「プチ断食」でオートファジー、“長寿遺伝子”を活性化 生殖機能の向上にも効果が
「断食」と聞けば、何やらハードルが高いイメージもあるが、実は自宅でも簡単かつ安全に実践できるという。なぜ食を断つことが「若返り」に繋(つな)がるのか。ノンフィクション・ライターの西所正道氏が「プチ断食」を体験。その医学的メカニズムも取材した。
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“断食”がいま、ちょっとしたブームになっている。
水だけで何日も過ごす修行のようなものではない。連続約16時間食べない、いわば“プチ断食”といわれるものだ。空腹の時間は、代謝を高めることで血液をさらさらにし、若返りの効果があるとされ、若い世代にも流行する食事療法である。
自身、そうした断食生活をほぼ40年間実践してきたのが、イシハラクリニック院長の石原結實(ゆうみ)医師(72)。“プチ断食”の先駆者である石原医師はその効果についてこう述べる。
「一言でいえば、若返りですよ。体が若返れば、病気が予防できる、長生きもできる。おまけに生殖機能も元気になって、新しい命だって作れる力が甦る。鶏も、1年ぐらい卵を産み続けると産まなくなります。ところが30日間断食させ、水だけを与え続けると、毛がはえかわり、また卵を産むようになるんですよ。私はこの年で子どもを作ろうとは思いませんけど、この40年、病気知らず。唯一の悩みは、長生きしすぎてこのまま死なないんじゃないかってこと(笑)」
絶好調の石原医師の食生活は、至ってシンプル。
朝は人参とリンゴを搾(しぼ)ったジュース(以下「人参ジュース」)、昼はビタミンとミネラルが豊富な黒糖と血行をよくするショウガを入れた「特製紅茶」、夜だけは普通に食べるという「1日1食」生活である。これで週5日、1日10キロもジョギングするというのだから驚きである。
もともと予防医学に興味があった。長崎市出身の石原医師は、長崎大医学部、同大学院を修了した後、「断食」などの食事療法を採り入れて実績を上げるスイスのB・ベンナー・クリニックなどに通って研究。それを参考に1985年、静岡県伊東市の山中に、断食を主体にした療養施設「ヒポクラティック・サナトリウム」を設立した。
この施設、36年間で10万人以上が利用しているというから驚きだ。安倍晋三、細川護煕、羽田孜(つとむ)の総理経験者を含め政治家は100人以上。作家の石原慎太郎さんは20年以上も通う常連だ。医師も300人以上、法曹関係者では元最高裁判所判事をはじめ約100人、その他、著名な経済人、俳優、スポーツ選手も多数利用する。
たとえばテニスプレーヤーの伊達公子さんは、デトックス(体内の老廃物や毒素を排出させること)や健康管理、病気予防のために、すでに5~6回通っているし、アルピニストの野口健さんは10年近く毎年のように断食に訪れる。
「彼は、エベレストなど高い山に登るので、低酸素や気圧の変化などに何度もさらされます。ある時、かかりつけの病院で検査を受けると、血液がドロドロになってしまっていた。体も重だるく、睡眠薬も効かないほどひどい不眠が続いていました」(石原医師)
そこで、8日間断食を行った結果、体力・気力ともに快調に。断食中によく眠れるようにもなったという。
サナトリウムが行う断食の場合、メインメニューは文字通り1食も食べず、食事の代わりとなる人参ジュースである。1回あたり約540cc、240キロカロリー。これを毎日3回飲みながら1週間程度滞在するのが基本だ。断食で体の老廃物を一掃し、免疫力を高め、リフレッシュするのが目的である。
空腹感なし
そんな食事ともいえない3食で平気でいられるのか。
そこで筆者が、1泊2日の断食を体験させてもらった。
7月某日、朝昼兼用の食事を午前11時に食べたあと、伊豆高原を目指した。
JR伊東駅からバスと徒歩で約40分の山の中にサナトリウムはある。シングルルームが多く1泊1名1万円台前半から3万円台までの部屋がある。眼下に緑が広がる温泉やサウナ、トレーニングルームも併設し、リゾートホテル並みの充実ぶりである。到着してほどなく、17時45分にジュース夕食を摂った。
人参ジュースをコップ3杯。味は甘みがあり飲みやすい。これをグイッと一気に飲むと体を冷やすので、唾液が出るのを確認しながら、噛むように飲みこむのがコツだ。
人参ジュースは3杯でわずか240キロカロリーなので、食後に1時間強のヨガ体験をすると、20時頃から強い空腹感に襲われる。石原医師曰く、
「空腹というのは、血液中のブドウ糖、つまり血糖が減少して感じるのです。ここで食べるのを我慢し、体を動かしてみてください。空腹の状態で体を動かすと、アドレナリンが分泌され、血糖値を上げる作用が働きます。興奮すると空腹を感じなくなるのと同様です」
さっそく石原医師推奨の「空腹ストップ体操」を試みる。負荷の軽い順に、両手でグーとパーを交互に繰り返す運動、椅子に座って足先を床につけたままかかとを上下させる貧乏揺すり体操、そしてスクワット。それぞれ無理のない範囲で1セット20~30回が目安という。部屋の中でもできて、効率的に効果が得られる運動だ。
が、30分ほどで再び空腹感が訪れる。今度は部屋に備え付けのショウガ紅茶に黒糖をたっぷり加えて飲む。この紅茶は飲み放題だ。重要なのは「空腹状態」を維持することで、「空腹感」を保つことではないようだ。だから黒糖や飴などは食べてもいいと石原医師は言う。その後、再び運動をして、黒糖を食べ、その夜は空腹をしのぐことができた。
7時間弱の睡眠で、スッキリ目覚める。空腹感なし。このまま食べなくても大丈夫かも、という感覚だ。
8時には昨日と同じジュースを3杯飲む。いくぶん嗅覚と味覚が敏感になっている気がする。
石原医師夫人で、サナトリウムを支える石原エレーナさんは、滞在者と笑顔で会話を交わしている。印象に残る人も数多くいるという。
たとえば、60代の男性経営者は、4週間滞在して体重が7・5キロも落ち、会社に戻ったら、社員に「若くなりましたね」と驚かれた。頭が冴え、決断力が上がったと喜んでいたそうだ。
年間5~6回訪れるヘビーユーザーの70代女性経営者は、腸の働きがよくなり便秘が改善。肌が若々しくなった。
別の70代の女性は、数年前に子宮頸がんの手術をした。翌年から毎年数回、1カ月間サナトリウムに滞在。すると寒がりだったのが嘘のように、年を追うごとに体温が上がり、現在平均体温は約36・5度に。デトックスと体質改善が進み、がんも再発していない。
こうした断食作用の裏には、どんなメカニズムが働いているのか。石原医師に解説してもらった。
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