予想外のサスペンス展開「これぞドラマ!」のTBS深夜枠(TVふうーん録)

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 TBSのゴールデン枠ドラマがひどかった今夏。前近代的なお祭り騒ぎやら、罪悪感や喪失感を一切描かない結末、行間や間合いに浮き出る人間の心模様を読み取る力のない人だけに向けた陳腐な展開。新機軸や新奇性を求めず、挑戦も冒険もせず、ただひたすらベタ。名作「逃げるは恥だが役に立つ」や「カルテット」を世に送り出した局とは思えないほどつまらなかった。

 しかし、である。深夜枠のドラマは軒並素晴らしいので捨て置けぬ。同じ局でどうしてこうも違うのか。8月中旬から始まった「伊藤くんAtоE」は、登場人物の設定をとても挑戦的な構造に仕上げ、こじゃれた映像に落とし込み、女の毒と可愛げと心の闇を鏤(ちりば)めたドラマだ。主演は木村文乃で、脚本家を演じている。が、書くのはそれじゃない。「わにとかげぎす」である。

 主演は有田哲平。38歳独身の夜間警備員。ロックが好き、ラジオが好き、童貞。全国どこにでもいそうな男を有田が淡々と演じる。連ドラ初主演の気負いをまったく感じない低体温の好演。

 冒頭から衝撃的だったが、それはおいおい。ある日、有田は「お前は1年以内に頭がおかしくなって死ぬ」という脅迫状を送り付けられる。一瞬怯えるが、意外と呑気に夜警生活を送る。アパートの隣人はウェブライターの本田翼。元彼(森優作)に盗撮されてネットにばらまかれた過去もあるが、有田にひと目ぼれし、徐々に距離を縮めていく。そう、これはある意味ではラブコメディ。ところが、展開はサスペンス&バイオレンス。予定調和なんて言葉はない。

 有田が「友達をください」と流れ星に祈った後、職場で後輩ができた。語彙も配慮も貯蓄もフォロワーも、何もかもが足りないチャラい賀来賢人と、オタク度強めの外見で、恋に一途な真面目男子・吉村界人である。

 吉村はパチンコ屋店員のコムアイに惚れて、彼女の家が見えるという理由だけで夜警バイトを始める。コムアイはヤクザの村上淳に、旅券も人権も人生も奪われている中国人女性の役だ。

 こうして、有田の孤独だが心地よい日常生活がどんどん崩れていく。まさかの連続、でも時々驚くほどの平穏の日常、そしてラブコメ。その落差が新鮮である。

 このドラマ、何にたとえたらいいかな。葬式だ。葬式は故人に対する敬意と哀悼の儀式だけど、人間模様でいえば実に滑稽な部分があったり、日常生活の延長線上であったり、参列者の心を覗けば不謹慎極まりなかったりもする。大号泣した割に、その後で酒飲んで笑って鮨食べて金の話をする。非日常の中の下世話か。

 きっと原作が面白いと思うのだが、この落差は映像ならでは。深夜枠ならでは。

 キャスティングもかなりよかった。平熱が35℃以下っぽい本田&コムアイが物語の余計な熱を冷まし、賀来&吉村が喜劇と悲劇と衝撃の展開をグイグイリードし、有田がそれを淡々と収斂(しゅうれん)していく。冒頭のシーンが最後どうなるのか。瞬(まばた)き禁止の急展開と、二度見するほどの拍子抜け。絶妙な落差ドラマ、見逃した人は地団駄踏みやがれ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2017年10月12日神無月増大号掲載

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