娘が学校で「豚」と言われていた 「西田敏行さん」が大人気ドラマ「西遊記」を降りた本当の理由
紅白と福島
「西田さんを悪く言う人はいないんじゃないかな」(舘野氏)
やがて舘野氏は正規のマネジャーになる。舘野氏は初めて西田さんを観たときから大俳優になると確信していたから、番手(出演者の格付け)に納得できない仕事は、引き受けなかった。番手の悪い仕事をやると、ずっと小さな役ばかり来るようになってしまいかねないという。
1980年、ついに待望の大役が舞い込む。日本テレビの連続ドラマ「池中玄太80キロ」の主演だ。単発ドラマの主演は経験済みだったが、連ドラの主演は初めてだった。西田さんは32歳になっていた。
「西田さんと自分、プロデューサー、脚本家の松木ひろしさんが参加した打ち合わせの席で、松木さんから『西田さん、体重は?』と聞かれ、本人が『80キロです』って答えたら、このタイトルになった。こんなのでいいのかと思いましたよ(笑)。勝負どころだったから、なんとか成功してほしいって願っていた」(舘野氏)
西田さんが演じたカメラマン・玄太は、愛した人が遺した娘の絵理(杉田かおる)、未来(有馬加奈子)、弥子(安孫子里香)を育てることになる。最初は玄太を嫌った3姉妹だが、やがて慕うようになり、本物の父娘になっていく。
それまでになかった心温まるホームコメディで、大人気を博した。最高世帯視聴率は25.3%。熱血漢で器が大きいが、涙もろい玄太は、西田さんにしかできない役柄だった。このドラマによって、西田さんはトップスターの地位を確立する。
大好評を受け、1年後の1981年にはパート2がつくられたが、舘野氏は冷や汗をかく。主題歌として知られているのは西田さんが歌う「もしもピアノが弾けたなら」だが、当初の主題歌はやはり西田さんの歌う「いい夢みろよ」だった。
レコードもA面は「いい夢--」で、「もしも――」はB面。版元のCBS・ソニー(現・ソニー・ミュージックレーベルズ)と舘野氏の協議で決まった。
当初、「もしも――」は挿入歌に過ぎなかった。ところが、この曲が大きな反響を巻き起こしたため、日テレが何としてもA面とB面を入れ替えてほしいと舘野氏に要求してきた。
「そうしないと、『もしも――』を主題歌に出来ないと言われた」(舘野氏)
そこで舘野氏はソニーに掛け合い、入れ替えを頼み込み、実現にこぎ着けた。当時、A面とB面の入れ替えはそう珍しい話ではなかったが、コインの裏表をひっくり返すように簡単なことではなかった。
A面にしたことも良かったようで、「もしもピアノが弾けたなら」は大ヒットした。西田さんは同じ1981年の第32回紅白歌合戦に初出場する。西田さんは初出場そのものより、会場のNHKホールに故郷・福島県郡山市の幼なじみが集まってくれたことを喜んだ。幼なじみたちから「すごいな」と称えられた西田さんは、感極まった。東京生まれの舘野氏にはピンと来なかったが、西田さんの座標軸は生涯、福島にあったようだ。
「西田さんの育ってきた環境の中では、紅白に出ることは途方もないことだったんでしょう」(舘野氏)
東日本大震災と東京電力福島第1原発の事故から1か月の2011年4月、西田さんは福島にボランティアとして入る。その場で福島県産のイチゴやキュウリを口いっぱいに頬張り、安全性を訴えた。
「福島は負けねえ!」と雄叫びも上げた。その後も何度も福島に入り、批判を恐れずに東電を糾弾した。大俳優になったあとも庶民性や素朴さを失わなかった西田さん。それは、福島で映画少年だったころの心を終生失わなかったからではないか。
大河ドラマと別れ
舘野氏は西田さんのマネジャーをずっと続けるつもりだった。だが、別れの日がやって来る。1983年のことだ。NHKから84年の大河ドラマ「山河燃ゆ」の出演依頼を受け、主演ということで引き受けたが、結局は松本幸四郎(現・松本白鸚)が主演になった。
次にトメ(出演者紹介で最後の人、準主演級)という話が進むが、これも沢田研二(78)に決まる。西田さんは事実上の3番手扱いだったため、舘野氏は出演を断ろうとしたが、脚本の市川森一さんと西田さんが親しく、その関係で出演が決まった。
直後に西田さんはNHKの顔を立てようとしたのか、舘野氏に「半年間、休んでくれないか」と告げた。舘野氏は納得できなかったが、反論せず、マネジャーを辞めることにした。
その後、舘野氏はレコード製作や映画事業を手がけていたキティの役員となり、さらに独立して芸能事務所を設立する。西田さんとの関係が切れてしまったかというと、そうではない。
西田さんは舘野氏の興した芸能事務所の役員を買って出る。収録現場で舘野氏と出くわすと、マゲを結って和服を着ていようが、「おーい、舘野」と、マネジャー時代と同様に気安く話し掛けてきた。
西田さんが存命なら78歳。舘野氏はあらためて死を惜しむ。
「健康なら、まだまだ大活躍した人。間違いない」
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