異色のフォト・ドキュメンタリー/『あなたを選んでくれるもの』

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 不用品売買の広告を載せる、ロサンジェルスのフリーペイパー「ペニーセイバー」。著者は、時代から取り残されたような宅配の小冊子に広告を出し、わずかな小銭(ペニー)を得よう(セイブ)とする人に電話し、インタビューを依頼する。たいていは即座に断わられるが、ごく稀に応じてくれる人がいて、それがこの本に登場する十二人である。売り物も、ウシガエルのオタマジャクシとか赤の他人の写真アルバムとかいったい誰が買うんだろうというものばかり。売り手自身もよく言えば個性的、かなり規格外の人たちだ。

 最初に登場するのは十ドルで中古の革ジャケットを売る男性で、売り物こそ平凡だが性転換を試みている途中だと言い、言葉通りの状態でカメラの前に座っている。たぶん十ドルも手術費用の一部になるのだろう。他にも、いろんな珍獣を育てて家の中が動物園化している主婦(売り物はベンガルヤマネコの仔)、元受刑者で足首につけられたGPSがもうすぐ外れると告白する男(売り物は六十七色のカラーペンセット)などどんなフィクションも圧倒する顔ぶれで、現実は人間の想像力をはるかに凌駕している。

 作家で映画監督でもあるジュライのインタビューが味わい深い。相手のプライバシーに踏み込む強引な依頼をしているにもかかわらず、おずおずした及び腰で、時には架空の予定を告げて途中で帰ろうとしたりもする。取材に徹しきれないキャラクターだからこそ、人前で話すことに不慣れな人たちが、カメラ同伴の初対面の相手を前に、こうも心を開いて話してくれたのだろう。

 彼女がこのインタビューを思い立ったのは二作目の映画制作にいきづまっていたからで、インターネットのエゴサーチに現実逃避する一方で、読みふけっていたのが「ペニーセイバー」だった。ネットを離れ、現実世界に突破口を見つけようとインタビューを始める。今の時代に何の予備知識もなく人と出会う経験は驚きの連続で、目的地を定めない旅によく似ていた。同時に、彼女のアイデアがふくらんでははじけ、何度もそれを繰り返しながら内省を深めて映画を完成へと導いていくまでのドキュメンタリーにもなっている。

 現実の他人を知ることはいつも難しい。困難に直面しながら、新しい出会いは彼女自身とその表現を根底から変えていく。旅の最後に待っていたのは恩寵と言いたくなる出会いで、交互に進行していた二つの流れは一つになる。現実に助けられて映画は完成、この、他の何にも似ていないチャーミングな本が書かれることになった。そう、ぱらぱらと取りこぼされる小銭のような細切れの時間に人生の真実は宿るのだ。ジュライがのりうつったような岸本佐知子の訳がすばらしい。

[評者]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

2015年10月号掲載

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