ヒトは「我慢するサル」である/『拡張する脳』

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 脳科学はこの五〇年で目覚ましい発達をした。確かに現在では、脳のどの部位がどんな働きをしているかを示す「脳地図」さえも描けるほど脳は解明されつつある。だが、それらはあくまで脳の各部位の研究者がそれぞれの専門領域で明らかにしたものを積み上げただけにすぎない。複雑すぎるネットワーク機能を持つ脳の働きを調べ、科学的に解明するためには、それしか方法がなかったからだ。

 著者は前作『つながる脳』で、そんな脳研究の姿に疑問を持った。つまり、瞬間ごとに変化している環境やルールに対応して適切に行動を切り替えている「社会脳」としての脳の本当の働きを理解するためには、脳の一部を調べてもダメで、全体としての脳の働きを調べなくてはならない。だがそれは「理想」にすぎず、当時はそのための実験ツールさえなかったのだ。本書は、著者が社会脳研究の理想を求め、新たな技術を開発したことで動き始めた社会脳研究の最前線が描かれている。胸躍らないわけがない。

「月に行くことが決まったら、地道にゼロからロケットを開発するしかない」と著者はこともなげに言う。だが、被験者を自由に動かしながら実験に必要な同時性や再現性を担保するために自らSR(代替現実)システムを開発してしまった執念には、驚くほかはない。これによって「現実」と「代替現実」を自在に切り替え、脳の反応を探り、目の前の「社会的現実」を検証することが可能になる。

 脳全体の活動を記録し、得られた膨大なデータを解析する技術も、その間のITの進歩が解決した。理想を実現する環境は整ったのだ。本書では前作で紹介された、上下関係にあるサルの社会脳研究に一つの到達点を示している。著者によるとサルの社会性の基本は「我慢」。ヒトは「我慢するサル」であると結論し、我慢が人間の社会性を発展させたと考える。母子関係から丁寧に読み解き、その結論に至る筆致は、進化生物学的にも読みごたえがあった。

[評者]鈴木裕也(ライター)

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