大谷翔平「WBCでMVP」の大活躍を支えた「睡眠力」にこれだけの科学的根拠

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ラットを眠らせないと

 WBCで投打にわたって大活躍し、日本の優勝に貢献すると共に大会MVPに輝いた大谷翔平選手。その活躍の陰には表には出てこない多くの努力があるはずだが、我々でもマネできそうなのが「睡眠力」ではないか。大谷選手は小学生のころから今に至るまで「よく眠る」ことを心がけてきたことは比較的知られた事実である。その平均時間は1日に10時間とも12時間とも伝えられている。もちろん量のみならず、質もまた充実しているようだ。

 ともすれば「徹夜自慢」に代表されるように、睡眠を削ることを誇る向きもいるのだが、きちん睡眠をとることは、成功のための戦略として正しい――作家・橘玲氏の新著『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)では、科学的なデータをもとに睡眠の効能を説いている。「合理的な人生設計」に睡眠は欠かせないというのだ。そのロジックを見てみよう(以下、特に記述がない場合、鍵カッコ内は同書からの引用)。

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 大谷選手がどれだけ睡眠に気を使っているかについては、以前の記事(大谷翔平の大活躍を支えた寝具メーカーが明かす「睡眠への徹底したこだわり」 機内にマットレスを持ち込み、睡眠時間は?)でもご紹介した通りである。

 この記事によれば、大谷選手は睡眠の時間のみならず質も重視しており、それを測定するためのバンドも着けているという。

 さらに、寝具メーカーの西川の全面サポートも尋常ではない。日ハム時代からの付き合いである同社は2年に1度、体形や筋肉量を測定したうえで、ピッタリの寝具を提供している。

 その枕には調整機能が14カ所あり、ベストな高さになるようにしてあり、マットレスにいたっては120万点もの身体データを計測したうえで作られているというのだ。

 この枕やマットレスを遠征先にも持ち込んでいるというから、睡眠へのこだわりようがわかるというもの。

 もちろん一般人がここまでこだわることはできないし、する必要もない。ただし、睡眠が健康に大きく関係するのは動かしようのない事実だろう。

 そして睡眠の重要性は動物実験でも証明されていて、ラットを眠らせないとわずか平均15日で死亡するという。

「睡眠を奪われたラットは体中の肌がぼろぼろになり、足や尻尾も傷だらけだった。死後の解剖では、肺に液体がたまり、内出血があり、胃の内壁にはあちこちに潰瘍ができていた。肝臓、脾臓、腎臓などの内臓はサイズも重さも減少していたが、ストレスに反応する副腎は逆にかなり大きくなっていて、副腎から分泌されるコルチコステロン(不安と関係があるホルモン)の量が突出して多かった」

現代人の9人に1人が

 研究者たちが導き出したラットの死因は、「睡眠を奪われたことでラットの腸内にいたバクテリアによる敗血症」で、代謝機能だけでなく免疫機能もまともに働かなくなったことで、通常ではなんの問題もないバクテリアが暴れ出して生命を失うことになったという。

 聞くだに恐ろしい話だが、睡眠の効能についてはよく知っていても現代人にとって不眠は宿痾(しゅくあ)のように付きまとっていることも事実だろう。

「現代社会では、およそ9人に1人が医学的な不眠症と診断されている。アメリカでは4000万人が不眠に悩んでいて、(理由はわからないものの)不眠症は男性より女性に多く、およそ2倍にもなる」

 研究によって知られているのは、不眠症とは「脳がずっと緊張状態にある」こと。「感情と記憶のプログラムが処理中のままだと、いくら目を閉じてもスリープモードに入れないし、たとえ眠れたとしても睡眠の質が悪くなる」

 眠りを阻害する要因のひとつで、世界中で広く使われているのがカフェインだ。脳内の「睡眠信号」を消し、眠気を覚ます効果のあるカフェインのやっかいな点として「半減期が平均5~7時間」であることが挙げられている。

睡眠を阻害するやっかいなドラッグ

 そこで、橘氏はこう提案する。

「午後7時半に夕食後のコーヒーを1杯飲むと、午前1時半になってもまだ半分のカフェインが体内に残っている。最近よく眠れないなら、午後はカフェインを含む飲料を摂らないようにしてみたらどうだろう」

 さらに睡眠の質について、これを下げるものとしてはアルコールと睡眠薬をあげている。
特に睡眠薬(催眠鎮静薬)はアルコール以上に睡眠を阻害するという。

 眠れないから頼って飲むのに、それで質が下がるとはどういうことか。

「睡眠薬で眠っても、すっきり目覚めることができない。そうなると日中に眠気が残っているため、コーヒーやお茶を飲み、カフェインのちからを借りて1日を乗り切ろうとする。そしてカフェインのせいで寝つきが悪くなり、しかたなくまた睡眠薬に頼るという悪循環から逃れられなくなる」

 底なし沼のような世界だが、心当たりのある方も少なくないだろう。カフェインや睡眠薬を断つことができたなら、もう一つ回避した方がよいのが目覚まし時計であり、中でもその「スヌーズボタン」だという。

よく眠るための簡単な方法

 スヌーズボタンを使うことで、「短時間のあいだに何度も目覚ましで起こされるのは、そのたびに心臓にショックを与えるのと同じ」とのこと。「これを週に5回のペースで長年続けていたら、一生のうちに心臓や神経系がどんなにダメージを受けるか想像に難くないだろう」(マシュー・ウォーカー『睡眠こそ最強の解決策である』)との指摘は、何とも物騒だ。

 その一方で、昼寝の効能についてこう説く。

「現代社会では朝起きたら夜まで寝ないのがふつうだが、これは工場労働に合わせた近代の習慣で、狩猟採集社会を見れば、昼に短い睡眠をとる『二相睡眠』が進化の適応であることがわかる。スペインやギリシアなどの南欧では最近まで昼寝(シエスタ)の習慣があり、それをやめたところ、心疾患などが急増したとの報告もある」

 そういえば、大谷選手も昼寝の習慣があることを明かしている。これからは昼寝をとがめられたら、「大谷選手を見習っています」と言ってみるのもいいかもしれない。

橘 玲(たちばな・あきら)
1959年生まれ。作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。

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