレベルは格段にレベルが上がってると思う。高校生や大学生の試合を見ることがあるんだけど、プロでも十分に通用しそうな選手がゴロゴロいる。それどころか、世界チャンピオンを目指せるほどの逸材も目にします。
亀田 それは間違いない。将来が楽しみな若手がいることは明るい話題だと思います。
内山 僕がボクシングを始めたのは高校に入学してから。亀田家は例外中の例外で、その頃は早い選手でも中学生で練習をスタートさせていた。親にしてみればケガが心配だから、少年野球やサッカー少年団はともかく、ボクシングを勧めたりはしなかった。
 ただ、最近はキッズボクシングが浸透してきたお陰でジムに通う小学生も珍しくなくなってきました。ちょうど親の世代が、辰吉丈一郎さんと薬師寺保栄さんの試合に熱狂したり、「ガチンコ・ファイトクラブ」のようなバラエティ番組を観ていて、アマ・プロ問わずボクシング経験者も少なくないんです。だから、子供にもボクシングを勧める。いまは『あしたのジョー』のように、喧嘩に明け暮れていた不良が根性で世界チャンピオンを目指す時代じゃない。そもそも、不良自体がいませんからね。小学校時代から地道に練習を重ねてきた選手たちが活躍するようになると面白いですよ。
亀田 確かに、期待できると思います。でも、一方で、ボクシング業界にはなかなか楽観視できない状況もあるわけです。

 現在、日本のボクシングジムに所属する男子の世界王者は11人(今年3月時点)。ロンドン五輪の金メダリスト・村田諒太や、世界最速での3階級制覇を目指す井上尚弥など、ボクシングファン以外にも高い知名度を誇るスター選手が登場している。

亀田 ただ、相当なボクシングファンでも11人のチャンピオンの名前を全員挙げるのは難しい。
内山 確かに、現役の日本人世界チャンピオンの名前で山手線ゲームをやっても勝つ自信がないな。
亀田 若い選手が伸びてくれるのは嬉しいですけど、まずは現役のチャンピオンを上手にブランディングして盛り上げていく必要がある。それに、もっとボクシングファンの裾野も広げていかんと。今回の復帰戦にはそういう思いも込めてるんです。
 あと、自分にはいま息子が3人いて、次世代の「亀田3兄弟」なんですけど(笑)。父親が死に物狂いでやってきた職業を見せてあげたいという思いもありまして。もし自分たちの意志でボクシングをやりたいというのであれば、息子たちに力を貸してやりたいと思いますね。
内山 なるほど。僕は独身だけど、自分の子どもをボクサーにしたいとは思わないかな。精神的にも肉体的にも凄まじいプレッシャーがかかる。その重荷を子供に背負わせるのは可哀想に思えるんです。
 僕もこれまで、たびたび復帰説が報じられてきましたが、いまは全く考えられない。正直に言えば試合はしたいんです。でも、現役時代の練習をもう一度やるというのは、さすがにキツい。
亀田 それをいま実感してます(笑)。
内山 現役当時の練習を振り返ると、たとえば、ゴルフ場で1週間合宿して朝夕とひたすら走り込む。距離にして1日30~40キロ、1週間で軽く200キロを超える。ボクサーはマラソン選手の次に「走る職業」なんです。持久力を養うのはもちろん、厳しい練習を乗り切ったという自信をつける意味もある。
亀田 俺はあんだけ頑張ったんや、というね。結局は気持ちのスポーツですから、ボクシングは。自分が引退を発表した時も、真っ先に頭に浮かんだのは「よっしゃ! これでもう走らんでええんや」。もともと走り込みが嫌いなんで、どんだけ嬉しかったことか。
内山 僕も「練習しなくていい」となってホッとしてのは事実だね。ただ、同時に寂しい部分もありました。毎日、毎日続けてきたことから急に解放されて、何か大切なものを失ったような気がした。
 そういう思いはあるけれど、改めて復帰を目指すには相当気合を入れないと難しい。練習のツラさに加えて、チャンピオン特有の厳しさもありますから。ボクサーの宿命なんですが、歯を喰いしばって激しい練習に耐え、ようやくベルトを掴んでも全く余裕は生まれない。むしろ、チャンピオンになってから本当の試練が待っている。

