佐藤優 組織で生き抜く極意「上司は選べないが部下は選べる」

ビジネス新潮45 2015年9月号掲載

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■落とし穴は「健康、カネ、女」

 部下を選別するコツがいくつかある。能力のない者、アルコール依存もしくは酒乱の傾向のある者以外にも困ったタイプがいる。ストーカー的傾向を持つ人だ。関係者のプライバシーに配慮しなくてはならないので、人物が特定されないように、事実関係を少し変えて記すことにする。

 筆者が外務省に入省したのは、1985年4月のことだ。当時は、「自殺の大蔵」「汚職の通産」「不倫の外務」と言われていた。大蔵省(現財務省)では、仕事の重圧に耐えられなくなって自殺する人がときどきいる。

 業界との関係が深い通産省(現経産省)では、業者からの料亭接待や商品券やスーツの御仕立券のような贈与があるので汚職に巻き込まれやすい。そういった特徴を端的に示すのが「自殺の大蔵」「汚職の通産」という言葉だ。それでは、「不倫の外務」とはどういう意味なのだろうか。この年の10月のことだ。有楽町ガード下の居酒屋での筆者と先輩とのやりとりを再現する。先輩は、約10歳年上でインテリジェンス部局に勤務していた。ロシア・スクール(ロシア語を研修し、対ソ・対露外交に従事することが多い外交官)の先輩ではない。

先輩:「どうだ。外務省の雰囲気にも慣れたか」
佐藤:「(欧亜局)ソ連課にいるときは、早朝から深夜まで仕事が振られてくるので、その処理だけで何が何だかわけがわからない状態でした」
先輩:「外務省でも、ロシア・スクールとチャイナ・スクール(中国語を研修し、対アジア外交に従事することが多い外交官)は特殊な世界だからね」
佐藤:「ロシア・スクール以外の先輩から、同じことを言われるのですが、どういうことかピンときません」
先輩:「佐藤は、ソ連課の色に染まっているからわからないんだよ。自分で自分の体臭が気にならないのと一緒だ。ロシア・スクールは密教の世界だ」
佐藤:「密教?」
先輩:「そうだ。マニュアル化されないローカルルールがたくさんある。そういうことは先輩から後輩に口伝される。この口伝を継承できない者は、破門される」
佐藤:「恐ろしい。破門なんて実際にあるんでしょうか」

 先輩は「あるよ」と言って、何人かの名前をあげた。いずれもソ連課では聞いたことのない名前ばかりだ。先輩は、破門された人と同期の名前をあげた。ソ連課で勤務しているか、モスクワの大使館で勤務している人がほとんどだ。

先輩:「もっとも、ロシア・スクールの場合は密度が濃いだけで、霞が関(中央官庁)の中では、外務省自体が密教的だけどね。マニュアル化されていないローカルルールというか掟がたくさんある」
佐藤:「具体的にどういうことでしょうか」
先輩:「官僚には、3つの落とし穴がある。健康、カネ、女だ。省庁ごとに独自の掟がある」
佐藤:「どれがいちばんヤバイですか」
先輩:「健康だ。健康管理も実力のうちだということをよく覚えておけ。仕事の力配分を間違えて、途中で倒れると、みんなが迷惑する。それから、メンタルヘルス面で問題があると、海外勤務に耐えられない。それだから、そういう人間は、難しい仕事から外す。大蔵省では自殺者がよく出るだろう。あれは、多少、精神的に弱っていても、無理に仕事をさせるからだ。それだから『自殺の大蔵』なんて言われるようになる。外務省は自殺するような状態になる前に、仕事から外し、組織から追い出す。癌や肝硬変などの重病になったときも同じだ。みんな口先では同情的なことを言うが、早く辞めさせることしか考えていない」
佐藤:「どうしてそんなに冷たいのでしょうか」
先輩:「役所には定員がある。病気になって使い物にならなくなった奴が辞めない限り、人員が補充できない。外交官だって、基本的に消耗品であることを忘れてはならない」
佐藤:「わかりました。旧日本軍と同じですね」
先輩:「そういうことだ。それから、通産省、建設省、運輸省、厚生省、労働省などは、業界との関係が深い。それだから、カネの誘惑が常にある。外務省は、カネに関しては厳しい。カネでおかしいことがあったらすぐに切る」
佐藤:「おかしいことって何でしょうか。外務省には許認可権がほとんどないので、収賄事件は構造的に起きないのではないでしょうか」
先輩:「確かにそうだ。うちがカネに厳しいのは、在外手当がいいからだ。生涯所得ならば、他省庁職員の2倍、アフリカや中東の大使館に勤務することが多い人の場合、3倍にもなる。ギャンブルにでも手を出さない限り、カネに困る外交官はいないはずだ」

