【特別読物】「救うこと、救われること」(13) 柴門ふみさん

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『東京ラブストーリー』などのヒットで「恋愛の神様」といわれた柴門ふみさん。10代の頃は不安や生きづらさを抱えた日々だったそうですが、大学入学後、運命に導かれるように漫画家の道が開けます。以来40年あまり、今も第一線で活躍し続けています。

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 若い頃は、自分の中で感情の芽が膨らんで外に出したいというエネルギーはたまっていたのですが、表現方法がわからなかった。いつも心がざわざわしていて、楽しくてもはしゃぎきれない自分がいました。それに気がついたのは18歳のころでした。

生きづらさを抱えた10代の頃

 恋愛にあこがれて、恋愛小説を読んだり、ラブソングを聴いたり映画を観たりしました。サイモン&ガーファンクルはもちろん、ジェームス・テイラーなどアメリカのウエストコーストサウンドはよく聴きました。『小さな恋のメロディ』や『いちご白書』など話題の映画も観ています。夢中なものがあると、少し気持ちが落ち着くのです。生きづらさを抱えた、扱いづらい人間だったと思います。

 東京の女子大に進学し、漫画研究会に入ります。漫画は好きでよく読んでいましたし、少女漫画が盛り上がった時期で、女子大に次々に漫画研究会ができていました。

 入ってすぐ同人誌に描くように言われ、生まれて初めて漫画を描いたんです。コマ割りやペンの使い方をイチから教えてもらいました。当時はコミックマーケットの黎明期で、大学の漫画研究会や同人誌活動をしているマニアの人たちの間で同人誌が売買されて、私の短編も読まれてファンレターが2通来ました。驚きましたが、うれしかったですね。

 そのときに、没頭して漫画を描いているときに、ざわざわ感がなくなっているのに気がついたんです。漫画を描くのが楽しいと感じました。

トントン拍子で漫画家の道に

 同人誌がきっかけで後に夫となる弘兼憲史のアシスタントをすることになりました。彼はまだ新人賞をとったばかりの頃でしたが、絵がとても上手で原稿の仕上がりが美しく、さすがプロの漫画家と感心しました。

 これではプロは無理だと、アシスタントではなくメシスタントをしながら、就職しようと思ったのですが、男女雇用機会均等法以前の当時、女子大に一般企業の求人はゼロ。教師になるか、大学院に行って研究職になるか、でなければお嫁に行くしかなかった。そうしたら大学4年の春に漫画雑誌の編集者から、同人誌作家だけで雑誌を出すので描かないかと声がかかったんです。同人誌の作品を読んでくれていました。秋に作品を渡したら掲載がきまり、大学の就職課に漫画家になりますって報告して卒業しました。

 その作品が読者投票の1位になって「新人王」を獲得し、1年後、青年向けの漫画雑誌の創刊号で連載が決まりました。そこから〆切に追われる毎日が始まり、あまりの忙しさに、ざわざわ感も、漫画を描く楽しさもふっとんでしまいました。

 その後、結婚、出産、子育てと私生活に変化はありましたが、ずっと青年漫画誌を舞台に描き続け、走り続けてきました。

運命の道は決まっている

 60歳になるころ、体力的にも大変だし、そろそろ漫画家引退かなと感じ始めたのですが、いや、待てよ、まだ描き切ってないものがあると思ったんですね。女性を書き切っていない、と。ずっと男性誌で描いてきたし、一度女性向けの作品を描いてみたくなったんです。それで女性週刊誌に私から話を持ち込んで『恋する母たち』の連載が始まりました。思いを残して後悔したくなかったから、思い切り好きなように描かせてもらいました。

 いまは青年漫画誌で緩やかな連載をしています。その一方で12年間私に寄り添って癒やし続けてくれるコーギーのリンコなど犬を登場させた作品を描いたりもしました。

 私にとって漫画は、生活手段としての仕事という意識はあまりないんです。いってみれば、生きているうちに成さなくてはならない何か、私に課されたタスクでしょうか。

 ざわざわした思いを抱えた人間として生まれ、それを表現する手段がわからなくて音楽を聴いたり、本を読んだりしましたが、何かに没頭していると落ち着くので、そこにヒントはあると思っていました。

 ただ、私は文字だけの表現には耐えられない、絵だけでもダメ、ストーリーを背負った絵を動かすことが楽しいのです。私にとっての救いは漫画を描くことですね。漫画を描く時間さえあれば乗り切れる。家族親族に辛いことがあっても、天変地異があったとしても漫画を描いていれば平常心でいられるのです。人の感情や物語を漫画という表現形態の上にのせて動かしているのが楽しい。初めてそれに気がついたのが大学で漫画研究会に入ったときでした。

 結局、私の人生って、大学で漫画研究会に入って、その縁でたまたま漫画家と結婚し、出版社の編集者に見いだされて連載が始まった、20から23までの4年間に全部決まっているんです。人間にはあらかじめ決められた運命の道があるのだと知らされる思いでした。

 今も私の中にざわざわした思いはあるのですが、年を取ってくると忘れるんですね。若い頃はずーっと抱えていた思いが、最近は5歩も歩くと忘れることがある。おかげさまで若い頃より楽になったというのは有り難いことだと思っています。

■提供:真如苑

柴門ふみ
1957年、徳島県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部哲学科卒。1979年に、漫画家デビュー。『東京ラブストーリー』『あすなろ白書』『同・級・生』『家族の食卓』『Age,35』『恋する母たち』など、あらゆる世代の恋愛をテーマにした作品を発表し、またドラマ化もされて大ヒットした。エッセイに『恋愛論』『ぶつぞう入門』『オトナのたしなみ』などがある。ペンネームは中学時代からファンであったポール・サイモンに由来。

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