何度も断ってきた「脱ぎませんか」の誘いと、高級車1台分のギャラ「迷ったらやらない、それだけ」

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一貫したポリシー

 脱ぎそうで絶対に脱がない――。デビューから一貫してそのポリシーは変わらなかった。信頼できる数名のカメラマンだけと仕事をし、少しでも怪しいと感じたら出版社に出向いてネガを全て確認する徹底ぶりだ。「見えそうで見えない」というギリギリのラインを攻める先駆けの1人でもあった。

「今振り返ると、何をそこまで頑張っていたのかなって……。写真集で喧嘩しなかったことは一度もないです。衣装もスタイリスト任せには一切しない。全部自分でチェックしていました。面倒な人だと思われていたかもしれませんが、それが自分を守るということにつながりました」

 グラビアをやっていれば、誰もが一度は経験する「そろそろ脱ぎませんか」という打診。岡元はその魔のささやきを何度も断り続けてきた。しかも、その誘いは、決して露骨な形ではやってこない。いつも豪華な食事の場で、遠回しに始まったという。

「これまでの経験で『打ち合わせに行きましょう』と声をかけられ、高級レストランを指定された時は、だいたいピンとくるんです。超有名カメラマンを連れてきて、『このカメラマンとなら素晴らしい写真集が……』っていう言葉から始まり、決して『脱ぐ』というNGワードは相手も一切使わない。使う言葉は『自然な姿で』とか『とりあえず撮ってみて良かったら』とか。もう全部分かるんです。そういう時は、ちゃんとご飯をいただいて、『おいしかったです。ごちそうさまでした』と言って帰ります」

 最初の写真集のギャラはサイパン撮影4日間で25万円。最も稼いだ時期は1冊でちょっとした高級車が購入できるくらいだったらしい。断り続けたオファーはそれをさらに上回るほどのギャラだったという。それでも最後まで断り続けた理由を問うと、答えはシンプルだった。

「迷ったらやらない、それだけです」

 そして、こう続けた。

「全てにおいて迷うということは、何かに引っかかっているということですよね。もちろん、その選択が正解だったかどうかは分かりません。もしかしたら、引き受けていたらめちゃくちゃ儲けていたのかもしれない。でも、やっぱりやらなくてよかったと思っています。私はそれだけで稼ぎたくなかったですから」

 後悔でも誇りでもなく、ただ自分の選択として受け止めているのだ。

「やりたいことしかやってない、ということですよね。結果的には。それでいいんじゃないのかなって」

 同時代を駆け抜けたタレントの多くが業界を去っていくなか、岡元は今も現役の俳優として舞台に立ち続けている。

 取材の最後、今後グラビアのオファーが来たらどうするかと問うと、即答した。「やりますよ」。そして笑いながら付け加えた。「ただしパンツは穿いて胸も隠します。あと修正禁止で!」。

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 第1回【「トゥナイト2」で一世を風靡した52歳の今、年10本の舞台に立つ演技派俳優に…プライベートでは「思い切って再婚を決めました」】では、岡元が現在の活動やプライベートについて語っている。

岡元あつこ(おかもと・あつこ)
1973年、東京都出身。俳優・タレント。15歳より小劇場で俳優活動を開始。1996年よりテレビ朝日系深夜番組「トゥナイト2」の女子大生リポーターとして3年間出演。現在は舞台を中心に映画・テレビで幅広く活躍。映画「宮古島物語 ふたたヴィラ かんかかりゃの願い」が4月に都内で上映予定。舞台「可もなく不可もない戦争」(東京マハロ20周年記念公演)ほか出演予定。

福嶋 剛
ライター。1971年生まれ。TV局映像編集、ロケーションコーディネーター、音楽サイトの編集長、ニュースサイトの記者などを経験。ベテランアーティストや元アイドルのインタビューをはじめ、イベントの進行役などエンタメを中心に活動中。

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