「大河」「朝ドラ」の食事を作る「消え物」料理人が明かす撮影秘話 20年ぶりに白米を食べたGACKT、緒形拳はステーキをおかわり

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 吉沢亮主演の「青天を衝け」、清原果耶がヒロインの「おかえりモネ」。今期のNHKの大河と朝ドラはいずれも高評価で、テレビ離れが進むなかでも「国民的番組」の地位を保っている。その華やかな画面を陰で支えてきた名物料理人が、「スターと食」の秘話を明かす。

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「樹里ちゃん、ちょっと、こっち来て」

 NHKの大河ドラマ「江(ごう)」(2011年)の撮影の合間に、私は主演の上野樹里ちゃんを呼び止めました。そして、仕込み中のシイタケを彼女の口に放り込んだのです。

 口に物を入れると演技に支障が出ると気にしていたのか、樹里ちゃんはそれまでの撮影で私が作った「消え物」に手をつけてくれなくて、悔しい思いをしていました。だから、樹里ちゃん演じる江姫夫妻の食事シーンはこれで最後という日の前日、撮影用に仕込み中だったお煮しめのシイタケを、半ば無理やり食べてみてもらうことにしたんです。すると彼女は……。

「うわ、美味しい。明日(の撮影で)は食べよ~」

 4年前に定年退職で一線を退くまで、消え物を作り続けて約50年。この時の記憶が、私から消えることはありません。

〈「ちんとんサン」。こう呼ばれ、テレビ業界で親しまれる平山登世子さん(74)が画面に映ることはない。だが、日本人であれば一度は必ず、彼女の「作品」を目にしたことがあるはずだ。

 スタジオに飾られる花や、ドラマ撮影で使われる食事を、業界では「消え物」と呼ぶ。小道具のうちの消耗品を指すが、平山さんは文字通り瞬時に消えてしまう食事の用意を担当してきた。〉

 私は江戸っ子7代目。祖父の代までは、文京区の白山で「嶋屋」という小料理屋をやっていた家に育ちました。祖父は毎朝天秤をかつぎ、日本橋で魚を、江戸時代には三大青果市場と呼ばれていた駒込青果市場で野菜を仕入れていて、日本橋にある有名な仕出し弁当屋の「弁松」と全く同じ味付けだと評判を呼び、店も繁盛していました。

 そんな環境で育ったとはいえ、私自身は特に料理の勉強をしたわけではなく、家では米研ぎをやる程度でした。ところが、義兄が貸植木屋をはじめ、それが後に消え物製作会社「アサヒ植木装飾」となり、私も高校卒業後にそこに就職したため、消え物と関わるようになったんです。

 最初の頃は、民放のドラマの消え物を担当していて、当時のことで印象深いのは緒形拳さんです。

 ドラマのラストシーンで緒形さんが食べる消え物のステーキを私が作りました。無事に撮影が終了し、モニターのプレイバック(確認作業)も終わり、スタジオの撮影ライトが消えても、緒形さんはステーキを食べ続けていた。「拳さん、もうライト消えてるよ」と声をかけると、「いいんだよ、ちんとん。おかわり持ってきて! どうせNG用(のステーキ)があるだろ!」って。それだけ、私が作った消え物を気に入ってくれていた。本当に嬉しかったですね。

 ちなみに、「ちんとん」というあだ名は、まだ乳幼児だった甥っ子が「とよこ」と言えずにそう呼んだことで、家族の中で自然と広まったものなんですが、ドラマの世界に行っても、緒形さんをはじめ、みんな「ちんとんサン」と言って気軽に接してくれたのは私の誇りのひとつです。

みりんよりお酒

〈そして、平山さんのもとに1998年放送のNHKの朝ドラ「天うらら」の仕事が舞い込む。以後、彼女は朝ドラと大河ドラマの「名物消え物職人」として知られるようになる。携わった朝ドラと大河の数は実に30以上に及ぶ。〉

「天うらら」の主演は須藤理彩ちゃんで、彼女は東京の下町で大工職人を目指す役どころでした。

 そんな理彩ちゃんの朝食のシーンで、澄まし汁のオーダーが私のところにきた。仕方なく、最初だけは澄まし汁を作りましたが、後でスタッフに「江戸っ子なら味噌汁でしょう」と指摘したら、「須藤さんが味噌汁が嫌いで……」と。

 そこで後日、私が作った味噌汁を理彩ちゃんに飲んでもらったら、「美味しい。これなら飲めます」って。私の味噌汁の秘訣は「順番」です。味噌を入れて煮立たせた後に、最後に出汁を入れる。そうすると、出汁がよく効いて美味しくなるんです。結局、それからは澄まし汁ではなく味噌汁で撮影することになりました。

〈緒形拳、須藤理彩を唸らせた平山さんの料理にはどんな秘伝があるのか。〉

 本当に、誰かから料理を習ったというわけではないんです。強いて言うなら、母が、家族や「嶋屋」の料理人たち用の食事を作っていたのを、見様見真似で自然に覚えたという感じですかね。

 うちの家庭の味の特徴というと、調味料としてみりんではなく、お酒を使うこと。

「みりんなんか使うんじゃないよ。二級酒でいいからお酒を買ってきな」

 母にそう言われたことを思い出します。みりんよりお酒のほうが風味が良くなるということなんだと思うんですけど……。本当の理由は、実のところ私もよく理解できていません。

 こうやって「何となく」覚えた味付けだから、レシピを教えてと言われても困っちゃうんですよ。「大さじ何杯」じゃなくて、「醤油をたらーっとひと回し」みたいな、大雑把な感覚で作ってるものですから。

〈こうして身に付けた、みりん抜きの「ちんとん味」に、緒形、須藤に限らず多くの俳優が魅せられていった。〉

 大河「風林火山」(2007年)では、GACKTさんが印象的でした。彼はお米を食べないことで有名。そのGACKTさん演じる上杉謙信が、出陣前にご飯を食べるシーンがあったんです。戦国時代、武士が食べていたのは白米ではなく玄米。でも、ご飯がアップにならない場合は、私は美味しさと見た目を兼ね備えた「茶飯」を出すようにしていました。

 茶飯といってもお茶で炊くわけではなく、白米に出汁の素、醤油、お酒、それからお塩を少し入れて炊くんです。これで見た目は玄米に似た茶色で、味や食感は白米という「特製戦国飯」の出来上がりです。

 この茶飯を実際の撮影シーンで食べたGACKTさんは、「20年ぶりに米食ったよ。やっぱり白いご飯は美味いな~」と、大変感動していました。よほど気に入ってくれたのか、「ちんとん、写真撮ろうよ」と彼から言ってきてくれた。他のドラマ関係者はGACKTさんと写真を撮りたくても遠慮して声をかけられずにいたので、みんなから嫉妬されましたね。

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