「逃げ恥婚」で伊豆箱根鉄道に降って湧いたフィーバー アニメ・ドラマの聖地巡礼が加速

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 新型コロナウイルスの感染拡大でステイホームが推奨される中、タレントの有吉弘行さんとフリーアナウンサーの夏目三久さんが結婚を発表。ビッグカップルの朗報に、世間が沸いた。

 歓喜の声が鎮まらない5月19日には、俳優でシンガーソングライターの星野源さんと俳優の新垣結衣さんが結婚を発表。立て続けの朗報は、鬱屈としたコロナ生活に、潤いを与えている。

 星野さんと新垣さんの2人は、2016年に放送されたTBS系ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で契約結婚という形で夫婦役を演じた。そうした背景もあり、2人の結婚は「逃げ恥婚」として話題を呼び、連日にわたってネットニュースが大きく扱う。そして、「逃げ恥婚」は、ドラマのロケ地にも反響を及ぼしている。

「逃げ恥」の第6話では、2人が伊豆箱根鉄道に乗って伊豆・修善寺へと旅行に出かけている。それだけだったら平凡なワンシーンだが、帰りの電車内で2人は初めてのキスをした。ドラマで印象的に描かれたシーンだったこともあり、伊豆箱根鉄道にも注目が集まることになった。

「2016年の撮影・放送終了時から、星野さんと新垣さんが座った席にはステッカーを貼って利用者に逃げ恥のロケ地であることをPRしていました。緊急事態宣言中なので、例年よりも観光客は少ないのですが、2人が結婚したことで改めて問い合わせを多くいただいています」と逃げ恥婚フィーバーに声を弾ませるのは伊豆箱根鉄道総務課の担当者だ。

 伊豆箱根鉄道は三島駅から修善寺駅までを結ぶ駿豆線、小田原駅から大雄山駅までを結ぶ大雄山線の2路線を運行している。「逃げ恥」第6話は、駿豆線の車内で撮影された。

「放送後、2人が座ったシートにはステッカーを貼って一目でわかるようにしていました。今回の結婚でお祝いのメッセージ“Happy Wedding”のステッカーを追加しました」(同)

 そして、2人が座ったシートの横にはハート型のつり革も設置されている。ハート型の吊り革は2週間に一度の点検で場所が入れ替わるので、必ずしも星野さんと新垣さんが座ったシートと同じ車両になるわけではない。それでも、ドラマの雰囲気を味わうべく、ファンは駿豆線を訪れてドラマの世界にひたる。

 緊急事態宣言で、鉄道から客足は遠いている。1年以上にも及ぶコロナ禍は確実に鉄道各社の経営体力を奪い、それは限界に近づいている。

 また、コロナ禍が収束しても客足がすぐに戻るとは考えづらい。コロナ後を見据えれば、鉄道各社の経営はかなり厳しいと言わざるをえない。そうした事情から、JR各社は需要の少ないローカル線を中心に減便などの施策を打ち出した。減便を実施しても、縮減できる経費はそれほど多くないが、少しでも支出を抑えて体力を温存する。JR各社は生き残りに必死だ。

 一方、地方に路線を有する中小私鉄や旧国鉄線を引き継いだ第3セクターなどは、もとから運行本数が少ない。そのため、これ以上の減便は難しい。

 以前から、これらの鉄道会社は盛んに誘客を打ち出してきた。そして、誘客の新たな活路として地元の行政などと連携してドラマ・アニメ・マンガなどのロケ地を誘致することにも力を入れる。

 ドラマやアニメ、マンガのファンが舞台になった土地へと足を運ぶ行為は、近年になって“聖地巡礼”と呼ばれて常態化しつつある。沿線人口が減少しているローカル線では、聖地巡礼者による経済・地域振興の効果は無視できない。2〜3年前まで、行政は聖地巡礼という現象に対して、積極的な姿勢を見せなかった。しかし、近年はその状況に変化が生じつつある。

「逃げ恥」で注目が集まる伊豆箱根鉄道は、2019年に劇場版が公開された「ラブライブ!サンシャイン!!」の舞台になった。同作では、沼津や伊豆半島などが描かれているため、伊豆箱根鉄道は劇場版公開に合わせて伊豆長岡駅に「ラブライブ!サンシャイン!!」の装飾を施し、積極的に聖地巡礼者を受け入れた。

