鈍感力ではいい勝負の久慈アナと鷲見アナ 明暗を分けたのは何だったのか

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 女子アナに必要なのは、美貌でもニュース読みの能力でもなく、鈍感力である。最近話題のフジテレビ久慈暁子アナと、フリーの鷲見玲奈アナを見て思う。

 今やキー局女子アナの採用選考は、日本一顔と要領の良い女性を決める大会みたいなものだ。志望理由や学生時代に打ち込んだことより、面接をするおじさんウケする顔と振る舞いができれば勝ちという世界。だからみんな、入社後にたいていひどく落ち込むという。今まで通りやっているのに、なんでみんな評価してくれないの、チヤホヤしてくれないの?と。

 落ち込んで奮起するか、現状維持を貫くか。おそらく久慈アナは後者だったのだろう。鳴り物入りで入社するも朝番組の顔にはなれず、退社することを発表した。春からはアナウンサーでなく、タレントとして活動するという。思い出すのは同期の海老原優香アナとのやりとりだ。「研修中も爪イジリをしたり、常にどこかにもたれかかったりしている」と、久慈アナの態度を暗に批判していた海老原アナに、筋肉がないから、と笑って返していた。ふにゃふにゃした姿勢と答えに、海老原アナは再び苛立ったことだろう。ドッキリ番組で研修中の様子が撮られた時、不穏な雰囲気が二人の間に漂っていたものだ。

 おそらく久慈アナのその鈍感さが、同期だけでなく会社や視聴者が期待する姿とのズレを生んでいったのではないか。アスリートへの的外れな質問や、たどたどしいニュース読みなどが槍玉にあげられるが、全ての根幹は彼女の危機感のなさというか、鈍感力にあったように思える。今までは容姿が優れていたから「おっとりしている、天然」と良いように受け止められていた性格も、同じレベルの美貌を持つ人間の中に放り込まれれば、能力や立ち回りで差がつくのは当然だ。そのことにずっと気づかず、ただただ、もたれかかれる場所を探していたのではないだろうか。

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