「ネガティブを強みに」 競泳金メダル・大橋悠依が語る“非エリート”の逆転法

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 瀬戸大也選手や萩野公介選手らメダル候補が敗退する波乱の東京五輪で、見事2冠に輝いた大橋悠依選手(26)。日本選手権で最下位も経験した遅咲きのシンデレラガールはなぜ世界一になれたのか。数々の挫折を乗り越え、心の弱さに打ち克った勝利の方程式を明かす。

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 五輪本番のレースは、最後まで本当に楽しく泳ぎ切ることができました。とはいえ、コロナ禍によって五輪開催が1年延期されるという前代未聞の事態となり、日本代表に選ばれてからも長いことタイムが伸び悩みましたからね。どうしたらいいか分からない心境が続いて、いま振り返ってみても「凄く苦しい1年だったなぁ」と感じます。

 ただ一方で、あの1年間があったからこそ、金メダルに手が届いたとも思うんです。五輪延期が決まる前の段階では、「このままだと本番までに準備が間に合わないかもしれない」と焦りを募らせていました。だから、延期が発表されたときには「よし、本番まで時間はできたし、まだまだやれることはあるな」って切り替えることができたんです。

 正直なところ、19年頃から五輪の直前まではあまり調子が良くなかったんですね。満足のいくレースができなかったせいで、メディアも私に金メダルは期待していなかったように思います。でも、そのおかげで余計なプレッシャーを感じずに本番に臨めました。期待されていない方が「やったろうかな!」と意気込むタイプなんですよ(笑)。

「周囲からマイナス思考を叱られることも」

〈その言葉通り、大橋選手は東京五輪の200メートル、400メートル個人メドレーで2冠に輝いた。夏季五輪の同一大会で、日本人の女子選手が二つの金メダルを獲得したのは史上初の快挙。今年の紫綬褒章を五輪競泳選手として唯一、受章したのも頷ける大活躍だった。

 だが、そんな彼女は決してエリート街道とは呼べない競技人生を歩んできた。競泳界では、14歳で金メダルを獲得した岩崎恭子氏や、高校1年生でリオ五輪に出場した池江璃花子選手、今井月(るな)選手など、10代で世界大会に挑む女子選手が珍しくない。一方、大橋選手が初めて日本代表入りしたのは大学4年生、21歳のときだ。競泳界ではともかく、当時はまだ世間一般には無名の存在だった。さらに、自他ともに認める“遅咲きのヒロイン”には、常にメンタルの弱さが指摘されてきた。〉

 たしかに、性格的には決してポジティブではありません。ネガティブと言われれば、その通りだと思います。とにかく心配性で、試合が目前に迫っても、「こんなレース展開になったらどうしよう」「ここで負けたらどうなるんだろう」と後ろ向きな考えばかりが頭を過(よぎ)ります。誰もが絶対に負けないだろうと予想する相手とのレースでも、私だけは「負けるかもしれない」と思い込んでしまう。周囲からマイナス思考について叱られることも多くて、そのたびに気持ちが落ち込んでいました。

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