ミサイル音や迎撃音が響く中、“戦時下”のドバイ住民は意外と平然…それでもMALIA.親子が日本帰国を急いだ決定打
帰国の予定が
政府からドバイ国際空港閉鎖のニュースが発表されると、危機感は一段と増したという。空港がイランからのミサイルによって攻撃を受けたのだ。
「3月1日に“空港をクローズしたから近づかないで”というアナウンスがありました。ターミナルは1から3まであるんですけど、私たちがいつも使っているのはターミナル3。その中にコンコースがA、B、Cとあって、爆撃されたのはBでした。このニュースを聞いた時、はじめて日本に帰れなくなるかも……と焦りました」
MALIA.親子には、小学1年生の三男の春休みに合わせて帰国する予定があった。
「戦争の一報があってから、学校はオンライン授業に切り替わっていました。とはいえ、さすがにこれでは授業にならないということで、13日からの春休みが1週間、早まったんです。なので14日発の香港経由日本行きのチケットを押さえていました。“そのタイミングで帰ればいい”と思っていたのですが、空港攻撃のニュースで、これではいつ飛行機が飛ぶかもわからないぞ、となりました」
その後、“3月3日に空港をオープンする”というアナウンスがあったものの……。
「飛行機を飛ばさない限り、足止めされている旅行者たちが脱出できないし、物流面でも色々なものが動かない。だから政府や(ドバイ拠点の航空会社である)エミレーツが強行したのでしょうが、空の安全が確保できなくて、結局1便も飛べず、予定されていたフライトはすべてキャンセルになったんです。その後、4日の夕方くらいから、少しずつ飛ばすようになりました。空港のサイトを見ていたのですが、もとは1日500便あったのが、3日の時点ではたった10便になっていましたね」
本当は“怖かった”
こうした事態を受けて、MALIA.は14日で押さえていたチケットを、5日の便に振り替えていた。
「“航空券の予約サイトがパンクしている”とみんなは話していたけど、私は早めに動いたので、5日朝に出発するチケットに振り替えることができていたんです。もっとも、エミレーツ職員の友人に話したら、“でも、その便はたぶん飛ばないと思うから期待しないほうがいい。飛んだらそれこそ奇跡だよ”と言われました」
だが、“奇跡”は起こった。MALIA.親子を乗せた便は無事にドバイを発ち、香港に向かうことができたのだ。ドバイの地から離れた時のことをMALIA.はこう振り返る。
「飛行機に乗っていても、眠れませんでした。鳴るはずがないのに、アラートが鳴るのでは……と敏感になっていたんです。警報音には毎回“うるさい、うるさい!”なんて強がって自分をごまかしていたけど、心の奥ではやっぱり怖かったんだろうな、って今ではわかります」
自分が怯えれば、幼い息子にも心に残る恐怖を与えてしまう――。息子の前では平気なふりをして、いつも通り「明るく強いママ」を演じた。
「だから機体が(経由地の)香港に到着した時には、本当に安心しましたね。緊張が一気にリリースされるのがわかりました」
後編記事【戦禍に揺れるドバイから必死で脱出したら“犬は置き去り?”と非難され… モデル MALIA.が明かす心痛】では、無事の帰国を果たしたMALIA.を襲った批判の声とその実情について紹介している。







