「日本製鉄」買収は絶望的で「得をしたのは米政府とUSスチール」…「正義はどこにあるか」だけでは見誤る“巨額買収劇”の真相

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 USスチール買収計画に対する「中止命令」によって、米国の大統領を提訴するという異例の一手に打って出た日本製鉄。バイデン大統領の判断に対する不信感は当事者以外にも広がりを見せ、日本政府にトランプ次期大統領との“取り引き”を期待する声も出てきているが、そこには意外な「盲点」が潜んでいた――。

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焦点は日鉄の「違約金」へ

 7日の会見で日鉄の橋本英二会長兼CEOは、「諦める理由も必要もない」「勝訴の可能性はある」と強調した。主戦場は司法の場に移っていくわけだが、

「買収成立はもう非現実的だと言わざるを得えません」

 そう指摘するのは、元日経新聞編集委員で、著書に『経団連 落日の財界総本山』『マツダとカープ 松田ファミリーの100年史』などがあるジャーナリストの安西巧氏である。

「『どちらが正しい』という次元の話ではなく、国の安全保障に関する大統領の判断は、基本的にひっくり返せる類のものではありません。バイデン・トランプの両氏があれだけ強く『NO』を表明している状態で逆転が可能だとは、日鉄の経営陣も思っていないのでは」

 争いはすでに“撤退戦”の体を成していて、焦点はもっぱら、日鉄がUSスチールに支払わなければならない「違約金」にあるという。

「両社の契約上、買収が不成立の場合、約890億円もの違約金を日鉄側が払うことになっています。決して小さな額ではありませんから、株主の手前、最後まで戦う姿勢を取らざるを得ないというのが、提訴に踏み切った背景にあるのではないでしょうか。あるいはUSスチールとの間で減額交渉を行うのもあり得る話だとは思いますが、USスチール側に減額のメリットを見出すのは現段階では難しいですね」

“GEの二の舞”を免れた?

 結局この買収案件は、「米国に良いようにやられて終わった」と、安西氏は総括する。

「バイデン大統領としては、大事な票田である全米鉄鋼労働組合(USW)に良い顔ができて、日鉄と軌を一にしているように見えるUSスチールは、巨額の違約金が手に入れば次なる戦略を練ることもできる。昨年から日鉄のアドバイザーに、第一次トランプ政権時代の元国務長官であるマイク・ポンペオ氏が就任していましたが、彼にとっては“良いアルバイトになった”くらいの感覚なのかもしれません」

 一方で、買収の不成立が「幸運」だった面もあるという。

「2023年、競合他社が70億ドル規模の買収額を提示していた中、日鉄は140億ドルを超える金額を提示。さらに追加投資を表明した分も含めると、買収総額は170億ドル近く、日本円にして約2兆5000億円にまで膨らんだ。最終的には“買収ボーナス”として、USスチールの従業員に5000ドル(約75万円)を支払うとまで表明していましたから、やり過ぎの感は否めません。かつて世界最強企業と称されたゼネラル・エレクトリック(GE)も、2015年の仏アルストム社買収の際には、当時のオランド政権からあらゆる譲歩を迫られてまで買収を断行した結果、経営不振に陥りその後のGE解体につながっていきました。今回の日鉄は、その姿に重なる部分もあったと思うのです」

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