「自衛隊ヘイト」にあたらないのか 職業の「負の側面」を強調する東京新聞「特報」記事の検証

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元自衛官の息子の哀しみ

 野田佳彦元総理大臣は自衛官を父に持って育った。野田氏自身は、父親の職業を誇りに思っていたが、学校などでは肩身の狭い思いをしていた。子どもの頃のことを自著で次のように振り返っている。

「今とは比べ物にならないくらい、左翼的な教育の影響が強かった時代です。自衛官の子供に対して『あなたの父親は人殺しを仕事にしている』と言った教師がいた、というような話はよく伝えられていますが、実際にそういう雰囲気がありました。小学校の作文でベトナム戦争について書かされたときに、『ベトコン頑張れ、アメリカ負けろ』と書いた子がすごく褒められたのを覚えています。

 小学校では親の職業は知られているわけですが、お袋は、いろいろな調査書とか出さなければいけない書類などには、親父の職業欄に『自衛隊員』とは書かずに『国家公務員』としか書きませんでした。むろん父親の仕事を恥じているわけではないのですが、余計な軋轢(あつれき)を避けたのでしょう。

 もちろん、そういう偏見を持った教師ばかりではないけれども、どうしても教室に政治が入ってきました。それは、子供心にせつないものでした」(以上、野田佳彦著『民主の敵』より)

 東京新聞が9月15日付朝刊に掲載した記事「こちら特報部 子ども版防衛白書再来」を野田氏ならばどう読んだだろうか。

 同記事は、「防衛省が全国の小学校に2024年版防衛白書の子ども向け冊子『まるわかり!日本の防衛』を配布し、全日本教職員組合(全教)などが反発していた問題」(リード文より)を取り上げたものだ(以下、『まるわかり!日本の防衛』は『子ども版防衛白書』とする)。
 
 リード文はこのように続く。

「25年版は、配布を見送っていたが、小泉進次郎防衛相は、26年版を小中高へと拡大して配布する方針を示している。防衛費が拡大の一途をたどる中、青少年をターゲットに政府の防衛政策に理解を求める手法に対し、教育現場からは懸念の声が上がる」

自衛隊は「特殊な職業」

 実際にどういう「問題」があり、「懸念」があるのか、記事で指摘されている主なポイントは以下の通りである。

(1)防衛省が文科省の検定が必要ない副教材のような形で、抑止力などの内容を子どもに教えていいのか。

(2)中国、北朝鮮、ロシアの3か国を名指しするのは妥当なのか。そうした国につながりのある子どもへの差別やいじめにつながらないか。

(3)自衛隊へのリクルートのような記載があり、就職募集パンフと化しているのはおかしいのではないか。

(4)冊子では自衛隊のポジティブな面ばかり取り上げているが、マイナス面も伝えるべきではないか。

 このうち(4)に関しては、識者のコメントとして以下のような指摘がされている。

「自衛隊はいざという時は命を懸けることが求められる特殊な職業であるという情報が欠けた冊子を教育現場で配るのは問題があるのではないか」(大意)

 このコメントを受けて紙面では「自衛隊 負の側面説明せず」と大きな見出しが掲げられている。野田少年の感じたせつなさに通じるものがある。そもそも「負の側面」は冊子で説明すべきことなのだろうか。

 もちろん自衛官はいざという時は命を懸けなければいけない仕事だ。しかしそれは自衛官だけではない。警察官、海上保安官、消防士も同様だろうし、医師や看護師も危険な現場で働く人は多い。毎年のように建設現場でも人命が失われている。外務省職員、商社マンらも世界各地で命を落としている。いやそれどころかジャーナリストも「命がけ」だったはずだし、そういう覚悟で働くプロフェッショナルは多くいる。

 当然ながらどのような仕事にも「負の側面」は必ずある。それを隠蔽するのはもってのほかだが、外部に発信する際、広報活動においてアピールする必要はない、というのは常識だろう。

 東京新聞(中日新聞)のホームページの採用情報を見る限り、記者たちは仕事の面白さややりがい、社会的意義をいきいきと語っている。「誤報で名誉毀損することもある」「仕事先で受けるセクハラ被害は避けられない」「マスゴミと呼ばれて肩身が狭い」といった「負の側面」は語られない。

 ところがこと自衛隊に関しては、「負の側面」を書いていないことが問題だと東京新聞は説く。全教など一部の団体が批判していることを根拠に、広報活動を批判するのだ。これは自衛隊に対する職業差別、あるいは自衛隊ヘイトにあたらないのだろうか。「あなたの父親は人殺しを仕事にしている」に通じるものはないだろうか。

 少なくともかなりアンフェアな姿勢だとの批判を浴びる余地は十分にありそうである。

外交が大切です

 東京新聞の記事には他にもアンフェアな面がある。(1)~(3)の指摘を読んだ人の多くは、この「子ども版防衛白書」の中味について、保守系雑誌のようなものだと思うことだろう。すなわち、

