「情報はうちの仕事」 7月発足「国家情報局」、局長の座は誰の手に【霞が関インサイト】
「ロビー活動」の中身
原昇格の線が濃厚視されるまでには多少の曲折があった。警察庁の最終ポストは警備局長。「局長止まりの男でいいのか」と問題視する声が上がり、警視総監を1月に勇退した迫田裕治(平成3年警察庁)らの名が取り沙汰された。
3月になると、「特定省庁の指定席とせず、人物・能力本位を徹底すべきだ」として警察独占を牽制する自民党の提言も出た。この項を強く主張したのは国防族の中堅、衆院議員の大塚拓だ。
原は焦った。首相の高市早苗の関心は「経済安全保障」。加えて自民党内の「政敵」や霞が関の「抵抗勢力」の言動だ。週2回の定例報告に熱がこもった。
政府関係者によると、与党幹部にもロビー活動を仕掛け、警察官僚、とりわけ自分がいかに適任か説いた。原は警備畑一筋で、海外の日本大使館に2回も出向した。しかも出向先はモスクワとワシントン。防衛省情報本部の電波部長も務めた。通信や電波を傍受・解析する「シギント」(signals intelligence)の元締めである。形式的には防衛省の一部だが、「陸上幕僚監部第2部別室(通称2別)」などの名称だった頃から警察・内調の外郭組織として機能してきた。
「能吏だが面白味を欠く」が大方の原評。ただ、「安倍印」が好きな高市は、安倍内閣の首相秘書官だった原に悪印象はない。
「原さんの次ももらう」
「最初は警察。原で決まったらしい」
永田町にこんな情報が駆け巡ったのは4月のことだった。原は5月上旬に訪米し、連邦捜査局(FBI)のカシュ・パテル長官と面談。国家情報局の権限を説明し、連携を約束した。事実上の「就任あいさつ」とみられている。
警察庁は昨秋の高市内閣発足時、これまた指定席だった内閣危機管理監を、前防衛事務次官の増田和夫(昭和63年旧防衛庁)に奪われた。主導したのは防衛相経験者の官房長官・木原稔。ただ、警察庁は前長官の露木康浩(昭和61年警察庁)が官僚機構の頂点に立つ官房副長官(事務)に就いた。「むしろ警察庁が得した」が霞が関の共通認識だ。
ここで官邸官僚の序列を整理してみよう。最上位の官房副長官が副大臣級で、内閣危機管理監や国家安全保障局長が次の政務官級。3番手の事務次官級に官房副長官補3人(財務、外務、防衛に固定)、内閣広報官、内閣情報官が並ぶ。警察庁長官や統合幕僚長もここに位置し、外務審議官、防衛審議官、陸海空幕僚長、警視総監、海上保安庁長官はそのわずか下だ。そして、国家情報局長は1ランク上がり、危機管理監や安保局長と同格になる。
「情報はうちの仕事。原さんの次ももらう」。ある警察庁関係者は大塚らの動きをこう牽制した。
焦点は、“原の次”の国家情報局長、そして対外情報庁へと移りつつある――。
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