「一億総活躍社会」なんのこっちゃ――小田嶋隆(コラムニスト・テクニカルライター)

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翻訳不能な政策

 外務省のホームページには、首相の演説や談話のうちの主だったものが、後日、英訳した形で掲載される。

 私は、これを毎回、楽しみにしている。

 英語力をアピールしたくてこんな話をしているのではない。私のつたない英語力でも、英語版の演説原稿から読み取れることが毎度毎度けっこうあるのだよ。

 英訳のスピーチ原稿を見に行ってみると、日本語で読んでいた時にはいまひとつ意味不明だった部分がクリアになっていたりして驚かされる。

 なぜこういうことが起こるのかというと、日本語として曖昧なものは、英語にならないからだ。翻訳者は、無意識のうちに元の日本語を論理的に意味の通った日本語に直してから英語に訳しているわけで、その翻訳された英語をわれわれが読んでもう一度日本語に戻すと、あらまあびっくり、ネタ元の演説原稿より、はるかにロジカルで明瞭な日本語スピーチが立ち現れるのである。

 見に行ってみたのだが、今回の「一億総活躍社会」の記者会見は、まだ英訳されていなかった。もしかしたら、公式の演説やステートメントではないということで、翻訳されないのかもしれない。

 以前から政府が推進している「女性の活躍」は、「dynamic engagement of women」という英語が当てられている。意訳すれば「女性の生き生きとした社会参加」ということになるだろうか。興味深いのは、「engagement」という単語だ。辞書を引いてみると、この言葉は、英語としては主に「契約」「約束」の意味である。「社会参加」の語義は、フランス語の同じスペルの単語「engagement=アンガージュマン」から輸入したものだ。

 なんでもこの「アンガージュマン」なる言葉は、サルトルをはじめとする50年代から60年代に活躍した実存主義者たちがしきりに使った言葉であったのだそうで、その時には「知識人の主体的な社会への参加」といった意味あいが強かったのだという。

 とにかく、興味深いのは、外務省が、「女性の活躍」という言葉を英訳するに当たって、わざわざフランス語を援用するという苦心の翻訳をしている点だ。

 彼らは、国内向けのアナウンスと、国際社会向けの説明を使い分けたい時に、二枚舌の翻訳をすることがある。だから、そうそう英訳を鵜呑みにするわけにもいかないのだが、今回の「女性活躍」の英訳からわかるのは、政府が、少なくとも国際社会向けには、「女性の動的な社会参加」という、政策の積極的な部分をアピールしているということだ。この「女性の活躍推進」の翻訳を踏まえて補足すると、「一億総活躍」の英訳は、「ダイナミック・エンゲージメント・オブ・ホール・ジャパニーズ」ぐらいになる、のだろうか、わからない。が、どっちにしても、英語として、奇妙ではある。

 英語には、「一億総」すなわち「一億人の国民が一斉に何かをする」ことを端的に表現する言葉が無いのかもしれない。それ以前に、「全国民が一斉に何かをする」という概念自体が、英語話者にとっては想定外である可能性もある。

 翻訳不能といえば、アベノミクスの「新三本の矢」もあのままの形では英語にならない。「新三本の矢」は、第一の矢が「希望を生み出す強い経済」(名目GDP600兆円達成),第二の矢が「夢を紡ぐ子育て支援」(出生率の1・8への回復)、第三の矢が「安心につながる社会保障」(介護離職ゼロ)ということになっている。

 最初に聞いた時、私がまず思ったのは、「これ、矢じゃなくて的だぞ」

 ということだった。実際、政府のような機関が「矢」を放つという言い回しを使う時、そのメタファーは、具体的な「施策」なり「政策」を実施することであるはずだ。

 たとえば、子育て支援なら、保育園をどれだけ作るとか、子育て家庭への減税を実施するとか、あるいは社員の育児休暇取得に対応しきれない中小企業をサポートするためにこれこれの補助金を出すといったような、具体策を打ち出すのが「矢」を射ることに相当する。

 第二の矢で言えば、「夢を紡ぐ」という部分は単なる形容詞(っていうかポエム)だし、「子育て支援」の部分は見出しに過ぎない。括弧内に入っている「出生率の1・8への回復」という文言だけがかろうじて具体的な内容を語ってはいるが、これとて「的」「目標」「ターゲット」「ゴール」であり、どこから見ても「矢」ではない。

 ご覧の通り、安倍さんの掲げる政策スローガンは、安保法制可決以来、目に見えてぞんざいになってきている。

 最初のバージョンのアベノミクスは、歴代の日本の政府が打ち出した経済政策の中でも特筆すべき明快さで、具体的な政策目標とそれを達成するための施策を打ち出したものだった。だからこそ、外交や憲法関連で支持を失うことがあっても、大筋として政権への信頼が確保されてきたのだと私は思っている。

「三本の矢」も、「大胆な金融政策」「機動的な税制政策」「民間投資を喚起する成長戦略」と、文字通りの「矢」になっている。

 その最初の三本の矢のうちの二本は、既に放たれ、それなりの成果をあげたように見える。が、三本目の矢は、まだ発射が確認されていない。効果に至ってはまったく見えない。

 とすれば、本来、第三次安倍改造内閣が経済において取り組むべきは、第三の矢を放つことか、でなければ放てない理由を説明することであるはずだ。あるいは、再来年に控えた消費増税について見直すことを明言することでも良い。

 そうしないと、本当に大惨事安倍内閣になってしまう。実際、景気はかなり怪しい。いや、わかりもしない経済の話をだらだら語るのはよしておく。私がここで強調したかったのは、安倍政権の中に当初はあった真剣さと説明への情熱が、失われてきているということだ。

 実際、国民の政策読解力を侮っているのでなければ、「新三本の矢」のような空疎なポエムが出てくるはずはないのだし、自尊感情が不当に肥大しているのでなければ「一億総活躍社会」などといった上から目線の号令じみたスローガンが出てくる余地もまたなかったはずだ。

 最新の報道によれば、中国が申請していた「南京大虐殺文書」がユネスコの世界記憶遺産への登録が決まったことに対し、日本政府筋は「断固たる措置を取る」と述べ、ユネスコの分担金拠出などの一時凍結を検討する構えを見せているという。

 なんという下品な対応だろうか。

「拠出金の凍結」でユネスコを恫喝する態度が信じがたい。これもまた政権の中にほの見える夜郎自大の症状のひとつだろう。

 南京での出来事について異論があるのなら、中国側が提出している資料の矛盾点や間違いを個別に指摘すれば良いことで、ユネスコの登録の判断自体に抗議するのはスジが違う。「政治利用するな」という言い方も、一見立派な理屈に聞こえるが、わが国の「原爆ドーム」が世界文化遺産に登録されている以上、この言い方には説得力が無い。

 ところで、「一億総活躍社会」を額面通りに推進すると、2685万人の日本人が活躍候補から漏れることになる。「そんなヤツは日本人じゃない」というのならそれも良い。

 2685万人の独立国。悪くないぞ。

小田嶋隆(おだじま・たかし)
1956年東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒。食品メーカーの営業マンを経て、テクニカルライターの草分けに。著書に『小田嶋隆のコラム道』『ポエムに万歳!』『超・反知性主義入門』等。

新潮45 2015年11月号掲載

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