“空爆は中止せよ”“対話せよ”という「イスラム国」の後方支援

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 日本時間11月14日に起きたパリの同時多発テロによって、各国は改めてイスラム国(IS)の本質を認識することになった。より強硬策を取るべく結び付きを強めているが、日本の言論空間はなぜか異質。“イスラム国と話し合え”というのだ。

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「朝日新聞」や『報道ステーション』などで、媒体や論者、表現を変え、“同時多発的”に聞こえてきたこれらの主張を要約すると、以下の2つとなる。

〈空爆は誤爆による死者を多数生んだ。これもまたテロで、中止すべきである〉

〈暴力は暴力の連鎖を生む。ISには、軍事力より対話を優先すべきである〉

 一見、共に聞こえのよい正論であるが、まずは前者について、

「あまりに都合の良い論理での批判だと思います」

 と論じるのは、『イスラム国の正体』の著書がある、軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏である。

「確かに誤爆による被害はあるし、それは減らさなければいけない。しかし、一方で有志連合による空爆は、ISの拠点に打撃を与え、資金源である石油施設を破壊しました。彼らの勢いを止めたことは間違いなく、もし空爆がなければ今頃、イラクの首都バグダッドやシリア第2の都市アレッポも、IS支配下に入っていたかもしれません」

 有志連合の誤爆による民間人死者数はこれまでの1年間で計200~300人と推計されるという。一方で、

「これまでISは占領地域で、民間人を数千~1万人近く処刑、虐殺しています。つまり、バグダッドなどがISに占領されていたら、少なくとも誤爆の10倍の民間人被害が出ていた可能性があるのです。ご指摘の批判は、この点には少しも触れていません」(同)

 むろん、人の生死を数のみで測ることはできないが、極限下では、被害者の数も重要な判断の要素になることは否定できまい。それがリアルな戦争の実態というものである。

 黒井氏が続ける。

「そもそも、“空爆はテロだ”という人は、有志連合が民間人の巻き添えを気にせずに、兵士もろとも殺していると思い込んでいます。しかし、例えばアサド政権は誤爆によって1日平均50人を殺している。テロと言われても仕方ありません。これなどに比べれば、ISが『人間の盾』を利用することもある中、有志連合のそれは、はるかに制限された結果の数字と言えるのです」

 と言うから、テレビ朝日系『報道ステーション』にて“アメリカの誤爆も反対側から見るとテロですよね”という主旨の発言をした古舘伊知郎氏らの議論は、誤爆の悲劇に心を奪われ、実態を俯瞰的に、冷静に分析する目を欠いた、極めてエモーショナルなものに映るのである。

■モラルのレベル

 また、

「空爆をテロと同一視する議論は、基本的な価値判断から大きく逸脱した、論外の主張だと思います」

 と手厳しいのは、京都大学名誉教授の中西輝政氏(国際政治学)である。

「テロとは、一般の庶民の生命と財産を意図的に奪い、人々に恐怖を与え、自らの主張を通そうというものです。一方、誤爆は決して故意ではない。もちろん誤爆を繰り返してはいけないし、あらゆる手段で検証し、避けなければならないことですが、人道的な意味でのモラルのレベルがテロとはまったく違うのです」

 刑法でも、殺人と過失致死は明確に刑罰に軽重が付けられている。古舘氏らの議論は、これを一緒くたにする、極めて乱暴なものだということなのである。

 中西教授が続ける。

「少しでも理性的に考えれば、有志連合には、民間人をわざと殺す意味がないことが簡単にわかる。敵対勢力から“民間人虐殺”と非難に利用されて、国際世論が離れ、政治的に不利な立場に置かれるからです。もちろん誤爆の悲劇はメディアが伝えるべき重要な問題。しかし、それをテロと同一視する議論は、テロの悪質さを覆い隠してしまうという意味で、結果的にイスラム国を利するものと言えるでしょう。日本の大メディアの看板キャスターたちがそのレベルの発言しかできないのは、国際社会における日本への信頼を傷つけることに繋がります」

 先の安保法制の議論で、米軍への「後方支援」を手厳しく批判していた古舘氏。しかし、自らが今、テロ集団ISの「後方支援」を果たしていることに、さて気付いているのだろうか。

「特集 内心無理とわかっていて 『イスラム国と話し合え』という綺麗事文化人」

週刊新潮 2015年12月3日号掲載

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