AIの東大挑戦、解けなかった問題は 「8割の高校生が負ける」教育への警告

IT・科学週刊新潮 2017年2月2日号掲載

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■なぜ人工知能は東大に合格できないのか?(下)

 ロボット(AI)が東大に挑む「東ロボくん」プロジェクトに一区切りがついた。挑戦して分かったのは、ある種の問題には対応できても、読み解けない問題が多く残るというAIの弱点だ。有名私大に合格できるレベルには達しても、東大に届く見通しは立たないという。

 プロジェクトを率いた新井紀子教授が明かすのは、近未来への意外な不安である。まことしやかに語られるシンギュラリティ(AIが人間の能力を超える技術的特異点)への到達には懐疑的であり、また人間が担う労働は二極化が起きると予測する。

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 私たちは東ロボをやめたわけではなく、選択と集中をします。東ロボくんでは、現在可能な取り組みは右から左まで、論理も、データで力任せにニューラルネットワークする方法も、ひと通り試しました。その結果わかったのは、AIにはできることとできないことがあるということ。AIには難しいと思われた問題は、難しいまま残りました。

■言葉の意味がわからない

 たとえば人間は会話するとき、どのようにして「こう言ったら適切だ」と思うのか、という問題。古文や漢文についても、どうして人間には和歌の意味がわかるのか、といったことは謎のまま残りました。最先端の方法を全部並べても、できないものはできないという感触を得たので、現在の、脳の神経回路の仕組みを摸したニューラルネットワークの先にシンギュラリティは来ないと思った。東ロボくんを5年間使い、そのことを国民に示したのです。

 東ロボくんは2016年のセンター模試で、世界史は偏差値66を記録しました。東大2次型の記述模試でも15年は54、16年も52と、平均を上回りました。教科書とウィキペディアを読み込ませた結果です。ビッグデータではなく、教科書的に正しい情報のみを覚え込ませたのです。

 数学は16年の東大2次型模試で偏差値76。辞書を作り、それを使って問題文の単語を分解し、機械にも読める言葉に変換させました。一つひとつ並列に読みを考え、意味がありそうな読みが見つかったら計算して解答を出す。「空間内」「直線」「共有点」などの単語を辞書に5万語ほど入れましたが、新しい問題に取り組むと知らない単語が2割はある。それでも出された答えは合っていました。

 しかし、具体的な状況描写に沿って解くのはダメで、ショックだったのは「うまく選ぶ」という言い方。試験では「平面上にうまく点を選ぶと、その点からA、B、Cの各点までの距離を最小にすることができる」のように出てきます。「A、B、Cの各点までの距離を最小にするような点がある」と書いてあれば東ロボくんは解けますが、「うまく選ぶ」って何なのかわかりませんでした。

 東ロボくんにとって模試の問題を解くことはロングテールとの戦いです。ロングテールとは、めったにない事例が全体のかなりの割合を占めることを長い尾にたとえた言い方。東ロボくんには問題はいつも意味不明の事柄の集積なのです。

 世界史は自立語だけを考えさせ、文章の末尾も「~である」「~だ」になると思わせればいい。クレオパトラの鼻がもう少し低ければどうなったか、といった仮定の話など絶対に出題されないので、事実が羅列された問題文からキーワードを抽出し、ウィキペディアや教科書を同時に検索して、確からしい文章を書ければいい。それにくらべると数学は大変でしたが、裏返せば、人間にはそれほど柔軟性があるのです。

 いずれにせよ、問題を解く際のアプローチが人間とAIとでは違う。だれでもこれくらいは知っている、という常識がAIにはないからで、センター模試の物理にも苦労しました。「車からボールを後ろ向きに放ったら」と書かれると、だれが車に乗って、ボールを放るのはだれか、後ろはどっちだ、と混乱してしまう。数学のときのように辞書を作るなら、辞書を作る人が要ります。道具を生み出し、利用し、チューンアップする人が必要なのです。

 ところが、今の中学生は文章の意味が理解できないAIよりもさらに文章が読めていません。このままでは私が予想したように、AIを使いこなせる人がいなくなりかねません。

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