未公開株疑惑で政治生命をパーにした「武藤貴也」代議士の懺悔録

政治週刊新潮 2015年9月3日号掲載

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 武藤貴也代議士(36)は、最近まで無名の2回生議員だったが、例のツイッターによる発言で一躍時の人となった。そんな折に報じられた未公開株の購入を巡る金銭トラブル。この若手議員は、なぜ、問題を起こしたのか。事の真相を語った彼の懺悔録をお届けする。

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 後悔する者にのみ、許しが与えられる――。イタリアの詩人、ダンテの格言である。翻って、渦中の武藤議員はどうだろうか。彼は、まずこう話し始めた。

「『週刊文春』(以下、文春)の記事で世間をお騒がせしていることは、大変申し訳ありません。先日、自民党を離党したのは、私個人の問題が国会で取り上げられることによって、大切な安全保障関連法案の審議に支障が生じることが、国会議員として耐え難かったからです。党にも、また国民の皆様にもご迷惑をかけ、本当に心苦しく感じています」

 改めて説明すると、武藤議員は京大大学院卒。2012年末の総選挙で初当選し、現在、2期目である。外交や安全保障に詳しく、7月末、安保法案に反対する学生集団SEALDsの抗議活動について、自身のツイッター上で〈彼ら彼女らの主張は「だって戦争に行きたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく〉と批判。物議を醸したことは記憶に新しい。

 そんな折、文春が、彼の未公開株を巡るトラブルを報じたのだ。まず、記事の概要を説明しよう。

 昨年10月末、A氏は武藤議員から、値上がり確実なソフトウェア会社の新規公開株を国会議員枠で買えるという話を持ち掛けられた。ただし、武藤議員には資金がなかった。代りに、A氏が資金を集め、利益の半分を武藤議員に渡すという約束だったという。

 その後、武藤議員の宮崎資紹秘書と連絡を取りながら、資金集めに奔走。最終的に23名の投資家から4104万円を集めた。しかし、実際は新規公開株は買えずじまい。それどころか、集めた資金の一部を宮崎秘書が別の用途に使ったため、投資家に資金の返済ができない事態に陥っているというのだ。以下は、武藤議員の告白である。

「文春の記事では、私が『国会議員枠』なる言葉で資金を募り、トラブルになったと報じられています。それについて、丁寧にご説明しなければなりません。まず、今回の件を告発したのは“A氏”なる人物ですが、事の発端は、私がA君に預けていた1億円ものお金を、彼が流用してしまったことでした」

 そもそも武藤議員にとってA氏は、京大大学院時代からの親友だった。

「A君は13年9月にそれまで勤めていた会社を辞め、投資家になったと話していました。彼からFXで資金を増やさないかと持ち掛けられたのは13年11月。『武藤さんも国会議員になってお金が必要でしょう。僕に預けてくれれば、必ず増やして返します』と。選挙などでお金が掛るのは事実ですし、聞いているうちにその話に乗ってもいいかなという気持ちになってしまったんです。今、手元に私の預金通帳の写しがありますが、13年12月10日に660万円引出した記録が残っています。その翌日くらいに、議員会館の私の事務所で500万円を彼に預けました」

■月に20%の配当

 その際、A氏は「月に10%の配当を約束します」と語っていたという。

「私は半信半疑でしたが、彼は自信満々でした。その時は、名刺の裏に『500万円預かりました』という文言とA君の名前を書いた『預かり証』を作ってもらい受取りました。配当や利率の話は一切書いていません。なんでそんな適当な契約で500万円も渡したのかと言われますが、今となっては私もそう思います」

 その後、武藤議員はA氏から「預かったお金は、FXではなくブランド品の売買に回した」との報告を受けたという。

「彼の説明ではエルメスのクロコダイルの高級バッグを売買するビジネスだったそうです。売り手と買い手が決まっているものだけを扱うため、絶対に損はしない。こっちは月に20%の配当になる、とのことでした。A君には、Mさんという女性のビジネスパートナーがいて、彼女がエルメスのバッグの購入ルートを持っているという話でした。実は、500万円を預けてすぐ、12月18日にA君から15万円が振り込まれたのです。それで、私はますます彼を信用してしまった。12月26日、その結果、さらに3000万円ものお金を預けてしまいました」

 500万円からいきなり3000万円とは驚きである。

「14年になってからも1月16日と31日、A君の口座に100万円ずつ振り込んでいます。彼も何度か『配当』と称してお金を持ってきました。通帳には、彼からの入金記録も何度か確認できますが、現金で持ってくることもあった。ですから、いつ、いくら渡されたのか、正直申し上げて、全部を正確に覚えていません。私の方もお金を現金で手渡しすることも多く、いくら彼に預けたか正確な記録がありません。というのも、お金を手渡しする際は、『預かり証』を用意してもらうのですが、毎回更新してその場で古い『預かり証』を破棄していました。今思えば、かなり杜撰なお金の遣り取りだったと反省しています」

 ところが、武藤議員はA氏に不信感を持ち始める。それは14年4月12日のことで、

「彼からLINEで『Mさんの口座がロックされてしまい、資金を貸してほしい』と連絡があったのです。理由を聞くと、『口座がテロ資金の疑いをかけられた』と。色々聞くと、『かなりの大金を頻繁に動かしているので、銀行に監視されている』と言い出す始末。銀行名や口座番号も教えてくれませんし、エルメスのバッグの取引きも実態は乏しいことが分ってきました。さらに夏以降、彼から配当を受取ることがほとんどなくなり、この頃から配当云々より、預けた元本だけでも返してほしいという気持ちになっていました。それでも、A君にお金を預ける関係を続けてしまいました。恥ずかしい話ですが、私は彼を家族同然の存在だと思っていましたし、いざ泣きつかれると断るに断れなかったんです」