■「遊ぶなら省内にしろ」

 先輩の話をここまで聞いて、「自殺の大蔵」、「汚職の通産」というのが、逆説的な表現だということに気づいた。大蔵省では多少、病気(メンタル面を含む)になっても、仕事のラインから外されることはない。それだから、自殺まで追い込まれる職員が多いということだ。通産省では、業者からの接待や、天下りによる利権供与に寛大だ。それだから、法律で定められた線を大幅に超えて司直の手にかかる人が出てくるということだ。

佐藤:「しかし、局長や課長を見ていると新聞記者や国会議員とよく料亭で食事をしています。接待について、どの辺で線を引いたらいいのでしょうか」
先輩:「昼はグリーンハウス(当時、外務省北館8階にあった食堂)の280円のカレーで済ませ、夜は吉兆で5万円の懐石料理を食べるなんていうことはよくある。料亭には連れて行かれたか」
佐藤:「昼だけど、一度あります。首席事務官(外務省独自の役職で、他省庁の筆頭課長補佐に相当する)と総務班長が連れて行ってくれました」
先輩:「こういう場所にも慣れておけという研修の一環なのだろう。新聞記者でも業者でも、向こうが誘ってくれるならば、どんなに高い店で奢られても構わない。銀座のクラブでも構わない。帰りのタクシー券を渡してくるだろうから、それを使っても構わない。ただし、現金は車代でも絶対に受け取ったらダメだ」
佐藤:「しかし、車代だって現金だって、相手が負担するから同じじゃないですか」
先輩:「違う。カネならば、外務省のタクシー券を使って、貰ったカネをポケットに入れることが出来る。もちろん僕たちはそんなことをしないけどね。しかし、そういう疑惑を招くような下品なことをしてはいけない」
佐藤:「下品なこと!?」
先輩:「そうだ。カネは下品だ。うちは明治時代から名前が変わっていない由緒正しい役所だ。通産省のような戦後出来た得体の知れない下品な集団とは人間の品性が異なる。外交官らしく、品格をもった立ち居振る舞いをしなくてはならない」
佐藤:「カネ以外に注意しなくてはならないことがありますか」
先輩:「商品券は受け取ったらダメだ」
佐藤:「しかし、うちの課にもビール券はよく来ます」
先輩:「課員みんなで使うのだから問題ないだろう」
佐藤:「ソ連課長のところにワイシャツの仕立券がいくつも届いていました」
先輩:「課長はどうしたか」
佐藤:「自分でいくつか取って、残りは若い課員に『これを使え』と言って渡していました」
先輩:「それくらいだったら別に問題ない。ワイシャツの仕立券くらい来ないようならば、霞が関の課長として情けないよ」

 料亭での接待、タクシー券、ビール券、ワイシャツの仕立券の受領など、現在だったらいずれも一発で「アウト」だが、国家公務員倫理法や国家公務員倫理規程がなかった1985年時点では、これが外務省の常識だったのである。こんな文化だから、元外務省要人外国訪問支援室長による約7億円の内閣官房機密費(報償費)詐欺事件が起きたのだ。外務省でも自殺者は結構いる。筆者が個人的に知っているだけでも4人が自殺(飛びおり2、首つり1、練炭1)している。実際のところ、外務省は「自殺、汚職、不倫」の「三冠王」なのだと思う。「不倫の外務」というのも逆説で、外務省は異性問題に関しては寛容であるが、それ故に一線を踏み越えるものが多いということだ。この点について、先輩とのやりとりはこんな感じだった。