チャンピオンでもバイト生活

亀田 結局、チャンピオンは勝って当たり前なんです。言うたら、2対1の判定で王座を防衛してもチャンピオンの場合は「辛勝」「大苦戦」。これが挑戦者だったら「大善戦」だし、仮に判定でもタイトルを獲れば「殊勲の星」と報じられる。
 チャンピオンは常に崖っぷちの心境。自分は階級を移して3階級制覇しましたが、それはガムシャラな気持ちでぶつかっていける挑戦者の立場が性に合っていたから。同じタイトルを防衛し続けた内山さんとは感覚が違うかもしれない。11回防衛だと王座を何年間守ったことになりますか?
内山 タイトルを保持した期間は6年3カ月だね。地元の春日部で応援してくれた小学1年生の子供たちが、12度目の防衛戦の時には中学生になってた(笑)。
 モチベーションは「負けたくない」という気持ちだけだから、ひたすら練習するしかない。でも、ひとつだけ自信を持って言えるのは「チャンピオンになるとボクサーは強くなる」ということ。やっぱり注目される環境にいると練習も手を抜けないし、どんなにへばっていても自分を追い込むようになる。
亀田 あぁ、すごく分かる。へばってるとこを見せたくなくて無理やり気合を入れますよね。
内山 世界チャンピオンの胸を借りるということで、他のジムからボクサーが出稽古に訪れることもある。しかも、相手は「チャンピオンと拳を交える」というので気合いが漲ってる。そんな時は、ダッシュや筋トレで身体がガタガタでもスパーリングを断るわけにはいかない。もし僕がいいパンチをもらったり、内容が悪かったりしたら「内山なんて大したことなかった」と言い触らされてしまう。だからこそ体調が万全じゃなくとも絶対に倒してやろう、と。気持ちの面では確実に強くなります。
亀田 しかも、試合に勝っても羽を伸ばせるのは1週間から10日程度。試合に向けて最高の状態まで身体を鍛え上げるので、休ませ過ぎると取り戻すのがしんどい。それやったら早くトレーニングを再開させた方がいい。当時は365日ずっとボクシングのことばかり考えてました。それでもファイトマネーは大して稼げませんよ。リアルなとこ、人気のある世界チャンピオンで1試合3000万円程度やないですか。世界戦は年に3試合が一般的なので年収も1億円に届かない。
内山 これが1試合で1億円になれば夢があるかな。
亀田 そうなんです。年俸1億円の野球選手なんていくらでもいる。ボクシングの競技人口が少ないといえども、世界一を決める戦いなんやから1試合で1億円の大台に乗せたいですよね。特に、村田諒太さんのようなミドル級のボクサーであれば最低でも1億円は稼いでほしい。ボクシングは12ラウンド戦い抜いても試合時間は36分。たった36分で1億円稼げたら「俺もやってみようかな」と思う若い子が増えるはず。でも、いまの状況だと、若い子らはボクシングをコストパフォーマンスが悪いスポーツと考えてるんやないかな。こんだけ死ぬ思いで練習して世界を獲っても1億円に届かんのか、というね。
内山 実際、日本チャンピオンレベルだと、ほぼ全員がアルバイトで生計を立てているし、東洋チャンピオンも似たようなものです。勤務シフトに融通が利くガソリンスタンドや飲食店、特にラーメン屋はよく聞きます。
亀田 世界王者でもガソリンスタンドで働いてた選手はいますね。

