前田敦子が脱いで何が悪い… “ヘア?タトゥー?”騒然の写真集に「母親なのに」「墜ちた」批判は的外れ

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「母親なのにやりすぎ」「往年のアイドルが…」批判

 一方で、気になったのは前田の写真に対して「母親なのにやりすぎ」「往年のアイドルがこんな露出で悲しい」「お金がほしいから脱いだのか」といった批判の声だ。

 まず「母親なのに」という声に対し、前田本人はインタビューで「お母さんらしさはゼロです。お母さんだからやっちゃいけないことはないと思っている」とこれ以上ない明快な回答を述べている。

 母親であることと、自分の身体を自分の意思で表現することに何ら矛盾はない。今回の写真集のテーマは「30代の女性の大人の恋」であり、等身大の30代の女性としての前田敦子が写っている。下着姿のカットが主体だが、これも30代の自身を撮るのであれば「やらない意味はない」と挑戦したと語っている。

 女性は母親になった瞬間、自分の存在が「聖域」か「家庭のもの」として扱われ、一人の女性として自由に表現できないケースがある。そんな理不尽ともいえる状況を、前田は「母親らしさ」を脱ぐことで、壊してみせたといえる。今回の写真集にあたってのメディアの取材でも「(撮影を経て)久しぶりに恋人が欲しいと思った」「もう1回結婚したい」と一人の女性としての発言も目立っている。

アイドルは「今でも最前線にいらっしゃる方なら…」

「往年のアイドルがこんな露出で悲しい」という嘆きも的外れである。今回の写真集のテーマは先ほども書いたように「30代の恋」であり、AKB48時代のアイドルイメージとは、そもそも一線を画したコンセプトで作られている。そして露出に関しても、前田自身が納得の上でやったことだ。アイドル時代の前田敦子を愛した気持ちはわかる。しかしアイドルが年を重ね、成熟した女性となり選択したことを「堕ちた」と嘆くのは、彼女が歩んできた時間を否定するも同然だ。

「お金がほしいから脱いだのか」との声もあったが、そこに対しては、同じアイドル出身の「でんぱ組.inc」古川未鈴は、Xで前田の名前こそ出さないものの、明らかに今回の騒動を念頭に置いてこんな投稿をしている。

「(露出が多いのは)『お金が欲しい』とかじゃなくて『自己満足』なのでは。あれほどの歴史と今でも最前線にいらっしゃる方ならそうなんじゃないかなって思う」

「どうせやるならしっかりやりたい、自分の歴史にこの姿を残しておきたいととても思う。今更恥ずかしいとか思わないのだ」

 前田の14年ぶりの写真集となれば、たとえ水着であってもそれなりの売上は立つだろう。ただ最後の写真集という覚悟、そしてよりよいものを作りたいという表現者の熱からできたものが今回の作品だ。

 グラビア評論家の目から見て、本作に感じたのは憑きものが落ちたような清々しさだった。過度に刺激的でもなく、かといってアイドルのようにかわいらしく取り繕うわけでもない。「アイドルらしさ」や「母親らしさ」といったものは剥がれ落ち、そこにあるのは、いい意味で脱力した、等身大でたおやかな30代女性の姿だった。

 男性の視線を意識した作品ではあるが、引き締まったくびれ、鍛え上げたヒップという憧れられるボディー、透明感のある雰囲気の写真はむしろ女性にこそ見てほしいと感じる。特に「母親らしさ」に息苦しさを感じている女性であれば、34歳になった“あっちゃん”の姿からエールを感じるだろう。

徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。ウェブメディアウォッチャー。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。その後、テレビ局のオウンドメディア編集長を経て、現在はフリーライターとして雑誌、ウェブで記事を執筆している。著書に日本初のグラビアガイドブック「一度は見たい! アイドル&グラビア名作写真集ガイド」(玄光社)。noteでマガジンを連載中 X:@tatsunoritoku

デイリー新潮編集部

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