佐藤:「ソ連課の先輩は、早く結婚しろ、少なくとも研修を終えて、モスクワに赴任する前に結婚しろ、とうるさいです」
先輩:「ソ連でロシア人女性とトラブルを起こすことを恐れているんだろう。別にトラブルを起こさなければ大丈夫だよ。しかし外務省は共産圏出身の女性との結婚は基本的に認めない。外務公務員法の規定で、日本国籍以外の国籍を持つ者を配偶者とする者は外務公務員になれないという規定があるだろう(現在は撤廃)」
佐藤:「結婚の場合、確か2年以内に相手が日本国籍を取得すればいいんじゃないですか」
先輩:「そのためには、1年半、日本に2人で住んでいるという実績がなくてはならない。非共産圏人と結婚する場合、外務省は本省に戻す人事をする。しかし、共産圏人の場合、外国に出したままにする。そうなると2年後に外務省を自動的にクビになる」
佐藤:「陰険ですね。憲法で保障された婚姻の自由に反します」
先輩:「そういうことはわかった上で外務省に入ってきたんだ。外務省では特別権力関係が機能している」

 特別権力関係とは、明治憲法下の概念で、官僚、刑務所や拘置所の収容者などについては、公権力は包括的な支配権(命令権、懲戒権)を有し、法律の根拠なくして私人を包括的に支配でき、私人の人権を法律の根拠なくして制限することができるという考え方だ。現憲法下の「法の支配」とは対立する概念だ。

佐藤:「しかし、行政法の教科書には、特別権力関係は古い理論で、現在は、『法の支配』と合致する特別の公法関係になっていると書いていました」
先輩:「いいか、教科書に書いていることで実務に役立つことはほとんどない。そんなつまらない理屈を振り回すよりも、組織の掟に慣れろ」
佐藤:「わかりました」
先輩:「みんな人間なんだ。人間は性欲から逃れられない。そこのところはうまく処理しろというのが外務省流だ。この点についてプライバシーには干渉しない。もっとも結婚で出世しようとは考えない方がいいよ」
佐藤:「結婚で出世?」
先輩:「外務省幹部の娘や国会議員の娘と結婚しても、相手の親が権力を失えば、その血脈は生きない。特に政治家の場合、別の村(自民党の派閥)が権力を握った場合、婚姻がマイナスに作用する。もっとも結婚は出世のためといって、適宜、割り切り、遊んでいる奴もいるけどね。あまり薦めないな」
佐藤:「そういう選択はしないと思います」
先輩:「それから、アルバイトの女には気をつけろ」
佐藤:「きれいな人が多いですね」
先輩:「結婚を狙って外務省でアルバイトしている。寝たら、結婚を迫られる」
佐藤:「逃げられないんですか」
先輩:「そのときはかなりの確率で修羅場になる。遊ぶんだったら、省内がいい。仮にトラブルになっても、仕事さえきちんとしていれば、咎められることはない」

■ストーカーになった男

 その後、筆者は外務省内で男女間のさまざまなトラブルを目撃したが、「仕事さえきちんとしていれば、咎められることはない」というのは確かだった。男の外務官僚には、20人に1人くらい、極度に性欲の強い人がいる。繁殖本能が強いので、常に複数の女性と付き合っていないと満足できないようだ。こういう輩が餌食にするのは研修生か、20代後半の庶務の職員だ。研修生は、筆者が外務省にいた頃は、入省から1年半後には在外研修に出る(現在、キャリアは2年半後、専門職員は1年半後)。20代後半の庶務職員も、希望すれば外国勤務が可能になる。1~2年、セックスと会話を楽しんで、遊び相手、不倫相手を国外に出してしまえば、大きな問題は起きない。しかし、ときどき深刻な事態に発展することがある。それは、どちらかがストーカー化してしまう場合だ。ストーカー対策の第一人者である小早川明子氏は、こう述べる。