 当初、駅舎の外側に装飾ラッピングをしていた。それは伊豆長岡駅が所在する伊豆の国市の景観条例に違反していたため、壁の内側へとラッピングを貼り直しさせられるというミソがついた。

 そんなアクシデントを乗り超え、今でもファンが伊豆長岡駅を訪れる。聖地巡礼によって、伊豆箱根鉄道の利用者は1日あたり100人ほど増加した。1日100人という数字は大都市圏なら微々たる増加だが、ローカル線にとっては大きい。なにより、これら100人の増加は通勤・通学の利用者ではない。沿線外から足を運ぶ利用者は、街の飲食店で食べたり飲んだりするし、グッズを買ったりもする。地元への経済効果も期待される。

「ガルパン」「スラムダンク」の聖地も

 アニメファンやマンガファンの間では、聖地巡礼は決して新しい文化ではない。以前から静かにおこなわれてきた。

 しかし、鉄道各社や行政が聖地巡礼に注目するようになったのはそれほど昔の話ではない。

 茨城県の鹿島臨海鉄道は早い段階から積極的に聖地巡礼者へアプローチをしてきた鉄道事業者のひとつだ。鹿島臨海鉄道は茨城県の水戸駅と鹿島サッカースタジアム駅とを結ぶ路線で、水戸への通勤・通学利用者が多い。

 通勤・通学といった定期利用者のほか、夏季は大洗への海水浴客、試合開催時には鹿島サッカースタジアムへの観戦客といった具合に定期外利用もそれなりにある。

 とはいえ、全体的にローカル線の経営は楽観視できる状況にはない。そんな中、2012年にTVアニメ「ガールズ&パンツァー」(ガルパン)が放送開始。同作は茨城県大洗町に本拠地を置くとされる大洗女子高校が舞台で、戦車道という架空の競技で女子高校生たちが競い合うという内容になっている。

 作中には大洗の街並みがふんだんに描かれていることもあり、ファンは現地に足を運びアニメの世界観に没入する。鹿島臨海鉄道はガルパンの聖地巡礼者に着目し、アニメ放映と同時にガルパンのラッピング車両を導入。

 さらに大洗駅のインフォメーションセンターをガルパンのグッズで埋め尽くした。駅構内もガルパンのキャラクターが描かれた看板やヘッドマークやポスターなどが並ぶ。駅を出れば、駅前広場にはガルパンの顔出しパネルも設置されている。

 それだけではなく、鹿島臨海鉄道は記念入場券を販売し、日付の入った記念スタンプを押す。この記念スタンプは、ガルパンのキャラクターを絵柄にしているだけではなく、月替わりで絵柄が変わるという工夫も凝らしている。ファンは御朱印を集めるかの如く繰り返し大洗駅に足を運ぶが、記念スタンプには日付が入ることもあって推しメンの誕生日に訪れるファンも珍しくない。

 鹿島臨海鉄道は聖地巡礼者を旅行者として呼び込むだけではなく、地元との連携も強化して大洗へと移住するファンの取り込みにも余念がない。

 聖地巡礼は洋の東西を問わない。神奈川県の海岸沿いを走ることで人気の高い江ノ島電鉄は、マンガ「スラムダンク」に鎌倉高校前駅の踏切風景が描かれていることから聖地巡礼者が集まった。

 コロナ禍以前、同地には多くの訪日外国人観光客が大挙して訪れる現象が発生していた。どこにでもあるような踏切にもかかわらず、海外から観光客がひっきりなしに訪れる。江ノ島の近隣は観光コンテンツを豊富に抱えるが、仮に観光コンテンツが乏しい街でもマンガやアニメやドラマで描かれれば観光名所になることを証明した事例といえる。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、外出・旅行の自粛が叫ばれる。それが鉄道需要を喪失させているが、その一方でリモートワークの普及拡大に伴って地方移住の機運は高まっている。

 これまで聖地巡礼は観光需要として捉える傾向が強かったが、コロナ禍をきっかけに、移住へとつなげようとする動きが芽生え始めた。

 地方のローカル線は、移住者を増やすことで息を吹き返す可能性を探る。人気のドラマ・アニメ・マンガが地方鉄道を救うことにつながるかもしれない。

小川裕夫/フリーランスライター

デイリー新潮取材班編集

2021年6月1日掲載

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