2つに絞られたロシア疑惑「モラー捜査」の「最終ターゲット」

国際Foresight 2018年3月16日掲載

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 ロバート・モラー特別検察官によるロシア疑惑の捜査が始まってから、わたしは捜査の進展を毎日追いかけ、ベタ記事のような小さな情報も見逃さないよう心がけてきた。しかし、巨大な氷山の水面下に深く隠されたロシアとドナルド・トランプ米大統領の共謀の事実は、なかなかその片鱗すら見せようとしない。モラーの捜査は多岐にわたり、およそ繋がりなく分散する、いくつもの点を追いかけているようにも見える。それぞれが疑惑の方向にベクトルを向けているものの、共謀の全体像は姿をあらわさない。

投げかけられた「幅広い網」

 隔靴掻痒とはこのことだろう。モラーが何の目的で、何をやろうとしているのか、なぜここにこだわるのか、などと悩まされていた折の3月5日、『ワシントン・ポスト』(初報NBC ニュース)が思わぬ見出しを掲げた。

 「モラーは幅広い網を投げかけている。今やターゲットはトランプだ」

 わたしの知る限り、捜査の対象がトランプに絞られてきたと報じられたのは、初めてのことだった。それも、2点について的を絞ってきたというのである。この2点を調査するために、数多くの証人に召喚状が送られた。モラーの捜査網が広い範囲におよんでいたのは明らかである。

 召喚状は、2016年の大統領選におけるロシアの選挙妨害について、トランプ自身がいつ、何を知っていたかを尋ねることが目的である。とくに民主党本部がハッキングされたことについて、一般に報道される前にトランプはすでに知っていたか、またトランプはハッキングされた電子メールが、内部告発サイトのウィキリークスによって公開される計画に関与していたか、という問いかけである。

 トランプがロシアの選挙妨害について報道以前から知っていたとすれば、彼はロシア側から情報を受け取っていた可能性が強くなり、両者が共謀してトランプ候補が有利になるよう選挙戦を進めたことに繋がってくる。

初めてロシア側に及んだ捜査

 振り返ってみると、2016年大統領選では、民主党本部から盗まれたメールが公開されたばかりでなく、ヒラリー・クリントン候補の「醜聞」や「中傷」がフェイスブックやツイッターなどを通じて大量に流された。クリントンを犯罪人扱いするものやら、政治的に腐敗しているなどと手酷く攻撃するソーシャル・メディアへの大量の投稿やつぶやき、不特定多数に送られた電子メールなどが、どれだけトランプ候補を有利にしたか、計り知れない。

 米国の情報機関は2017年1月、ロシアが2016年の大統領選で、トランプ陣営に有利になるよう介入した可能性があると報告書にまとめている。しかし、こうした選挙介入を主導し、実行したのはいったい誰だったのか。どんな人物だったのか、その詳細は明らかにされてこなかった。

 今回、モラーの捜査は初めてロシア側に及び、大統領選に不当に干渉した罪で、ロシア人13人とロシアの3団体を起訴した。2月に発表された起訴状によると、米国への干渉は2014年から始まり、2016年の大統領選でトランプ候補がクリントン候補に対し有利になるようさまざまな手段を通じて介入したとしている。外国人が米国の選挙に介入することは犯罪になる。

 起訴された団体のうちの1つは、サンクトペテルブルクに本拠を置く「インターネット・リサーチ・エージェンシー」(IRA)という名の民間団体。IRAは「2016年の大統領選を含む米国の政治システムに、不和の種を蒔くことが戦略的な目標である」と掲げていた。

 彼らは米国人の社会保障番号や誕生日などを盗んで米国人になりすまし、米国内にあるサーバーにスペースを購入することで、米国からの発信であると信じ込ませた。そして、ソーシャル・メディア上で親トランプ、あるいは反クリントンの偽情報や政治的な広告を大量に拡散させたのだ。

「プーチンの料理人」

 さらに、米国人活動家になりすまして選挙区各地の親トランプ支持者へアドバイスを送ったり、支援集会を開かせたりした。ロシアからの発信を米国人のものと思い込んだテキサスのトランプ支持活動家は、「コロラド、バージニア、フロリダなどの接戦州に活動を集中するべし」というアドバイスまで与えていた。大接戦になったフロリダでは、最後の瞬間まで投票者をターゲットにした投稿や広告が大洪水のようになだれ込んだ。

 フェイスブック上の彼らの投稿は8万件にも及び、約1億2600万人に拡散されたと推定される。

 サイバー攻撃の「運営上のハブ」だったIRAでは、2016年にテクニカル・エクスパートなど数百人を雇用し、月額120万ドルを超える豊富な資金が投入されていた。

 サイバー攻撃を資金面で支えたのは、起訴されたエフゲニー・プリゴジン被告(56)である。『ニューヨーク・タイムズ』によるとプリコジンは、「プーチンの料理人」という異名をもつほどプーチンに近い実業家。ホットドッグ売りから始めて、コンビニを各地に展開、サンクトペテルブルクではもっともファッショナブルなレストランを開いて、ウラジーミル・プーチンの信頼を得る忠実なサークルの一員になった。