■父親の退職金を

 武藤議員からA氏に渡った資金の内訳は、武藤議員の自己資金が約4000万円。父親から借りた3000万円。武藤議員の友人が出した3000万円。総額約1億円にも上る。

 それに対し、武藤議員がA氏から受取ったお金は、1000万円に満たないとみられる。

 それにしても、わずか10カ月の間に、なぜ、1億円もの資金をつぎ込んだのか。

「当時は、彼から配当が来ても何割かは追加の投資に回していました。分母が大きくなれば、配当が多くなるだろうという欲があったんです。投資という現実味のない世界で、自分の想像を超える話をされ続けると、気付いた時には、自分も巻き込まれていくんですよね。お金を人に貸した瞬間から、その人とは縁を切りたくても切れなくなってしまうのです。どうにか損失を補填しないと、と焦ると、追加投資して高配当を待つしかなくなる。一蓮托生のような状況に置かれてしまうのだと思います。私はパチンコはやりませんが、『あといくらつぎ込めばフィーバーが来る』という感覚と似ているかもしれません」

 資金の工面については、かなり苦労したと語る。

「父親の3000万円は父の退職金です。特に後悔しているのは、投資先を探していた大学時代の友人にA君を紹介し、2回に分け1500万円ずつ、計3000万円出させてしまったこと。後にこのお金が返ってこないという問題になりました。私はその責任を感じ銀行から借金して、友人に返済しました」

 武藤議員がA氏に最後にお金を渡したのは14年10月8日である。金額は1000万円だが、

「この1000万円は、『絶対に失くさない。リスクゼロ。必ず挽回できる』と言われ、なけなしのお金を用意したのですが……。ただ、その時は、私を納得させるためか、A君とMさんは、今までの『預かり証』ではなく『金銭消費貸借契約書』を用意してきた。そして、それまでの分も合わせ、私が1億円貸したという契約書を交わしたのです」

 もっとも、この契約後も事態は一向に好転する気配がなかったという。

「A君とMさんを私の事務所に呼んで、『預けたお金を返してほしい』と言っても全く埒が明きませんでした。そんな状況の中、私の秘書の宮崎が、件の未公開株の話を持ち込んで来たのでした。ある証券会社の会長と知合いだというBさんから『必ず値上がりする新規公開株が買える』と言われたそうです。株価は最低2倍になるとかで、枠は押えてあるから確実に買える、と」

■脇が甘かった

 実は、宮崎秘書も4000万円もの大金をA氏に預けていたそうで、

「私と同様、お金が全く返済されていない状況でした。そこで、宮崎と『この未公開株をA君に買ってもらい、儲かった分で我々が預けたお金を返済してもらおう』と相談し、A君に資金集めを持ちかけたのです。そのやりとりの一部が、A君が文春で公開したLINEの文面です。私が『国会議員枠』で株が買えるという話をしているように思われると困るので、くれぐれもそういう触れ込みでお金を集めることだけはやめてくれ、というつもりで書いた文章でした。今読むと、私が『国会議員枠』があると認識しているように読めるかもしれませんが、誓ってそのような意味で書いたものではありません。そもそも、私はそれまで株を購入したことはなく、未公開株とか一般公募とか、基本的な株式用語もこの時、初めて知りました。世間知らずと言われても仕方ありません。宮崎を信用していましたし、とりあえず少しでもお金の回収の目途が立つのであればと思い、特に疑うことなく未公開株の話に乗ってしまったのです。藁(わら)にもすがる思いで甘い話に乗ってしまったのは、今考えると、非常に脇が甘かったと反省しています」

 この頃、武藤議員には焦りがあったという。

「A君に連絡しても、返信がなかったりすることが少なくありませんでした。そのため、焦りと不安が増していきました。文春の記事で、私は外務委員会の最中、LINEでA君と未公開株に関するやりとりをしたとして批判されています。大切な審議をやっている時、個人的なお金のやりとりの話をしていたことは、国民の皆様に言い訳のしようもありません。私は、そんなことが分らなくなるくらい、追い詰められていたのだと思います」

 さらに、追い打ちをかけるように総選挙が近づく。

「11月9日付の読売新聞の1面に『年内にも総選挙』との見出しが躍った。地元から帰ると、永田町では総選挙に向け、準備をしなければと大騒ぎになっていました。元々、選挙資金を増やすために預けたお金がなくなった上、12月に選挙があるというのですから、正直、どうやって戦えばいいのかと不安でした」

 さて、文春によれば、A氏が未公開株のため集めた資金は4104万円だが、

「宮崎の証券口座に振り込まれたのは4104万円です。しかし、実際、A君はもう3000万円集めていて、それを現金で持っていた。その後、私の事務所に保管していたのですが、A君が『やはり少しの間だけ貸してほしい』と言い、持って行ってしまったのです」

 今回のトラブルで武藤議員の政治生命はもはや風前の灯にも思えるが、今後については、

「私は学生の頃から、日本の外交・安全保障をなんとかしたいという一心で政治家を目指し、ありがたいことに3年前、念願叶い国会議員に選出していただきました。当選後も志を忘れたことはなく、政策の勉強だって同僚議員と比べても人一倍努力してきたという自負はあります。それが自らの甘さ故に、こうして政策とは無関係なトラブルを引き起こし、有権者の信頼を損なってしまいました。それについては内心忸怩たる思いです。ですが、私は議員辞職ということは考えていません。もう一度皆様の信頼を回復し、いずれは自民党にも復党して、今後も政治家として日本の為に貢献していきたいと考えています」

 茨の道はまだまだ続く。