【オンラインセミナー】バイデンはなぜ勝利できたか ミシガンから報告

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 今回、ジョー・バイデンはなぜ勝利できたのか、2020年大統領選挙についてお話しします。バイデンが勝ったというよりもドナルド・トランプがなぜ敗北したのか、に重きを置きます。ミシガン州からの報告でございます。

ミシガンに居を構えた訳

 私は大統領選挙の取材のために、2019年12月にミシガン州ランシングに移り住みました。

 ミシガン州とはどこなのか。赤い線で囲ってあるのがミシガン州です。ちょうど中西部の東寄り、カナダと国境を接しています。人口約1000万人です。

 ランシングが州都ですが、一番大きな都市はデトロイト、これは自動車の町ですね。GM(ゼネラル・モーターズ)の本社があったりしますが、そこから1時間くらい離れているところに州都ランシングがあります。

 

 ちょうど1年前にこのアパートを借りて――今僕が座っているところがこのアパート。そしてこんな車を買って、アメリカ中をうろうろしている、というところです。

 なぜミシガン州だったのか。それは2016年の大統領選挙で、トランプがヒラリー・クリントンに最小僅差の0.2ポイント差で勝利を収めた激戦州だったからです。差は票数にして約1万票です。それが1つの理由。

 もう1つは2020年の選挙で、民主党候補のバイデンが同州を取ることができるかどうかが勝敗を決める。トランプが取るのかバイデンが取るのか、このミシガンがとても大切だということで、ミシガンに住んでみました。

 なぜ2020年の大統領選挙なのか。

 ぼくは、2016年の大統領選に当選するまで、トランプのことをそんなに詳しくは知らなかったんです。が、そのあと本を読んで、その正体を知る。

 その正体とは何ぞやといえば、人種差別主義者、事業の度重なる倒産、虚言癖などなど。果たして、こんな人を選んでアメリカの民主主義は大丈夫なの? という危惧をしておりました。

 もう1つ、アメリカ人はトランプを再選させるのかという点に、非常に興味がありました。

 実際どんな本を読んだのかというと、ワシントン・ポスト取材班、マイケル・クラニッシュ、 マーク・フィッシャー『トランプ』(文藝春秋)。もう1冊が、フリージャーナリストのマイケル・ウォルフが書いた『炎と怒り』(早川書房)。

 これを読むと「あーしんどいな」という感じの人です。

 大統領選挙は、選挙人を270人以上取ったら勝ち、という制度があります。で、2016年の選挙では、トランプが306票、クリントンが232票を取り、トランプが当選した。

 この地図をよくよく見ていただくと、ブルーで囲んだ真ん中のミシガン、左のウィスコンシン、右側のペンシルベニアという3つの州を、トランプが民主党側から取り返したということが、トランプが勝つ要因になっています。逆にもしクリントンが勝っていたら、クリントンが当選です。ここをよく頭に入れておいてください。

 トランプが勝つだろうと誰も思っていなかったんですが、逆転して勝ちました。トランプは大番狂わせを2016年に演じたわけです。

 しかしトランプは大勝したわけではない。野球でいえば2対1とか1対0とかいう僅差、それも9回裏で逆転したような接戦を制したというものです。

 先ほどのミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアでの差は、1ポイント以内に収まっております。非常にギリギリで勝った。

当選に一番驚いたトランプ

 選挙結果に一番驚いたのは誰だ。トランプ自身です。2016年はトランプ自身も勝つと思っていなかったんです。

 トランプ陣営で唯一当選すると信じていたのが、スティーブン・バノンという当時の参謀です。でもトランプは開票当日夜まで、当選するとは思っていなかったという事実でございます。

 トランプは選挙に強くありません。選挙人では306人取りましたが、全米の得票数では290万票差でクリントンに届かない。

 米の選挙制度では選挙人を多く取った方が勝ちなんですが、全米での投票も数えるんです。その全米での得票数では290万票差でクリントンに届いていない。でもトランプが大統領に当選した。

 全米の得票数で負けながら選挙人数で勝ったのは戦後2つの選挙だけです。2000年のジョージ・ブッシュ(子)vs.アル・ゴアと、2016年のトランプvs.クリントンですね。それぐらい接戦だったということです。

