「30代のうちならまだやり直せる」元ミスマガ・39歳が告白、「芸能界」を引退して「介護士」になった理由
アルバイト感覚
お世話になっていた事務所はレコード会社とつながっていたので、最初は歌手にすることを考えていたようです。でも、入ってすぐに「1回歌ってみて」と言われて歌ってからは、歌手の話がなくなりました。何ででしょう(笑)。
今度はグラビアに挑戦することになり、「ミスマガジン2003」でグランプリをいただきました。それがきっかけでCMやバラエティ番組に呼んでいただき、みなさんに「いわまゆ」と呼んでいただけるようになりました。ただ、私はもともとアルバイト感覚で入った芸能界なので何の志もないし、考えも甘かったんです。だから「こんなつもりじゃなかった」と思うことも何回もありました。
あと、可愛い子ぶりっ子が大嫌いな性格だったので「いやなものはいやです」と結構ハッキリ、ものを言っていました。当時は“男性社会”だったので、理解してもらえず、とにかく怒られました。でも、私はまったく気にしなかったので、おとなたちから「小悪魔」って呼ばれました。「私は小悪魔じゃなくて悪魔だよ!」って言い返していましたが……。それが生意気だっていうことなんでしょうね(笑)。
ミスマガジンのファイナリストつながりで、今では一緒にコンビを組んで介護のPR活動を行っている西田美歩とは、その頃からの親友で、しょっちゅう彼女に「忙しくて遊べないよ!」ってグチをこぼしていました。
ただ、そんな中でも徐々に仕事にやりがいを感じていきました。
俳優は自分ではなく誰かの人生や物語を読み解いて、それを表現するということがすごく面白くて、舞台も映像作品も両方好きでした。舞台は最初から最後まで通してお芝居ができるので、すごく役の気持ちに入り込むのが気持ちよかったです。
映像作品はまるでパズルのようにいろんなシーンを撮っていくので、舞台以上にすごくチームプレイが求められる世界だなと感じました。実際のオンエアを見ながら自分が演じたシーンが、どんな形になっているのか確かめるのも楽しみでしたね。
グラビアも1つの作品をカメラマンさんや編集スタッフさんと一緒に、「ああだこうだ」と言いながら作り上げていくところに魅力を感じていました。子供の頃、チームプレイは苦手でしたけど、みんなで作り上げる楽しさやそこで生まれる信頼関係みたいなのがいつの間にか好きになっていました。
理想と現実の差
でも、30代を過ぎたあたりから自分が表現したい理想と現実の差を感じて、事務所の方針と自分が目指したい方向のズレも徐々に出てきたんです。自分の置かれたポジションに悩みが出てきました。そのうちだんだんと仕事の量も減っていき、遂にはコロナ禍で完全に仕事がなくなってしまいました。
やっぱり芸能界って人気商売なので、いい時はいいんだけど、そうじゃなくなったら誰にも見向きもされなくなるので「私って何者なんだろう?」って考えるようになりました。だけど、1から一緒に「岩佐真悠子」を作ってくれた事務所を移籍してまで、芸能界にい続けようとは思わなかったです。
ただ、40代、50代になったときの私をそこで想像できませんでした。それで「30代のうちならまだやり直せるし、悩むくらいなら辞めちゃおう」と決心して、2020年に芸能界を引退することを決めました。
そんな時に西田が私より一足先に介護関連の仕事を始めていたんです。私に合うかどうかは分からないけれど、思い切って私も介護の仕事をやってみようと思って派遣に登録しました。
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第3回【「特養」で汗だくなハードワーク、「ありがとう」の言葉に救われた元タレント、39歳・介護士の現在地】では、岩佐さんが介護職について語っている。
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