日本と“痛恨ドロー” オランダ国内でクーマン監督が批判にさらされる理由
背後へのプレッシャーが完全に消えてしまった
──リードしている側が守りを固めるのは、よくあることにも思えますが。
「日本が1-1に追いついた場面を見てもわかるように、日本代表は点を取らなければいけない状況になれば、エンジンをかけてプレッシャーをかけ、前への推進力を高めてきます。その状況で、日本の背後に生まれるスペースに走り込める選手を、全員ピッチから下げてしまった。交代で出場し、谷口選手との競り合いでイエローカードをもらっただけで、いいところのなかったメンフィス・デパイに批判が集まっていますが、私は、交代で出た選手たちのパフォーマンス以前に、交代の人選そのものに問題があったと思っています」
──あの場面、あの時間帯はデパイではなかったと。
「デパイは、ボールキープに優れていて、試合を落ち着かせるには良い選手なんです。でも、押し込まれた展開で数10メートルを走って点を取るようなタイプではない。状況と、選んだ選手が合っていなかったわけです。下げたサマーフィルは、イエローカードをもらっていたとはいえ、攻勢に出た日本のDFラインの背後に走れる選手でした。彼を代えるなら、ユスティン・クライファートのような縦に速い選手を入れるべきだった。それなら、相手にボールを持たせても、1発の脅威で押し返せる。ところが、ガクポもマレンもいなくなって、日本の背後へのプレッシャーが完全に消えてしまった。そのうえDFの枚数を増やして逃げ切ろうとしたことも、オランダでは批判の的になっています」
理屈っぽく合理主義の国・オランダ
逃げ切るために守りを固める。サッカーではありふれた選択に見える。なぜ、それがオランダでそれほど批判されるのか。白井氏の答えは、戦術論であると同時に、オランダ人の「サッカー観」や「気質」に触れるものだった。
「そもそもオランダ人にとって『守る』とは、ゴール前を固めることじゃないんです。自分たちのゴール近くで守ると、それはミスが起きたとき、それが直接失点につながる致命傷になる。だから、そんなリスクは冒したくない。オランダ人は、一番安全なのは『自分たちがボールを持っているとき』だと考えるんです。守って試合をクローズするのではなく、ボールを支配して、相手に攻撃させずに守る。これは、オランダサッカーの礎を築いたヨハン・クライフ以来、連綿と受け継がれてきた考え方です。この哲学を捨てたことが一番ダメだと批判されているんです」
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