「キャプテン・遠藤航の不幸な離脱は、結果的にチームを引き締めた」 オランダ戦をドローに持ち込んだ「森保ジャパン」 「ジーコの失敗」「岡田の成功」から導き出した教訓とは
岡田とジーコの過去
過去7大会出場してきたW杯の本番では、監督によるチームマネジメントが大きく勝敗を左右してきた。思い出すのは、2010年南アフリカ大会。直前に惨敗続きと、チーム状態が悪化。岡田武史監督は、チーム主将を中澤佑二から26歳の長谷部誠に緊急交代する決断をした。また、当時の戦術の柱だった中村俊輔やGK楢崎正剛も主力から外す荒療治に、「そんなことをしたら大事なW杯前にチームが崩壊する」という異議を唱えた選手もいた。しかし岡田は「俺が決めたこと」と突っぱねた。オランダ、カメルーン、デンマークと同組だった日本代表はグループリーグを突破し、決勝トーナメントではパラグアイにPK戦で惜しくも敗れたものの、ベスト16に進出した。ちなみに、この時の「当事者」であった長谷部と中村は、森保の下で代表コーチを務め、今大会に帯同している。
対照的なのは、2006年ドイツ大会の「ジーコジャパン」である。中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一らの「黄金世代」を擁し、「歴代最強」との呼び声も高かったチームだ。しかし大会直前、DFの主力だった田中誠が左太もも裏肉離れの負傷を起こす。この際、ジーコ監督は「残ってもいいし、帰ってもいい」と曖昧な通告をした。怪我の具合は大会期間中に復帰の可能性もあったが、田中は「帰ります」と即答。一方、この時のチーム主将だった宮本恒靖は「残ってほしい!」と懇願したが、それを振り切って帰国。チームに大きな動揺を与えたのだ。チームはグループリーグでブラジル、オーストラリア、クロアチアに2敗1分けの惨敗を喫し、決勝トーナメントに進めなかった。
板倉の涙
今回森保監督は遠藤に「離脱してほしい」と通告した。遠藤はチームへの挨拶をあえて拒否してアメリカを去っている。この経緯について、森保監督はチームミーティングで説明。
「日本代表の日常を発信しているYouTubeチャンネル『Team Cam』でもその模様をあえて配信していました。新主将に指名された板倉(滉)が涙ながらに挨拶する場面はインパクト充分でした」(前出・ライター)。
このショッキングな出来事で、選手たちの目は覚め、チームに蔓延した「ゆるさ」「楽観論」はあっという間に消え去った。今大会が最後のW杯であったであろうキャプテン、昨日まで共に練習していた主将が志半ばでグラウンドを去り、代表引退も表明した。そのあまりに厳しい現実を目の当たりにし、堂安らが感じていたゆるさはいつしか緊張感に代わってオランダ戦を迎えていた。
価値ある引き分け
過去7回出場したW杯で1次リーグの開幕戦をドロー以上でスタートした大会はベスト16入りしている。W杯初出場から28年。監督が初めて「W杯優勝」を目標にかかげる森保ジャパンにとってはこのドローは勝ち点1以上の価値あるものになった。
おそらく今、森保監督が危惧しているのは、オランダ戦を引き分けで終えられたことの「気のゆるみ」、次戦がスウェーデンに1-5と大敗し、監督が更迭されたチュニジアであることから生じる「心の隙」を、どうマネージメントするか――であろう。名将の手綱さばきに要注目である。
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