【特別読物】「救うこと、救われること」(7) 今村翔吾さん

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 今村翔吾さんは、いま最も勢いのある歴史・時代小説作家のひとり。書店経営や文学賞の設立にも乗り出し、山形・新庄市開府400年記念のダンスイベントにも取り組んでいます。エネルギッシュな活躍の原点には、人生に対する強い思いがありました。

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五葉のまつり』は、『八本目の槍』(共に新潮社刊)同様、石田三成を主人公にしています。三成は、様々な側面がありますが、ここでは豊臣秀吉に仕える五奉行のひとりであり、文治・行政マンとしての三成を書いておきたかった。現代のビジネスマンや官僚へのメッセージも込めたつもりです。

僕は完全に三成タイプ

 本書では、「北野大茶会」「刀狩り」「太閤検地」など、秀吉の命を受けた三成以下五奉行が、互いにライバルでありながら、秀吉の難題に全力で取り組む姿を描いています。秀吉の天下統一の途上、各地にまだ靡かない領主や武器を持つ百姓が多くいたため、秀吉の威光を天下に示し、命令に従わせるべく、知恵を絞り東奔西走するのです。戦同様に命がけの交渉もあって、「北野大茶会」での千利休と三成の一触即発の駆け引きは山場のひとつです。

 いま、仕事人間はライフワークバランスにおいて、社会不適合者のような烙印を押されています。働き方を選べる時代になったのだと思いますが、現実問題として、中小企業やスタートアップの社長だったら、三成みたいな超多忙になって当然です。また、多様性社会というならば、本人が自分で望んで仕事に没入する生き方もあっていいはず。その意味で僕は完全に三成タイプです。

 三成は合理主義者といわれますが、自分が世に出たのはそもそも秀吉あってのこと、という出発点を忘れない人でした。そして合理主義者だからこそ、戦ほど非効率なものはないと知っていた。国力や人的資源など全てが失われるのが戦争で、惜しいと思うから、その先にある泰平、平和な社会に向けて国のデザインに力を尽くしたのだと思います。

ちょうど10年という節目

 実は、今年でちょうど10年経ったんです。実家が経営しているダンススクールのダンス教師をやめて、作家になると生徒に宣言してから10年。以来、ダンスの仕事は一切しないと決めていましたが、デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』の舞台になった山形・新庄市の開府400周年の行事のために依頼され、新庄の子供達にダンスを教えることになりました。8月の新庄まつりで100人のダンスパレードを披露します。

 この企画に僕のダンスの教え子たちが40人ほど手伝いに来てくれています。小学生だった子が20歳になり、社会人になって、僕のために力を貸してくれるんですよ。新庄の子供達、元生徒と汗を流しながら、感謝と喜びを嚙みしめています。

 作家以外に、書店経営に乗り出したり、新しい文学賞「日本ドラフト文学賞」を創設していますが、出版界の厳しい実情を知ってしまいましたからね。何かしないわけにはいかなかった。評論家になる道もあったけど、僕の売りは行動だよなと思ったんです。司馬遼太郎さんは軽トラックいっぱいの資料を集めて坂本龍馬を書いたといわれていますが、僕は、行動と事業の実践で、社会や人と交わった経験を積み重ねていこうと踏み出しました。編集者だけでなく、出版業界や取次、物流関係者に話を聞きますし、トラックの運転手とも話をします。書店や図書館の人とは絶えず交流して、実情もよくわかっています。いわば人生のなかで取材を続けてきたのです。

 今までの歴史作家にはないこの実体験が、僕の作家としての武器であり、作家・今村翔吾を鍛える修業にもなっています。実際、『五葉のまつり』は、会社を経営していなかったら書けなかったと思います。

命を無駄なく燃やしきる

 いま40歳になって、残りの人生の使い方を意識するようになりました。アイデアは沢山あるけれど、どれだけの作品を書き残すことができるだろうか、とかね。早いといわれますが、僕の死生観は自分の命を無駄なく燃やしきること。今村翔吾という資源を効率よく燃やして一番いいところを出していきたいんです。

 書店経営や文学賞創設で出版界を救うとか言われますが、とんでもない、救われているのは僕自身です。人に喜んでもらえることで、実は僕が一番救われているんです。

 突き詰めていくと、人は結局、孤独に行き着くと思うんです。作家はその最たるものです。その孤独な作家時間が、実は大切ではあるのですが、だからこそ、僕は日々のなかで誰かと共にあることに生きがいを見出したい。例えば、うちの会社が儲かることより、社員の住宅ローンが通ったとか、欲しかった品物の決済が下りたという話の方が僕はうれしい。自分に付いてきてくれた人が嬉しいと思うことに喜びを感じます。

 めちゃくちゃ幸せ者だと思いますね。この日本に僕より幸せな人がいるだろうかと思うくらいです。子供の頃から、有名人でも偉い人でもなく、何かを残したい、何者かになりたいと、思い続けていましたが、これだけ好きなことをさせてもらって、人から喜ばれるなんて。

 世にある贅沢品の中でも、人と関わって生まれる喜びが一番の贅沢だと思うんです。いま、そういう贅沢を味わえている僕は、本当に救われていると思います。

■提供:真如苑

今村翔吾
1984年、京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。同作で歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、22年『塞王の楯』で直木三十五賞を受賞。近著に『海を破る者』『人よ、花よ、』など。「イクサガミ」の映像化、「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」のアニメ化が決定。

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