「あの監督、のびない奴はしごかないらしいぞ」 「幸福の黄色いハンカチ」撮影中に武田鉄矢の背中を押した「日本を代表する名優」のグッとくるひと言

  • ブックマーク

役者が泣くから客は笑う

 この時、武田が起用された経緯はこうだ。前掲書から引く。

〈この映画の原案は『幸せの黄色いリボン』というフォークソングです。山田監督はフォークソングという基調を貫くために、まだフォークソングにいる残り者の私を見つけて下さった。「反抗と旅立ち」に憧れる垢ぬけない若者がよかったのでしょう〉

〈「用意された言葉ではなく、即興のライブステージのような「勢いの口の言葉」をセリフにしたシーンを作ろうとなさった〉

 加えて同郷の高倉との相性もあった。とすれば、西田ではなく武田になったのも深く頷ける。

 武田は高倉、山田監督を語ることも多いが、連載で語った「幸福の黄色いハンカチ」のエピソードが面白い。北海道ロケ。町の食堂で食べたカニがあたってお腹をくだすシーン。

「ティッシュペーパーの箱を抱えて走り、草むらにしゃがみこんで野ぐそをするシーンのことです……武田君、君は泣きながら走るんだ、喜劇っていうのは、そうやって作るんだ。渥美さんはねえ、マドンナに振られるシーンを演じる時、涙をきらっとにじませているんだ。だから皆さん笑うんだ」

 そんな撮影の日々。

〈何度やっても「OK」が出ない山田洋次監督の演出にただおろおろするだけの私。そして懸命に、もう必死で演じてやっと終わった一日。茫然自失〉(『老いと学びの極意 団塊世代の人生ノート』文春新書)

 武田は落ち込みながら旅館に歩いて帰った。その武田に太くて重たい声をかける人がいた。

〈あのなあ、あの監督はのびない奴はしごかないらしいゾ〉(同)

 振り返ると、そこにいたのは高倉だった。

ポテンシャルが開いて

 映画は大ヒットし、映画賞を総ナメ。高倉は日本アカデミー賞最優秀主演男優賞(「八甲田山」とともに)、武田&桃井は最優秀助演男優賞&助演女優賞を受賞した。

 後年、武田は起用された謎を山田監督に短い手紙で尋ねたという。返信の締め括りの一文が秀逸だ。

〈私の起用について「ぼくは賭けに勝ったね」とありました〉(『向かい風に進む力を借りなさい』から)

「金八先生」はその2年後の79年。福岡から出てきて究極の挫折を経験した若者は映画一発で再ブレイク。凋落の底でくすぶっていた青年にとっては「ケチャップが出た」ようなものか。そして一度出たケチャップの勢いが「金八先生」につながる。

 教育大で学んだ武田本来のポテンシャルともいえる「先生キャラ」は、こうやって花開いたのである。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。