「読書量が激減した」と告白する社会学者・古市憲寿が語る「AI時代」に人が磨くべき「価値」

国内 社会

  • ブックマーク

「あなたは先月、何冊の本を読みましたか」――。

 文化庁の調査によると、「1冊も読まなかった」と答えた日本人は62.6%。かつて4割台だったこの数字が急増した背景には、スマホの普及があるとされてきた。だがいま、読書時間を奪うもう一つの“黒船”が現れた。AIである。自らも著者の側でもある、社会学者・古市憲寿氏は、「最近は読書量が激減した」と告白しながら、こう続ける――。情報収集、論理的思考、語学……かつて人間の強みとされてきた能力が、次々とAIに代替されていく今、人間に残された武器は「人間らしさ」そのものになっていく、と。

※本稿の内容は『コミュ力不要の社交術』(古市憲寿著、新潮新書)の一部を抜粋・編集したものです。

もう本は読まなくてもいい?

 AIの話題になると、ふと思います。こうして人間が本を書く時代はあと何年続くのだろうと。

 実際にはチェスや将棋のように、AIが人間の能力を超えた分野でも人間同士の試合が行われているわけですから、「作・人間」の文章が消えることはないでしょう。

 だけど、情報を得るだけならAIでよくなります。

 告白すると、僕自身、ここ最近、読書量が激減しています。たとえばバルカン半島の歴史を知りたかったら、日本語の本を読むよりも、AIと対話をしたほうが絶対に理解が深まります。

 日本語で書かれた本は情報が古かったり、内容が間違っていることさえもよくあります。一方で、AIは指示さえすれば、現地語の最新論文まで参照してくれます。

「バルカン半島の歴史をわかりやすく教えて」と聞いて、わからなかったことを聞いていくというのが王道。「コント風に面白おかしく教えて」「比喩を交えて教えて」など注文をすれば、さらに理解は進みます。

 歴史問題など、ややこしいことほど、本で読むよりも、AIに自分専用の家庭教師になってもらうのがオススメです。

「好奇心」の価値

 インターネットがない時代は記憶力に価値がありました。辞書のように何でも知っている人は「生き字引」として重宝されました。

 だけど今ではただの記憶力にはあまり価値がありません。

 AIが普及する前は思考力に価値がありました。

 だけど大抵のことにはAIのほうが適切な答えを示してくれます。

 そんな時代に大切なことがあります。

 それは好奇心です。

 いくらAIが優秀になっても、聞きたいことがないのでは宝の持ち腐れです。

 一方で好奇心がある人には最高の時代になりました。

 積年の疑問が次々に解消されていくはずです。

AI時代に求められるのは「作家性」

 AIが何でも教えてくれる時代に、人間が書いた本を読む意味は何でしょうか。

 一つは「作家性」です。その人の哲学や思想を知りたくて本を読む、という需要はなくならないと思います。

 色々な批判がありながらも、テレビからコメンテーターが消えないのも同じ理由ですね。ニュースを知りたいだけならアナウンサーがいればいい。だけど「この人はこの事件についてどう思うのか」という関心を満たすために、コメンテーターが存在しているわけです。

 音楽も一緒です。ベートーヴェンの〈悲愴〉は、ネットでいろんなバージョンを無料で聴けます。だけど、同じ楽譜からピアニストごとに違う演奏が立ち上がるからこそ、聴衆はわざわざホールまで聴きにいくわけです。10年後も100年後も「コンサート」や「ライブ」という文化は残っていると思います。

 逆説的ですが、AIが進化すればするほど、「人間」の時代になっていくのです。

 普段の仕事も同じです。おそらく「付き合いにくいが仕事ができる人」はどんどん淘汰されていくと思います。みんながAIを使いこなすことで「仕事ができる人」ばかりになっていくからです。

 その意味で、「人がいい」「性格がいい」といったことが、実はこれまで以上に大事になってくると思います。

英語は勉強するべき?

 AI時代のもう1つの疑問は、外国語を勉強する意味はあるのか、という問いです。

 結論から言えば、必要性はどんどん薄れていくと思います。

 自動翻訳技術が向上したことで、文字だけならほぼ完璧に翻訳をしてくれます。特に標準的な文体で書かれることの多いニュースサイトなら、読んでいてほとんど違和感がありません。

 音声翻訳のレベルもどんどん上がっています。

 僕は「Timekettle」というイヤホン型自動翻訳機を使っているのですが、ストレスがなく外国の友人と会話ができます。主語を間違われることが多いので、「私はあなたに3つの提案をしたいと思います」というような、不思議な日本語を使うことになりますけど。ニュースを観るだけなら、9割くらいは翻訳してくれます。

 海外のレストランでのメニュー、コンビニで買うお菓子の表記、博物館の案内板などもグーグルレンズを通せば、瞬時に翻訳してくれるようになりました。

 こうしたサービスが素晴らしいのは、多言語に対応していること。

 サウジアラビアの国立博物館に行ったとき、英語とアラビア語で案内板の内容が大きく違うのを見つけました。中立的な説明に徹する英語版と違い、アラビア語版では神の意思のもとで大陸移動があり、アッラーが動物や植物を創造したと書かれていました。

 だけどちょっとした会話のためにいちいち自動翻訳アプリを起動させたり、イヤホンをつけるのは面倒です。一日中イヤホンをつけておくことが当たり前の時代が来る気もするのですが、まだ少し先の話。

 少なくともこの数年は、英語くらいは話せたほうが便利だとは思います。

 ***

 生成AIが急速に日常へ浸透し、「専門知識があれば多少感じが悪くても許される」という時代が終わりを迎えようとする今、人間に残された武器はとは、いったい何なのか――。

 新潮QUEで配信中の記事【コミュ力は不要だった――AI時代に仲間を増やす「シンプルすぎる仕組み」とは】では、社会学者・古市憲寿氏の新刊『コミュ力不要の社交術』(新潮新書)の内容をもとに、より詳しく解説しています。

デイリー新潮編集部

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。