「中国、ロシア、北朝鮮の脅威が高まる中、我が国も手をこまねいているわけにはいかない。国民を守るためには防衛力増強、自衛隊強化が必要だ。抑止力の強化こそが安全のための方策なのだ。自衛隊を強化せよ」

 といった内容である。

 ところが実際の白書(ネット上で無料公開中)を読むと、そんな勇ましい内容ではないことがわかる。「WiLL」「Hanada」を期待したら肩透かしを食らうこと必至である。以下、見てみよう。

 まず冒頭、「自衛隊の一番大事な仕事って何?」という問いへの答はこうある。

「日本の独立や平和、安全を守るために自衛隊はいます」

 ごく普通の説明だ。さらに「そもそも戦争が起きないようにするにはどうするの?」という問いにはこのように書かれている。

「国どうしのつきあいをよくするための外交を行います。そして、自衛隊の活動により抑止力を強くします」

「日本が多くのお金と労力をかけて自衛隊の能力を高めているのは、戦争をしたいからではありません」

「自衛隊が万全の態勢を整えているということを示すことで、他の国に『日本を攻撃するのはやめておこう』と思わせて、戦争が起きないようにすることが、自衛隊そして日本にとっての一番の勝利なのです」

 かなり穏当というか常識的な説明だと感じる方が多いのではないだろうか。おそらく政権交代が起きても、これらの認識は変わらないはずである。

近隣国についての大人しい表現

 このあとはかなりのページ数を割いて、自衛隊の仕事や職場環境等々についての説明が続く。これを就職ガイドのようだという指摘は可能だろう。ただ、自衛隊が人員不足になることは、立場の左右を超えて本来望ましいことではないはずではある。

 東京新聞とコメントを寄せた識者らが問題視している近隣国についての説明はどうだろうか。それぞれについての説明は以下の通りだ。

 北朝鮮「体制を維持するために、核兵器や弾道ミサイルなどの開発や増強を続けています」

 ロシア「ウクライナ侵略だけでなく、北方領土を含む日本の周りでも、軍の装備を新しくするなど、活発な活動を続けています」

 中国「21世紀半ばに『世界一流の軍隊』を作ることを目指し、とても速いペースで軍事力を強めています。近年、わが国固有の領土である尖閣諸島周辺を含む日本の周りで軍の船や飛行機の活動を活発化させています」

 これら各国の説明に加えて、次のような解説もある。

「最近は、中国とロシアの船や飛行機が一緒に日本の周辺で活動したり、ウクライナ侵略を続けるロシアに対して北朝鮮がミサイルや兵士を送ったり、日本の安全保障環境が厳しくなっています」

 いずれもきわめて抑制的な表現ばかりである。これもどの政権になっても同様の認識を示すだろう。新聞、雑誌、テレビではもっと厳しい表現がこれらの国に対して見られることを考えると、大人しすぎるくらいだ。
 
 万が一にもこれらの表現が問題だというのならば次の文章はどうなるのだろうか。

「まるで弱肉強食の帝国主義時代に戻ったかのようだ。国連憲章は武力による威嚇やその行使を禁じている。代償は計り知れないことをロシアに思い知らせないと、まねする国が現れて、世界の平和と安定が保てなくなる。

 気掛かりなのは中国の動向だ。米国がウクライナに派兵する意思がないのを見て台湾侵攻に動くのではないか、という観測がしきりだ。中国には自重を望む」

 これは東京新聞2022年2月25日付朝刊紙面に掲載された社説の一部。ロシアに思い知らせると言ったかと思えば、まだ動いてもいない中国に自重を望んでいる。よほど危機を煽っているのではなかろうか。

 もちろん、この社説は極論ではない。ごく普通の世界情勢に関する論評の類なのだが、これと比べてはるかに自制的な『子ども版防衛白書』に文句を言える筋合いではないだろう。

 東京新聞の真意が見えるのは、今回の記事の最後にある「デスクメモ」の文章かもしれない。

「内閣府の世論調査では、自衛隊に『良い印象を持っている』と回答した割合は18~29歳が最も高い。親世代を飛び越してアプローチするのが狙いなのか。『政治的中立性』が問題視されるべきは、平和教育ではなく、こちらだろう」

 若者が自衛隊に「良い印象」を持っていることも、彼らに自衛隊が存在をアピールすることも、いずれも一般的には問題がないことだろう。しかし、同紙にとってはそうではないらしい。自衛隊のように合法的に存在する組織が活動を広報することが「政治的中立性」に欠けるという問題意識も一般的には理解されづらいかもしれない。

 特定の職業について、ことさら「負の側面」を強調することは、差別やヘイトにつながりかねないのではないだろうか。

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