 プリゴジン自身はコックではないが、巨大な利益をもたらす契約を政府から請け負い、見返りにウクライナやシリアへ傭兵を送るなど、クレムリンが表立って進められない隠密作戦を引き受けたと伝えられる。どんなダーティーなことでもプーチンのためにクックする「料理人」なのだろう。プリゴジンはプーチンのために、米大統領選への介入を“料理”したのは明らかだが、起訴状にはこの作戦の裏にプーチンがいたとは記されてない。

檻に入れられたクリントン

 IRAは2013年7月にロシアで企業登録され、翌2014年5月から活動を開始した。ちょうど、ロシアがウクライナに軍事介入した時期である。

 同じ年の6月には、早くも2人のロシア人女性スタッフが入国ビザを入手して、3週間におよぶ米国旅行に出た。コロラド、ミシガン、ネバダ、ニューメキシコなど、トランプ候補とクリントン候補が接戦と予想される地域へ出かけ、米国の政治システムや大統領選挙の方法などの情報を収集した。使い捨ての携帯を使って、彼女たちの情報収集が発覚しないよう努めたという。

 およそ2年におよぶリサーチの結果、大統領選の2016年、ロシア人たちはサンクトペテルブルクの本拠地で、接戦州の投票者をターゲットにした戦法を編み出した。この作戦のために雇われたコンピューターの専門家は、昼間のチームと夜のチームに分かれて、24時間、ソーシャル・メディアに何百というアカウントを開き、何千人というフォロワーをつかんだ。彼らはキリスト教団体の活動家や反移民グループ、ブラック・ライブズ・マター運動という黒人の権利保護団体を装った。

 2016年夏には、「フロリダはトランプが勝つ」と呼びかけ、8月20日に全米各地で結集集会を開いた。彼らは偽の名前を使ってフロリダのトランプ選挙事務所スタッフに連絡を取って協力を申し出た。

 「もし、フロリダを失えば、米国を失う。そんなことが起こってはならない」

 ロシア人のコンピューター専門家はこんなメッセージを大量に投票者宛てに送りつけた。彼らは地元のトランプ支持者に資金を払って檻をつくらせ、もう1人に囚人服のコスチュームを着せて檻に入ったクリントンを演じさせ、この映像をソーシャル・メディアに大量に流した。

「民主主義」を演出

 起訴状には、驚くほど詳細にロシアの大統領選介入作戦が記されている。モラーは13におよぶ広告がロシアの作戦であることを突き止めた。

 「ヒラリーは悪魔だ。彼女の罪と嘘は彼女がどれほど邪悪であるか証明する」という広告は、彼らがフェイスブックにポストした広告の1つである。

 11月の選挙が終わると、ロシア人専門家たちは相対立する意見を扇動するため、ニューヨークで同じ日に2つの集会を組織した。1つは「大統領に選出されたトランプへ支持を示せ」というトランプ支持の集会で、もう1つは「トランプは私の大統領ではない」というクリントン支持の集会である。

 ロシアでは対立する2つのグループを援助、管理することで「民主主義」を演出することがあるという。対立候補も含めた政治地図を描いて、いかにも民主的であるかのような装いを見せ、既存の体制の権力維持に利用するというのだ。トランプ支持とクリントン支持の両グループの集会を組織したというのは、「ロシア流」なのだろう。彼らにとって大事なのは、米国の政治を混乱に陥れることだ。

 ロシアの作戦が大統領選の結果を左右させたか、起訴状には記されていないと、司法省のロッド・ローゼンスタイン副長官は何度も繰り返している。ロシアの介入がどれほど大統領選の結果に影響を与えたか、測定することは不可能だと米情報機関も発言している。

疑問に答えた「起訴状」

 とはいえ、起訴状をじっくり読んでいくと、大統領選挙のあの晩、接戦州が1つ、また1つトランプの勝利に落ちていくのを同時中継で見ながら、わたしを襲ったあの不気味で不可解な感覚が蘇る思いがした。これまで見たこともない大きなものに動かされているような嫌な感じがして、一体、何が作用しているのだろう、誰が裏でどんな手を引いているのかと苛ついたものだった。

 その後、ロシアの介入の可能性が大きかったことを米情報機関が明らかにしてから、ロシア人はどうやって接戦州を落とす方法を見つけたのか、訝しく思ってきた。米国人を秘密裏によほど雇ったのか、戦略的なリサーチでもしたのか。この起訴状はもやもやした疑問の多くに答えてくれた気がする。

 今回の13人、3団体の起訴は手始めにすぎないだろう。起訴状ではロシア人を手引きした米国人のことに、そっと触れているからだ。モラーの捜査が進めば、この先、もっと驚く事実があらわれるにちがいない。

