「花束みたいな恋をした」は新しいタイプのラブストーリー 性の区別がない斬新さ

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 昨秋以来、映画界で圧勝を続けていた「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」(昨年10月16日公開)に代わり、1月最終週から週末の観客動員数でトップに立つ「花束みたいな恋をした」(1月29日公開)。ヒットも不思議ではない。現在の性差別撤廃の気運を先取りしたような全く新しいタイプのラブストーリーなのだ。

 松山千春(65)の名曲「恋」(1980年)にはこんな一節がある。

♪男はいつも待たせるだけで 女はいつも待ちくたびれて

 長い間、歌も映画もドラマも、男性性(男性らしさ)と女性性(女性らしさ)をはっきりと分けて描いてきた。だが、「花束みたいな恋をした」は男性性と女性性の区別が一切ない。新鮮だ。

 主人公は東京の調布に住む山音麦(菅田将暉、27)と八谷絹(有村架純、28)。どちらも大学生。もちろん、描かれている2人の人格には違いがあるが、2人のキャラクターに性別は関係していないのである。

 例えば、麦に「男だからたくましい」「男だけど弱々しい」といったレッテルは貼られてないし、絹にも「女性なので優しい」「女性なのに強い」といった決めつけ方がされていない。麦も絹も1人の人間としてフラットに描かれている。

 麦と絹がスクリーンに登場する分量もほぼ同じ。恋愛において男女は平等なので、同等の扱いをするのは当たり前のことなのだが、映画やドラマの場合、大半は男性か女性に描く分量が偏っている。

 描く分量が偏るから、男性目線、あるいは女性目線の映画やドラマになってしまう。それどころか、あらかじめ男性向け、女性向けを狙い、偏らせてつくるラブストーリーが大半だ。けれど「花束」は違う。恋愛を2人の人間の物語として描いている。

 オリジナル脚本を書いたのは坂元裕二氏(53)。ドラマ界の大家であるものの、映画でオリジナルのラブストーリーを書くのはこれが初めて。「ドラマは第一に脚本」とよく言われるが、この映画が成功した最大の理由も脚本にほかならないだろう。

 坂元氏はフジテレビ「東京ラブストーリー」(1991年)で世に出た人だが、代表作とは言い難い。この物語の原作者は漫画家の柴門ふみさん(64)であり、坂元氏は脚色したに過ぎないからだ。おそらく坂元氏にとっても「花束」こそ、自分にとって本物の“東京ラブストーリー”だろう。

 ストーリーを簡単に紹介したい。2人はともに学生街にある、東京・京王線の明大前駅で終電を逃したことから出会う。始発を待つために一緒に飲みに行ったところ、2人は好きな音楽や映画、本がピタリと一緒であることが分かり、あっという間に恋に落ちた。

 その後、2人は大学を卒業するが、就職はせず、フリーターをしながら同棲を始めた。2人で近所にお気に入りのパン屋を見つけたり、拾った猫を飼って名前をつけたり、そんな人生の放牧期間のような日々を過ごす。

 だが、生活がフリーターのままでいることを許さず、ともに就職。学生とは何かと違う日々を送り始める。やがて明大前駅での出会いから5年が過ぎた。2人はそれから…。

 刺激的なエピソードは何一つない。ラブシーンすらほとんどなく、しかも露出はゼロ。なのにスクリーンに釘付けになる。物語の行方が気になって仕方がなくなる。

 そして終盤、2人の運命が決するシーンがあるのだが、これが鮮やか。2人の言葉をほとんど用いず、それでいて2人の心象風景の全容を鮮やかに描き切っている。観客側が2人の胸中を読み取る、という手法を採った。

坂元氏と菅田、有村の信頼関係

 菅田は相変わらず抜群にうまい。天才的と言っても良い。大学生を演じている時は大学生そのものだし、物語が進行し、サラリーマンになると、それ以外に見えない。

 文化庁芸術祭の演劇部門で長く審査員をやった記者の先輩に「うまい演技とは何か」と教えを乞うたことがある。答えは「役柄の人物にしか見えない演技。誰が演じているのか分からなくなる演技」だった。顔芸などは演技の優劣に無関係。凶悪犯からナイーブな大学生まで成り切る菅田は間違いなくうまい。

 有村も良い。希望や苦悩が交錯する大学卒業前後の女性を自然に演じた。役柄は普通の女子大生、普通の社会人で、特徴がない分、難役だったが、こちらも絹に成り切った。

 菅田はフジテレビ「問題のあるレストラン」(2015年)で坂元氏と組んでおり、また一緒に仕事をやりたがっていたという。同じくフジ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016年)で坂元氏と組んだ有村もそう。

 坂元氏と菅田、有村の信頼関係はこの映画にとって大いにプラスだったはず。2人は坂元氏の脚本で演じたら、良いものが出来ると信じて疑わなかっただろう。

 坂元氏は過去、娯楽作と呼べるものを書いた例が少なく、人間の本質に迫ろうとする作品が多い。ドラマ賞を独占した日本テレビ「Woman」(2013年)などである。「十九歳の地図」などを書いた作家の故・中上健次氏に奈良育英高時代から心酔していたというから、人間を追求する姿勢は不思議ではない。

 同校を卒業後はフリーターをしながら脚本を学んだ。現在は東京芸術大大学院(映画表現技術/脚本領域)で教授も務めている。芸大は国内最高水準の実力者であるなら学歴などを一切問わずに招聘する。

 坂元氏は日本の脚本界の指導者、研究者でもあるわけで、それを考えると「花束」は単純にウケればいいと思って書いた作品ではないだろう。意図して過去のラブストーリーとは違う、新しい作品にしたかったはずだ。ちなみに夫人はテレビ朝日「相棒」で小手毬を演じている森口瑤子(54)である。

「花束」は1月29日に公開されると、動員、興行収入ともに2週連続で週末の1位に。映画館に行き、「花束」と「鬼滅」の観客層を見比べると、「花束」のほうが圧倒的に若い。高校生、大学生が目立つ。若い観客も性別差がない斬新さにも引き付けられているのではないか。

 森喜朗氏(83)の性差別発言が世界的問題になっている時期にこの映画が世に出たのは皮肉だ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年2月18日掲載

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