 トランプとはどのような政治家か。1946年生まれの74歳。ニューヨーク州ニューヨーク市生まれですが、祖父がドイツからアメリカに渡ってきた移民3世ですね。父親が不動産業で財を成し、父親から資金援助を得て自らも不動産業に乗り出します。

 1990年代、不動産業で何度か倒産を経験。2000年には1回大統領選に出ています。これは「リフォーム・パーティー(改革党)」という政党からでしたが、これは早くに撤退しております。

 その後、テレビ司会者として大ブレイク。2004年から2015年まで「アプレンティス」という番組でホストを務めるんですけれども、たぶんここが、日本人とアメリカ人の情報の差として埋まってないんじゃないか、トランプを見るときに。トランプ支持者の目線にいまひとつなりきれないのは、この番組を見てないからじゃないかなと思うんです。ぼくは「アプレンティス」のDVDを買おうとしていますが、自分の課題としてこの情報ギャップを埋めようと思っています。

ジャイアンのような人物

 一番最初にトランプ支持者に取材したのは、2020年1月15日、ウィスコンシン州ミルウォーキーです。写真の真ん中にいるのがトランプです。熱狂している人たちの様子がわかりますね。うんざりするくらい熱量が高い人たちです。これがトランプの支援者集会。

 途中で、バーニー・サンダースの支持者がトランプの集会に入っていて、つまみ出されるんです。その時のトランプの決め台詞は、

「オレの集会ほど面白いものはないだろう!」

 という。そういう非常に熱量の高い支援者集会を、コロナ前ですけれども開いておりました。

 トランプ支持者とはどんな人たちか。

 同じミルウォーキーの集会で写真を撮りました。左の女性は、集会の前夜から並んでいる人。最低気温はマイナス10度くらいですよ。この女性が怖かったんですよ。トランプは神の生まれ変わりだ! なんて話を、この寒空の中で1時間くらいする。怖かった。

 これは、その1週間前くらいにオハイオであった集会の人たちなんですけれども、左の人は福音派という教会の牧師さん。息子2人を連れてトランプの集会にやってきました。この牧師さんには、後に宗教とトランプに絡んだ話も聞きました。

 トランプってどんな人? 人柄をたとえるならば、ドラえもんに出てくるジャイアンみたいな人物ですね。オレの物はオレの物、お前の物はオレの物というジャイアンの名言があり、こうした考えを「ジャイアニズム」というそうですけれども、トランプはそんな人です。どういうことかというと、トランプにとって責任を取るのは他の誰かであって、手柄はオレの物、というわけですね。

 もう1つ、どんな人かと聞かれて答えるとするならば、迷惑系ユーチューバーみたいな人。あちこちでトラブルを起こしては、揉めた相手を威嚇する。そんな人を思い浮かべてみると、トランプがぐっと身近になるでしょう。

病的なウソつき

 トランプの評価については、支持者と反トランプで大きく評価が分かれます。

支持者にとってはカリスマ性がある、有言実行の政治家、庶民目線の政治家、アメリカの国益優先。これが反トランプ目線になるとどうなるか。国内の分断を煽る政治家、病的なウソつき。

 この「病的なウソつき」はキーワードになりますが、誰が言ったかというと、バーニー・サンダースという大統領予備選の民主党候補者なんですね。さらにテッド・クルーズという共和党の上院議員。英語でいうとパソロジカル・ライヤ―(pathological liar)といいますけれども、そういうふうに政治仲間や政敵からいわれているわけです。胸襟を開くのは、自分と似た白人男性だけか、というのが反トランプ目線です。

 トランプは大統領就任以来、2万回以上のウソをついていると、これは『ワシントン・ポスト』が数えてそういっております。

 トランプ就任以来の、一番の大きな嘘の始まりというのは、2017年1月の就任式に参加した人数を盛ったことですね。参加者は25万人くらいとマスコミが言ったら、“そんなことはない、150万人は来た”というわけですよ。

 どう見たってそんなに来ていないけれども、150万人だと強弁する。それもメディアを呼んで、記者会見を開いて。公式のチャンネルでガンガンいうわけです。

 主要メディアはこの一件で、「トランプは用心しないといけない」ということになった。私人としてもさんざんウソをついてきたんですよ。だけども、政治家としてもウソをつくということで、メディアが警戒を強めるきっかけとなりました。トランプの発言には常に、ファクトチェックが必要となる状態です。

