森保監督の“人間性”見抜いた サッカー界の名伯楽「今西和男さん」の眼力
サッカーと経営の両面
93年、Jリーグが開幕し、今西さんはマツダを母体とする広島の総監督として翌年第1ステージを制覇。貧乏なチームが工夫で勝利したと驚かれ、称賛された。
スポーツライターの加部究さんは振り返る。
「サッカーと経営の両面が分かっていました。チーム強化の全体を見渡してきたゼネラルマネージャーの先駆者でした。長期展望で育成型のチームづくりが実った。取材にも快く応じて下さり、自慢話などはしなかった」
森保監督以外にも高木琢也、風間八宏らプロ監督になる人材が続々と輩出した。
Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎さんも言う。
「彼が日本サッカー界に与えた影響は絶大なものがあります。その一つを挙げるとしたら、人間性を鋭く見抜く目です。(日本代表の)岡田武史監督就任を進言してくれたのも彼でした」
先の二宮さんも言う。
「生きる道を示してくれたサッカーに救われた。正しいことなら直言したいと語っていました。90年代半ば、今西さんをJリーグチェアマンに推す声もありました。固辞の理由を直接聞くと自分は毛利元就でいい、と答えた。Jリーグの地域密着の理念を大切にした人です」
2003年、広島の総監督を辞し、07年に顧問を退任する。教え子の成長を楽しみにした。
4月16日、85歳で逝去。
「亡くなった後、森保監督と会う機会がありました。今西さんを“広島の父”と呼び、尊敬の気持ちを忘れていなかった」(二宮さん)
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