iPhoneデモ機は「欠陥だらけの試作品」だった ジョブズ“伝説のプレゼン”秘話

IT・科学

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 NTTドコモが発売に踏み切ったことで、日本でのiPhone人気は再び爆発。調査会社カンターの日本法人によれば、「2013年10月に日本国内で販売されたスマートフォンのうち76%をiPhoneが占めた」そうだ。もはや、日本人のiPhone好きは母国アメリカをも凌ぐほどで、米「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙も「アップル、日本が思わぬ『金鉱』に」(11月11日付け)という見出しで、日本でのアップルの急成長ぶりを、驚きを持って報じている。
 もちろん、これほどの勢いはそう長く続かないかもしれない。しかし、そもそも、ドコモが発売する以前から、日本でのスマートフォンのシェア第1位はiPhoneだったことを考えれば、iPadなど他の製品を含めて日本人の「アップル好き」はそう簡単に収まりそうにはない。

■iPhone試作機のトホホな出来栄え

 日本でこれほどの成功を収めたiPhoneだが、2007年に初代がアメリカで発売されたときは、ドタバタ続きで、相当トホホな状況だったようだ。最近刊行された『アップルvs.グーグル―どちらが世界を支配するのか―』(新潮社)はその様子を当事者の証言をもとにリアルに描いている。いくつかのエピソードを抜粋してみよう。

(1)2007年1月9日。サンフランシスコで開かれたMacworld Expo 2007で、世界に向けて新製品としてiPhoneが発表されたとき、ステージ上のスティーブ・ジョブズが持っていたのは欠陥だらけの試作品で、「100回デモしたら、100回すべてで何かがうまくいかない感じだった」という。

(2)その時に存在していたiPhoneは100個ほどで、品質はまちまち、いくつかは画面とプラスティックの枠の間に隙間があるほど未完成だった。

(3)この試作品のiPhoneでは、歌や動画の一部を再生できたが、途中で必ず動かなくなった。メールを送った後、ウェブを見ることはできたが、その逆はダメだった。

(4)iPhoneのWi-Fi無線は不安定だったので、デモ機にアンテナ線をハンダづけし、舞台の裏に這わせた。また、電話の受信状態を良くするためにAT&Tに移動基地局を運んでもらった。

(5)最大の問題は同時にいくつかの作業をするとメモリ不足でたちまちフリーズしてしまうことだった。この問題を解決するために、ジョブズはステージにデモ機を沢山用意していた。

──以上のような困難を抱えながらも、ジョブズはiPhoneの発表を完璧にやり遂げた。しかも、主要な機能をすべて見せるデモの「グランドフィナーレ」では、まず音楽をかけ、電話を受けて保留にしたところで、また別の電話を受け、写真を探し、その二番目の相手にメールで送り、最初の相手のためにネットで何かを調べ、再び音楽に戻る──という“離れ業”も見事に成功させた。さすが天才ジョブズと言いたいところだが、本当に称賛すべきは、この発表を支えたスタッフの努力なのかもしれない。

 しかし、この発表の成功でホッとしている暇はなかった。ジョブズは未完成品で、生産ラインすらなかったiPhoneの発売を24週間後の6月29日と決定したからだ。一刻も早くiPhoneを完成させ、大量生産へこぎ着けるために、スタッフは不眠不休の作業を強いられることになった。まさに、天才と天災は紙一重というべきか。

デイリー新潮編集部