プーチンと国際柔道連盟会長の蜜月、山下泰裕全柔連会長が“やるべき事”を溝口紀子教授が語る

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山下会長の役割は?

――そうした中、日本の全柔連(全日本柔道連盟)は何かできないのでしょうか。

溝口教授:全柔連の内部からも、「山下会長は何かプーチン大統領や世界にメッセージを出すべきだ」という声が強まっています。「プーチンさん。あなたのやっていることは、あなたが尊敬する嘉納治五郎先生の『自他共存』『精力善用』の柔道精神に完全に反している。ウクライナの選手はもちろん、ロシアの選手だって苦しんでいる。ぜひ、考え直してほしい」とか、そんなことでもいいから、山下会長は早くメッセージを出してほしいですね。

――山下会長は日本オリンピック委員会(JOC)の会長でもありますが、東京五輪の開催問題やマラソン会場の移転問題などの時も、存在感は薄かった印象です。

溝口教授:そうかもしれません。でも山下会長は先般、全国小学生学年別大会の廃止を決めました。廃止は私もずっと前から強く訴えていましたが、今回は久しぶりの英断だと評価したい。幼いうちから試合偏重になってしまい子供たちは柔道が楽しくなくなる。親の満足でしかなく、柔道教室が学習塾のようになってしまっていた。

 こうした決断ができる山下会長なら国際舞台でもそれができないはずはありません。山下会長は以前、井上康生さん(シドニー五輪100キロ級金メダル 東京五輪男子柔道代表監督)と共に、イスラエルとパレスチナの選手を一緒に練習させて国際社会に発信し、世界に平和を訴えてきました。あの、何年も殺し合いを繰り返してきた人たちをですよ。今、ウクライナの戦場ではウクライナとロシアの柔道選手同士が殺し合ってしまっているかもしれない。そんな悲しい状況でも日本がリーダーシップをとってどこかで国際大会を開いてロシアとウクライナの選手を同じ畳に上がってもらって世界に平和を発信するとか、様々なアイデアも考えられます。ロシア人だって決して戦争や人殺しがしたいわけではない。戦争をしたのはプーチン大統領で、その大統領は柔道家なのですから、そこに訴えない手はないでしょう。彼は専門書まで書くほど柔道に精通しているのは確かですが、実は逆に柔道を巧みにプロパガンダに利用してきた政治家でもあります。紛争地域に立派な柔道センターをつくってみたり、そういうことも巧かった。

今こそ「スポーツの力」を示すべき

――柔道の本家本元の日本が何も発信しないのはもどかしいですね。

溝口教授:私もそう感じます。山下さんは全柔連とJOCの会長になったことで慎重になりすぎているのか、かつてのような動きが鈍った気がします。個人的感想ですが、かつてソ連のアフガニスタン侵攻で日本がモスクワ五輪(1980年)をボイコットして出場できなかった時、当時選手だった山下さんが「スポーツは政治には勝てないんだ」と痛感したことが、今もトラウマになっているのかもしれません。

 しかし、世界中がウクライナの悲劇を目の当たりにした今、沈黙している場合ではありません。IJFとは別のアプローチの仕方が「本家本元」としてあっていいのでは。全柔連や講道館もプーチン大統領と親交があるのだからウクライナ情勢についての声明を早く出してほしい。「精力善用」「自他共栄」の精神を、柔道発祥地の日本から発信してほしいですね。

 JOCは盛んに「スポーツの力」を強調しています。それなら、今こそ「スポーツの力」を国際舞台でも示すべき時だと思います。「スポーツに政治が介入するな」と言ってきたはずですが、沈黙して「介入しない」でいることこそが逆に、政治の介入そのものなのではないでしょうか。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮編集部

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