円安は国力低下のせいではない 今なすべきことは何か

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 一時1ドル150円台に乗るなど、32年ぶりの円安・ドル高が進む中、政府・日本銀行は相次いで過去最大規模の円買い・ドル売り介入を実施した。

 財務省の神田財務官は10月24日、介入実施の有無に関してコメントしない姿勢を繰り返し示す一方で、「円の価値の向上を望むなら、日本の国力を高めるのが基本だ」との認識を示した。そのための方策として「労働の移動を含む生産性を上げる改革」や「貿易収支の悪化を是正するためのエネルギーの多様化」などを挙げている。

 かつての日本は円安になると輸出が増え、稼いだ外貨を円に替える動きが円安の歯止めとなった。だが、企業が製造拠点を大幅に海外に移転した現在、日本の輸出力は低下し、円安を反転させるメカニズムは働きにくくなっている。

 円安は国内生産回帰を促す効果があるものの、少子高齢化が進んでおり、労働力の確保に支障が生じるとの懸念がある。

 円相場が現在と同じ円安水準だった1990年、日本の貿易収支の黒字は7兆円を超えていたが、今年は上期だけで7兆円を超える赤字だ。

 エネルギーを海外からの輸入に頼る日本の経常収支は、エネルギー価格上昇時に悪化しやすい。昨年の日本の経常収支は約19兆円の黒字だったが、今年は8兆円程度の減少が見込まれている。このことが円売り・ドル買いの一因になっているのはたしかだが、東京市場での1日の平均取引高(約54兆円)を考えれば、年間8兆円の経常収支の悪化が為替の需給に与える影響は極めて小さいと言わざるを得ない。

 神田氏が指摘したように、最近の円安を「日本の国力の低下のせいだ」と指摘する声が多くなっているが、はたしてそうだろうか。

「2011年の超円高」をどう考えるか

 日本に限らず、ほとんどの国の通貨が対ドルで下落していると言っても過言ではない。一方、ドルの価値が高まっている米国の国力が向上しているとも思えない。

「円の価値=国力」という考え方が正しいとした場合、最大の疑問は「2011年になぜ超円高になったか」だ。

 当時の日本は東日本大震災のせいで失った生産能力は、戦後最大規模だったが、その後、円高が急速に進み、ピーク時には1ドル=70円台後半となった。日経平均は8000円台まで下落するなど日本経済が極度に不振になったのにもかかわらずに、である。

 その理由はこうだ。潜在成長率が下がれば物価上昇率も低下する。他国に比べて物価上昇率が低い国の通貨は高まる傾向が強い。「日本の国力が低下しデフレが加速する」とみなされたからこそ、当時の日本は極端な円高に見舞われたのだ。このことからわかるのは通貨の価値と国力との間に明確な関係はないということだ。

 世界の1日当たりの為替取引の規模は約1000兆円に及ぶが、そのほとんどは実需に関係なく、金融要因で動いている。今年初めから急速に進んだ円安は日米の長期金利差の拡大に起因していると考えるのが妥当だろう。

 米国の10年物国債利回り(長期金利)は、インフレ抑制を目的とする米連邦準備制度理事会(FRB)の急速な利上げの影響で4%以上に急上昇している。

 これに対し、日本の長期金利は0.25%以下で推移している。日銀は「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」などの政策を通じて、日本の国債市場を実質的に管理しているからだ。

 ニッセイ基礎研究所の分析によれば、日銀のイールドカーブ・コントロールなどがなければ、9月末時点の日本の長期金利は1.5%台となったという。日銀が上限とする0.25%よりも1.3%も高い水準だ。

 物価上昇に応じて上がるべき長期金利が日銀により低く抑えられ、米国との長期金利差が拡大しやすくなっている分、円安が増幅するという構図だ。このひずみが円安の「真犯人」なのだ。

 日本の足元の物価上昇率は3%となっているが、他の先進国に比べれば緩やかであり、日銀が長期金利の抑制を続けていても深刻なインフレになる危険性は少ない。逆に日銀が長期金利の抑制を停止すれば、国債の利払い費が拡大するという深刻な問題が発生する。

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