松山ケンイチが明かす「家族との田舎暮らし」 2年前に始めた東京との往復生活

エンタメ 芸能 週刊新潮 2021年2月18日号掲載

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畑を耕し、野菜作りに励む日々

 俳優の松山ケンイチ(35)さんは、2018年に北日本の雪深い村に一軒家を購入し、妻の小雪さん、3人の子どもとともに移住。現在、年の半分ほどはその村で過ごし、自ら畑を耕す日々を送っているという。本誌(「週刊新潮」)に明かした田舎暮らしのこだわりとは――。

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 青森県むつ市出身の松山さんは、もともと東京と地方をまるで渡り鳥のように行き来する生活に憧れを持っていたという。

「東京ってすごく気を遣いながら生活をしないといけない場所ですよね。例えば、マンションに住んでいれば、騒音や子どもが走り回る音が近所に迷惑にならないように気をつけないといけない。もちろん、ルールを守るのは当然のことなのですが、そのルールから解放されたところで生活をしてみるのもいいのではないか、と思うようになったんです」

 それから、家族と地方を旅行するついでに、その土地で1カ月暮らしてみる、ということを繰り返し、18年に妻の小雪と相談して現在の土地を選んだ。

「そこに一軒家を建てて、目の前の土地を耕して、畑にしました。広さはテニスコートより少し小さいくらいかな。いまは事務所にも協力してもらって仕事を調整し、年の半分くらいはその村で過ごすようにしています。子どもの学校については、区域外就学制度というのがあって、住民登録されていない子でも村で過ごす期間は地元の小学校に通わせることができるんです」

育てた野菜をジュースにして差し入れ

「せっかくなら野菜を育てたいという思いがあって、育てやすい時期に村に向かいます。いろんな野菜に挑戦していますよ。ニンジン、大根、枝豆、ネギ、小松菜…。去年は知人のビニールハウスを借りて、ミニトマトを栽培しました。それをトマトジュースにして、撮影の時に差し入れていました」

 近隣の住民に農業を基礎から教えてもらいながら、試行錯誤の日々を送る松山さん。

「自分たちの生活を支えている野菜がどう作られているのか、農家さんはどんな気持ちで野菜を育てているのか。そういうことを知っておかないといけないという思いが芽生えてきて、それが野菜作りを始めたきっかけでもありました。生きて行く上で重要なたんぱく源である肉も同様です。動物がどう捌(さば)かれ、人の胃袋に入るまでどういう過程を踏むのか、興味を持つようになったんです」

 村には松山さんが「師匠」と呼ぶ、今年古希を迎える猟師がいる。

「それまではスーパーで買う対象でしかなかった『肉』が生き物であることを師匠はわい(註:松山の故郷の言葉・下北弁の一人称)に気づかせてくれました。いただいた鹿肉は自分で薄く切ってからパン粉をまぶして揚げ、カツなどにして家族と食べています」

東京に居続けることへの違和感

 すでに始めてから2年ほど経つ二重生活は、子育てにも良い影響があるのだとか。

「とにかく虫がたくさんいるんですよ。昨年の夏はセミが羽化する瞬間を初めて見ました。羽化したばかりのセミはものすごく綺麗な緑色をしていて驚きました。自宅の近くには川もあるので、釣りに行きます。東京近郊だとなかなか釣れないヤマメやイワナもたくさんいて、釣れた時は天ぷらにして食べています。

 わいも根っからの田舎育ちで子どもの頃は虫捕りとか、藪の中に秘密基地を作って遊んでいたんで、童心に返って我が子と一緒に楽しんでいますよ」

 今後も少なくとも数年はこのような生活スタイルを続けていくつもりだという。

「もちろん、東京は良い場所だけど、どうしても家と仕事場の往復になってしまって、東京に居続けることの違和感がやがてストレスになっていく。その違和感を拭うために、できれば今年も村に向かうつもりです。村では東京にいる時と違って、いろいろな情報を遮断するので、余計な雑音も入ってきません。渡り鳥だって自分に嘘をつけないから移動するんでしょう。その時々の自分の気持ちを大事にしたいですね」

 2月10日発売の週刊新潮では、松山が田舎暮らしについて語り尽くした5ページのロングインタビューを掲載する。