 もっともロシア人が米国で起訴されても、彼らを逮捕し、米国へ連行して法廷に引っ張り出すことは不可能だ。ロシア政府が彼らを逮捕して米国へ送還することなど、決してないからである。それなのになぜ、モラーはロシア人と団体名をあげて彼らを起訴したのか。彼らを操る人物に対して、これだけ捜査が進んでいるというメッセージを送りつけるためだったのではないか。

ゴミを意味する“dirt”

 「ロシアはこの反米作戦を2014年に始めた。私が大統領選に出馬を決めるずっと前のことだ」

 と、トランプはツイッターに書いている。

 「選挙結果は左右されなかった。トランプ選挙参謀は何もまずいことをしていない――共謀はない!」

 大統領の言葉どおり、ロシアの米大統領選介入にトランプ本人や選挙参謀が関与していたことを示すものはない。しかし、元トランプ選対外交顧問のジョージ・パパドプロスは、2016年の4月という早い段階で、ロシア側がクリントン候補の「醜聞」を握っており、それが「数千通の電子メール」という形だったことを、ある「教授」から知らされていたという。

 ロンドンに在住するパパドプロスはイタリアに旅行した際、この「教授」と知り合い、自分がトランプ選対に入ったことを知らせると教授は強い関心を示し、教授もロシア政府とコネがあるというので、これ以降、接触が続いた。

 パパドプロスは当時、弱冠29歳。元ハドソン研究所研究員を名乗っていたが、実際は無給のインターンだった。その後、パパドプロスはプーチンの姪とされる人物(後に偽物とわかる)や、駐英ロシア大使などに紹介された。トランプ選対幹部は、ロシア側が大統領選のライバルであるクリントン候補の「醜聞」を握っていると聞くと、「教授」と接触を続けるよう指示したという。その指示を与えたのが誰だったのか。

 ここで気になるのは「ロシア側がクリントン候補の“醜聞”になる情報を得た」という言い回しである。“醜聞”について、英語でゴミや汚物を意味する“dirt”という言葉を使っている。

 この「醜聞」という言葉と同じ言い回しが2カ月後、ニューヨークのトランプ・タワーで開かれた、ドナルド・トランプ・ジュニアがクレムリンと繋がるロシア政府の弁護士との会合でも使われたのである(2017年7月20日「『ロシアゲート』事件で新事実:『トランプ・ジュニア』と『プーチン側近』の極秘交渉」参照)。この会合の時期は、トランプが共和党候補指名を確実にした2週間後に当たる。

 トランプ側はジュニアのほか、大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー(現大統領上級顧問)と当時選対本部長だったポール・マナフォートの3人。ロシア側は女性弁護士のナタリア・ベセルニツカヤや、ロシア出身のアメリカ人ロビイスト(実はソ連軍の元ベテランでKGB=露国家保安委員会=の対敵諜報部隊にいたことが後に発覚)など5人が参加した。

 『ニューヨーク・タイムズ』がトランプ側とロシア側との間の、初めて確認されたプライベートな会合について、2017年7月、ホワイトハウスに問い合わせをしたとき、これが(ロシア人の子供の)養子縁組についての取り決めに関するものだった、とジュニアが声明を出してきた。

 ところがジュニアは翌日、話を一転させ、彼はクリントンに不利な情報(つまり「醜聞」)の提供を受けるという約束で、ロシア政府に繋がるこの弁護士に会ったというのである。

 結局、トランプ側とロシア側のこの初会合で実際に何が話し合われ、その後、どうなったか今もってよくわからない。しかし、クリントンの「醜聞」を提供すると言って、ロシア側がトランプ陣営に2回も接触してきたのは実に興味深い。

 その後問題になったのは、2017年7月、『ニューヨーク・タイムズ』に、この会合について「これは(ロシア人の子供の)養子縁組についての取り決めに関するものだった」という声明を書くよう示唆したのが大統領自身だった、と証言するスタッフが出てきたからである。

 ちょうど、イタリアで開かれたサミットの帰りのエア・フォース・ワンの機内で、大統領は声明の草案をジュニアにこう指示したというのである。もし、これが本当だとしたら、大統領の司法妨害に当たることは言うまでもない。

小さな点が線に

 先に述べたように、3月5日、「モラーは幅広い網を投げかけている。今やターゲットはトランプだ」と『ワシントン・ポスト』が見出しを掲げたとき、数多くの召喚状が送られ、召喚状を送る目的は2点あると伝えられた。その2番目が大統領の「司法妨害」である。モラー特別検察官は数多くの証人に召喚状を送って、前FBI(米連邦捜査局)長官ジェームズ・コミーの解任や現司法長官のジェフ・セッションズの扱いについての司法妨害をも検証しようとしている。まだまだ、司法妨害も共謀の事実も姿をあらわさないが、小さな点が線となって、次第に繋がっていくのを実感できる。

 その先には、2016年米大統領選で何が起こっていたか、息を飲むような事実があると確信している。その事実はようやく巨大な氷山の水面下から発掘されようとしているが、国務長官の更迭やホワトハウス内のスタッフの解雇などの後、モラー特別検察官が同じように捜査を続けられるならである。

青木冨貴子
あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。

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