「俵孝太郎」に始まり「トシちゃん」で目覚めた… ミラクルひかるが「ものまね人生」を語る
宇多田のものまねは、表参道の客引きから始まった
決断後の行動は早かった。オーディション雑誌を買ってきて、手あたり次第に芸能事務所に連絡を取った。「ものまねタレントを募集しているところがあるよ」と聞き、応募して入ったのが、ダンシング☆谷村が運営する「ジンセイプロ」だった。
「電話をすると、『それなら事務所に来て、カラオケで芸の一つや二つ、見せてくれないか』と言われて。歌ったら『即戦力になりそうだな』って言われました。24歳のときでした」
ほどなく地方営業などもするようになり、あれよあれよという間にテレビ出演。地元では「とうとう世に出たか」とミラクルのデビューを当然のように捉え、両親も元気になった娘の姿を喜んだ。
「ほぼ下積み期間もない状態で、それなりにプロ扱いされながらの日々でしたけれど、自分では10年ぐらいは研修期間という感覚でいたんですよね」
実は美容師時代に、芸人としての“萌芽“はあった。
「勤めていたのは青山のお店だったのですが、毎日、表参道あたりに出動して、ストリートものまねをやったりして客引きしてたんですよ。スパルタでしたがそういうのはOKな美容室だったんで。その頃から、実は宇多田ヒカルさんのものまねもしていたんです」
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ミラクルひかるの人生を変えた宇多田ヒカルの名前がついに出た。第2回【ブレイク「宇多田ヒカル」ものまねへの思い ミラクルひかるが絶やさないように願うもの】では、その宇多田との邂逅などについて語っている。




