ネットが野放し 「少年法」に意味があるか/山口香(女子柔道銅メダリスト) 少年犯罪の「実名・写真報道」私の考え

社会週刊新潮 2015年3月19日号掲載

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 事件を起こす少年を含めて、最近の若い人たちを見ていると、とても幼児化している印象があります。過剰に人を殴ったり刃物を持ち出せば、死ぬこともある。そんな当たり前のことを理解できない子が増えているように見えるのです。

 それは、少子化や核家族化の進行など、子供を育てる環境が、大きく変化していることと無縁ではないのかも知れません。一方で、少年の肉体の成長度合いや思考は、昔よりずっと進んでいる。そうしたアンバランスが事件の背景にあると思うんですね。

 少年たちは義務教育を終えると進学したり就職したりしますが、本来なら、学校だけでなく社会にも彼らを育成する役目が委ねられているはずです。しかし、実際にはそうなっていない。少年がドロップアウトしても世間は持て余すだけ。事件に登場する子供たちが、「居場所がない」と追い詰められてゆくのは当然のことです。

 社会の歪みは事件報道でも露呈しました。

 今回、週刊新潮が容疑者の少年の実名と顔写真を掲載して話題になりましたが、そんな事はお構いなしに実名と顔写真がインターネットでどんどん流布されている。ネットが野放しになっているのに、マスコミが少年法の61条を守ったところで、意味が無いじゃないですか。

 それは、速いスピードで変わっている実社会に、法律が追い付いていないことを意味している。だから、週刊新潮の報道を問題にしたところで何の解決にもならないのです。

 しかしながら、世間は悲惨な事件が起きても、また思い出したように騒ぐだけ。少年を取り巻く社会も少年のためにある少年法も、実態とかけ離れたままになっていることを、この事件はまざまざと見せつけたと思います。

「特集 少年犯罪の『実名・写真報道』私の考え」より