〈プライドが高くて傷つきやすく、自分を抑圧してきた人は、他人のことも批判の目で見ます。批判するには正義を盾にするのが最も簡単で、「約束を守れ」「無視するな」と常に自分を正当の位置に置きたがる。その意味ではストーカーは実に律儀で、まるで教師のような態度で「誠意」「信頼」「道徳」「人として」といった言葉を多用します。
 けれども実際にしていることはストーキングですから、外から見れば、言葉と行動が反比例しているような自己矛盾をさらけ出しています。
 別れた相手に対して道義的責任を求めているつもりで、「生きていてほしくない」、「会社を辞めてほしい」などと自己犠牲を求めるのは、法律の世界でも道義の世界でも認められません。もちろん、「二人の信頼関係を取り戻せ」も「心の傷を治せ」と同じように不可能な要求です。(中略)
 交際中は逃げられないように支配していたのが、その相手が逃げ出すと、「あなたがいないと生きていられない」と追いすがり、それでも戻らなければ「死にたい、死んでもらいたい」と言い出して相手を苦しめ、果ては「殺したい」とまで考えてしまう〉(小早川明子『「ストーカー」は何を考えているか』新潮新書)

 筆者が、短期間の特命チームのリーダーをつとめたときの部下だったB君がその例だ。当時、B君は30代半ばだったが、独身生活をエンジョイしていた。イギリスでもロシアでも女性には不自由していなかった。外務本省に戻ってからは、もっぱら研修生に標的を定め、狩りをしていた。そんなB君が、ある研修生に対し、ストーカーとなってしまったのである。

 研修生は、外国の大学で研修しているうちに冷静にB君との関係について考え、「仕事が出来る先輩と思って付き合っていたけれど、能力はごく標準的で、しかも女癖が悪い。こんな男と付き合っているとダメになる」という結論に至った。海を渡って訪ねてきたB君に「別れます」とはっきり伝えた。すると、小早川明子氏が書いている通りのストーカーになってしまった。そして、この研修生が研修を終え、某国の大使館で勤務するようになっても破壊的なストーカー行為を続けた。大使館だけでなく、この女性外交官が出張する先のホテルにも日本語と英語で「○○(女性外交官の実名)は、白人男の大きなチンポで、マンコを刺されてよがる淫乱女です」というようなファックスが送りつけられるようになった。外務本省にいながらB君は出張に関する公電(公務に用いる電報)を詳細に調べてストーカー行為を行っていたのだ。

 女性外交官は、外務省内で相談しても埒が明かないと考え、某国大使館に勤務する警察庁からの出向者に相談した。大使館に出向している警察官のほとんどが公安に属している。蛇の道は蛇である。それから1カ月もしないうちに、内閣情報調査室(内調)の中堅幹部が、B君が勤務する課の首席事務官を呼び出した。そして、B君のストーカー行為について、動かざる証拠を突きつけ、「外務省として何らかの措置を取らないと、刑事事件化する可能性がある」と警告した。その結果、外務省はビビり上がり、首席事務官は、B君に「ストーカー行為を続けると外務省をクビになる」と伝えるとともに医者を紹介し、休暇を取って通院せよと指示した。

 聡明なこの首席事務官は、ストーカー行為は一種の依存症なので、通常の指揮命令系統で注意しても、B君がまた同じような行為を繰り返すと思ったのだろう。B君に対する人間的配慮も少しはあったのだろうが、それよりも万一、B君のストーカー行為が刑事事件化した場合に、「あれは組織の人事管理というよりも、本人の病気に起因するものです。病気なのですから、本人の断罪よりも、治療を優先すべきと思います」と説明すれば、外務省にとってのダメージを最小にできると計算したのであろう。病気のB君に休みを取って通院することを勧めたのだから、首席事務官の管理責任が厳しく問われることもない。

 結局、この通院をきっかけにB君は医療関係者と結婚した。その後、ストーカー行為を繰り返したことはないが、机の周囲に本を積み上げ、万里の長城を作り、バックミラーを設置して、自分の背後を通る人が誰であるかを確認できる独自の要塞に自分の机を改造した。B君は筆者に「あれからいつも内調に監視されている気がするんです」と真剣な顔をして語っていた。B君の自己認識では、内調というストーカー集団の被害者なのである。

 いずれにせよ、ストーカー的性向を持つ者を部下にすることは、絶対に避けた方がいい。

佐藤優(さとう・まさる)
1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。ロシア連邦日本国大使館、国際情報局分析第一課などに勤務。『国家の罠』『自壊する帝国』『いま生きる「資本論」』など著書多数。