新たな興行スタイルへの挑戦

内山 たとえ世界チャンピオンになっても防衛し続けないと経済的にはほとんど残らない。防衛を重ねるごとに少しずつファイトマネーが上乗せされ、知名度が上がるとスポンサーもついてくるようになる。僕の場合、4回防衛した頃からですよ、それなりに稼げるようになったのは。興毅のようにデビュー当時からテレビで特番を組まれる存在ではなかったので、世界戦のチケットを応援してくれる人たちに自ら手売りしてね。最高で2000枚ほどは自分で営業して捌いてました。
亀田 えぇ! 2000枚って、後楽園ホールだったら内山さんのお客さんだけで埋まりますよ。
内山 だから、世界戦が終わると、トレーニングの合間に1~2カ月かけて挨拶回りをしてた。比べてはいけないけどプロ野球選手とは違うよね。彼らはプロに入る段階で契約金を何千万円と手にするんだから。
亀田 それは競技人口と人気の差ですよね。JBCに加盟しているボクシングジムは約250。ひとつのジムに練習生が100人いるとして、まぁ、全国で2万5000人程度です。そのうちプロ資格を持っているのは1割弱の約2000人。そのなかには8回戦以上に出場可能なA級ボクサーが含まれている。彼らの多くは30歳以上のベテランだから、あと数年で選手生命を終えてしまう。一方、将来性のある若手が育っているとはいえ、プロテストを受ける受験者は年々減少している。ボクシング業界が危機的状況にあるのは間違いない。
内山 いまも世界戦はほぼ全て地上波で放映されているんです。ただ、その他の試合はCSのスポーツ専門チャンネル以外で中継することはまずない。以前は「ダイヤモンドグローブ」や「ガッツファイティング」といった番組で定期的に放映されていたけど。
亀田 世界戦にしても、村田諒太さんでようやく20%台、井上尚弥君では10%そこそこやからテレビ局の支払う放映権料にも限界があると思います。
内山 興毅の現役時代はファンもアンチもケタ違いに多くて、それこそ視聴者は文句言いながらもテレビで観戦していた。ある意味で興毅の策略にハマっていた(笑)。内藤大助さんとの因縁の試合なんて視聴率も凄かったでしょ。
亀田 あの試合は43%ですね。2万1000人のさいたまスーパーアリーナが満席でしたからね。
内山 それくらいのボクシング人気が復活してほしいと思います。そのためにはジムの数を増やして、ボクシングに関心を持つ人たちの裾野を広げていく必要があるんじゃないか。それが選手層の厚さと、ボクシング人気を支えることに繋がっていくので。いくらボクササイズが流行ってもスポーツジムに通われてはボクシング自体が身近にならない。ボクササイズが入り口で構わないので、ボクシングジムの門をくぐってほしい。人気という面では、興毅の復帰戦を利用するというのも面白いよね。復帰戦はどこで放映するの?
亀田 AbemaTVで放映することになると思います。今年の元日にも協栄ジム主催の「TFC東京ファイトクラブ」をAbemaTVで流したんですよ。TFCは4回戦ボクサーをメインに据えています。
 というのも、いま世界戦が放映されても、視聴者は「一体、誰と誰の試合?」ということがほとんどやと思うんです。露出が少なすぎて個々のボクサーについて視聴者が全く知らない。そこで、TFCではまだ発展途上の若手を取り上げて成長のストーリーを共有してもらう、と。そこで人気が出れば試合にも観客が集まるし、スポンサーがつくかもしれない。そういう新たな興行のスタイルを打ち出していくのもアリやと思うんです。
内山 あとは、4つの団体が存在して、それぞれにチャンピオンがいる構図も分かりづらいと思う。実現は難しいかもしれないけれど、日本人が王座をほぼ独占している軽量級で、王座統一トーナメントをやっても面白いんじゃないか。
亀田 なるほど。K-1の軽量級トーナメントのような感じですね。それくらい新味のある興行を打ち出さないとボクシング人気の復活は難しいと思います。

内山高志(うちやま・たかし)
1979年埼玉県生まれ。全日本アマチュアボクシング選手権を3連覇した後、2005年にプロデビュー。10年にWBA世界スーパーフェザー級王者となり、11回連続で防衛に成功。昨年7月に引退。

亀田興毅(かめだ・こうき)
1986年大阪府生まれ。2003年に17歳でプロデビューし、06年にWBA世界ライトフライ級の王座を獲得する。その後、日本人初の3階級制覇を達成。15年10月に現役引退を表明した。

新潮45 2018年5月号掲載

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