大五郎をラッパ飲み! 死のコンパを隠蔽した「東大サークル」の口裏

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 3年前の夏、東大の男子学生がサークルのコンパで昏倒、急死した。その両親が先ごろ、同席していた学生らに損害賠償を求めて提訴に踏み切ったのだが、そこで明かされたのは「飲酒カルト」ともいうべき酒宴の実態、さらにはメンバーによる周到な“隠蔽工作”であった。

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 古代ギリシャの哲学者・アナカルシスは、次のような言葉を遺している。

〈酒の一杯は健康のため、二杯は快楽のため、三杯は放縦のため、四杯は狂気のため〉

 以下は、悪習に盲従し、「五杯」より先を追い求めて仲間を失った愚者たちの実録である――。

 7月22日、霞が関の司法記者クラブで会見に臨んだのは、埼玉県北本市の高原俊彦さん(52)、多嘉子さん(52)夫妻。2012年7月、当時東大2年生だった次男の滉(あきら)さん(享年21)が、所属するテニスサークルのコンパに参加、急性アルコール中毒で亡くなる事故があり、これに関し、同席していた当時の学生ら21人を相手取り、総額約1億6900万円の損害賠償を求めて提訴したのだ。

〈(参加者のうち1年生を除いた)31人と交渉し、うち10人とは一人当たり240万円を支払うことで和解したが、残る21人は「法的責任はない」との主張で謝罪も得られず、提訴することになった〉

 と、両親らは説明。司法担当記者が言う。

「滉さんが亡くなったのは12年7月28日の午前0時頃。前日の夕刻から、所属するサークル『グリーン』のイベントである『隅田川花火大会場所取りコンパ』と称する宴会が現地の公園で開かれており、未成年を含む1年生から4年生、そしてサークルのOBらおよそ40人が参加していました」

 滉さんは県立浦和高校から一浪の後、11年に文科II類に合格。サークル内では同年夏から、コンパを取り仕切る「コンパ長」の役職についており、率先して酒を飲まねばならなかったという。

「グリーンは、70年代初めに創設された老舗サークルで、おもに1、2年生が在籍する駒場キャンパスを拠点としています。学内では、他大学の女子でも入れるインカレとは区別され、男女ともに東大生のみで構成される正統派の“3大テニスサークル”の一つとして知られ、練習がきついことでも有名でした」(卒業生)

 が、その一方、週4回の練習後には常にコンパを催し、「コンパを制するものはグリーンを制する」などと言い伝えられてきた、いわば“飲酒カルト集団”であったというのだ。

 あらためて父の俊彦さんに聞くと、

「私は滉の死後、どうしてもその時の状況が知りたくて、コンパの参加者から聞き取りを続けてきました。その中でまず分かったことは、このサークルの異常な酒の飲み方でした」

 としながら、

「彼らのコンパでよく行われるのが、『マキバ』と呼ばれるラッパ飲みです。これはメンバーが輪になってフォークダンスの『マイムマイム』を歌いながら、輪の中央に置かれた焼酎『大五郎』の2・7リットル入りペットボトル(25度)を、代わる代わる飲んでいくという“儀式”で、一回のコンパで何本も空になるというのです。しかも、最初と最後は必ずコンパ長が口をつけねばならないしきたりで、おのずと飲酒量は多くなるとのことでした」

 その他、夏の合宿では、初日に「執行交代の儀」と称する役職者交代のセレモニーがあり、メンバーは12卓あるテーブルを回るたび、それぞれ500ミリリットルの缶ビールを飲み干さねばならない。つまりは合計6リットル。また合宿2日目には、「コンパ長交代の儀」があり、新旧コンパ長が容量3・4リットルの洗面器になみなみと注がれた大五郎を交互に口にして空けねばならず、その間、水を口にすることもできないという。

 こうした狂気の因習を繰り返してきただけあって、「グリーン」は毎年のように問題を起こす、札付き集団と目されていた。

「07年から、毎年のようにコンパの参加者が昏睡状態となり、救急車が出動する騒ぎになっています。11年秋の合宿では、コンパの翌日の昼まで意識が戻らなかった学生がいたのに、誰も119番通報しなかった。また、その年の『駒場祭』(学園祭)では、グリーンも模擬店を出店していたところ、メンバーが泥酔し、アルコールや吐瀉物を通行人にまき散らすなどの狼籍に及び、大学側から厳重注意を受け、反省文を書かされています」(前出記者)

