お茶屋文化とは何だったのか/『大和屋物語――大阪ミナミの花街民俗史』

食・暮らし

 刈り取った後の稲田に散乱する落ち穂。民俗学を志すほどの者は、落ち穂ひろいをしてゆかねばならない、と著者は「あとがき」で述べる。かつてにぎわいと格式を誇り、日本のもてなし文化の最高の純度を示した大阪ミナミ(南地(なんち))の大茶屋、東京でいう高級料亭。時代の流れにはあらがえず、徐々に退場を余儀なくされたその姿を文化的な落ち穂ととらえるなら、民俗学が考察の対象に取り上げるのも大いに納得がゆく。

 大阪ミナミの宗右衛門町にあった大和屋は、平成十五年に看板をおろす。

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