■頭部を2度、強打し…

 滉さんの死を招いたコンパでも、やはり「マキバ」が行われていた。

「もともと酒は好きではなく、家でも全く飲まない滉は、先輩から指名されて『コンパ長』を引き受けざるを得ませんでした。コンパ長は、すべての練習とコンパへ出なければならず、前日の26日も、朝8時から夜9時まで練習し、コンパを仕切って終電に乗り遅れて校内で宿泊。翌日は寝不足のまま朝練や買い出しをこなし、会場では『今日はあまり飲みたくない』と漏らしていたようです」(俊彦さん)

 実際に「マキバ」が始まると、異変は直ちに見てとれた。1本目の途中で嘔吐した滉さんは、3本目に入ると昏倒。すでに失禁しており、ズボンを脱がされたまま輪の外に寝かされ、狂気の宴はなおも続いた。23時頃、近隣の苦情を受けた警官に注意され、一団は場を移す。その際、昏睡状態の滉さんの四肢を持って運んだメンバーらが汗で手をすべらせ、滉さんは2度にわたりアスファルトで頭部を強打してしまった。

「最初の強打で、滉はけいれんを起こし、その後は動かなくなりました。2度目に落ちた時も、彼らは“今のは痛いよな”などと言うだけで、滉を草むらに寝かして飲み続けたのです」

 結局、119番通報がなされたのは午前2時6分。人事不省に陥ってから、滉さんは実に4時間にわたり放置されていたことになり、死亡推定時刻からもすでに2時間が経過していた。

■「アカウントを消してほしい」

 さらに、あろうことか参加者は保身にひた走ったというのだ。俊彦さんが続ける。

「翌28日、コンパ参加者の一部が集まって会議をし、自分たちのミクシィやツイッターなどのアカウントを消しています。事故が明るみに出て、身元が特定されるのが嫌だったのでしょう。その日の夕方、私にも連絡があり、『いわれなき中傷を避けるため、高原君のアカウントを消してほしい。そうでないと、繋がっている友人もわかってしまう』などと言ってきたのです。このあたりからおかしいと思うようになりました」

 葬儀は8月1日に営まれ、翌2日、サークルの解散が総会で正式に決定。その「議事録」には、彼らのこんな発言も残されている。

〈マスコミ対応 団体としてではなく、グリーンに所属している各個人として取材は受けない。「分からないので」と答え、詳しいことは伝えない。適当に「はい」「いいえ」も絶対に言わない〉

〈マスコミが主に報道するのは、未成年飲酒や飲酒の強要であり、どちらにも該当していないので、事件性がないため、公表の必要はない〉

 が、実際には未成年者が多数参加し、その上、救急車を呼ぶ際には上級生らの指示で、彼らは現場から遠ざけられていた。

 滉さんが先輩から引き継ぎ、コンパの心得などが記されていた「コンパ長ノート」にも、

〈騒ぎすぎると警察・警備員が来るからケアで! もし来たら未成年は逃げる! 団体を聞かれたら、ゼミか適当に集まってると言って、できるだけGREENの名前は出さない〉

 などとある。遵法意識は欠如しながら、こうした点には実に頭が回るのだ。

 俊彦さんは当初、警察から“事件性なし”と聞かされ、「被害届など思いつかなかった」という。それでも、日本大学の板倉宏名誉教授(刑法学)によれば、

「今回のケースは、飲酒が強要されたものではなかったにせよ、一緒に飲んでいたメンバーには、故人に対する保護責任があったと言えます。意識を失った後に、何ら救護活動をせずに放置して死に至らしめたのであれば、保護責任者遺棄致死罪に問えるでしょう。公訴時効は20年ですし、警察もその点は捜査すべきだったと思います」

 被告の一人で、事故当日は同じく酔い潰れて横臥していた大学院生は、

「訴状も届いていませんし、代理人を立てていますのでコメントできません」

 と、まさに「議事録」通りのご答弁。東大OBで精神科医の和田秀樹氏が言う。

「その歴代の『コンパ長ノート』には、仲間が急性アルコール中毒になった時の対処法は書かれていなかったのでしょう。言われたことをその通りこなす能力は一流でも、自分たちが経験していない事態への想像力はゼロなのが東大生です。仲間が倒れても、救急車を呼んで“儀式”を中断してはいけない、とでも思ったのでは……。そうした変な生真面目さの一方、事件後のSNS消去など、こと保身に関してはやはり“一流”だな、と思いました」

 21人の被告らには、すでに漏れなく代理人がついているという。

週刊新潮 2015年8月6日通巻3000号記念特大号掲載

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