 ぼくが見たトランプのウソがあります。2020年10月27日、ミシガン州ランシングにトランプがやってきました。1万人ぐらい来ていて、その中に混じってぼくは見ていました。このときどんなウソをついていたか。

「オレは12年前、ミシガン州で最も活躍した人物に選ばれた時、『なぜミシガンは自動車産業の仕事口を、賃金の安いメキシコやカナダに流出させているんだ』と言った。賞を貰って文句を言ったのはオレぐらいだろ」

 これを冒頭の方で言います。すると、聴衆がワーッと沸く。拍手大喝采。それに続けて、すぐ言いました。

「オレは安倍(晋三)首相に『日本はもっとミシガンに自動車工場を作らないといけない』って言ったんだ。その翌日、日本の自動車企業がミシガン州で5つの工場を建てると発表した」

 で、ここでまた観客が沸く。

 これは、どちらも全くのウソ。もともと、“ミシガン州で最も活躍した人物”などという賞自体がないんです。ないのになんでこんなことを言うかな、という話ですね。大衆受けすればなんでもいいわけですよ。観客が受ければ何でもいい。トランプは息を吐くようにウソをつく、ということなんです。

鉄板支持者だけを固める

 こういうトランプを嫌う人たちもいるわけです。これは2020年9月1日、ウィスコンシン州ケノーシャというところに行ってぼくが撮った写真です。この女性たちは、トランプの車に向かって中指を突き立てている。

 このケノーシャというところは、ぼくが行った9月1日の10日くらい前に、黒人男性(ジェイコブ・ブレイク)が背中から、白人警察官に7発弾を撃ち込まれて半身不随になるという事件がありました。これはあまり日本では報道されておりません。ミネソタ州ミネアポリスで黒人が白人警官に膝で首を9分近く押さえられて死んだ事件(ジョージ・フロイド事件)とはまた違う事件が起こったんです。

 それを受けて、トランプがケノーシャに来るというのでぼくは見に行ったんです。そしてトランプの車が出入りする会場に、こうやって中指を突き立てている人たちがいる。熱狂する人たちがいれば、一方嫌う人たちもまたいる、ということです。

 トランプの2020年に向けた選挙戦略とは何か。鉄板支持者だけを固める、支持層を拡大しない、ということです。

 普通、大統領2期目になったら、支持層を広げたりもするんですけれども、これをしない。これはトランプのとても特異な、変わったところ。トランプだけじゃないかな、こんなことをしたのは。なぜなら、好きなことを好きなように言えるから。好き放題言える。ウソもつける。

 大統領になると、人は大統領らしく振舞おうとか、しっかりしようという話になるんですが、この人にはそんなのがない。大統領になっても好き放題。そのためには、支持層を拡大しない。

 で、鉄板支持者とはだれかというのは、高齢の白人男性、郊外に住む白人女性、保守的な白人キリスト教徒、白人福音派やカトリック教徒、警察官、人種差別主義者、プラウドボーイズ、陰謀論者Qアノンなどなどです。白人がベースの支持者の人なので、そのあたりを固めていこうとしました。

 選挙公約はほとんどないんです。新型コロナ以前の経済の好調を取り戻す、というような感じで、政治家としてビジョンが乏しいというのも、トランプの1つの特徴かと思います。

差別発言に反発したバイデン

 では、大統領になるジョー・バイデンはどんな人なのか。

 1942年ペンシルベニア生まれ。父親が職を失ったために、中学校に入る前ぐらいにデラウエアに引っ越します。

 そのデラウエアで1972年、最年少で上院議員に当選。29歳ですね。そして2021年に最高齢で大統領に就任する予定。就任時には78歳です。

 敬虔なカトリック教徒です。子供のころは吃音で、それでいじめられたというのは、いろんなところで書いてありますし、本人自身も言っております。

 上院議員当選直後に、妻と娘を交通事故で亡くす。

 1988年に大統領選挙に出馬して、失敗。2008年に2度目の大統領選挙に出馬して、失敗。2008年にバラク・オバマが大統領に当選した時、副大統領となります。

 2020年の出馬理由は何かというと、トランプの差別的発言に反発したからなんです。

 これは、2017年バージニアのシャーロットビルであった事件がきっかけです。KKK(クー・クラックス・クラン)みたいな白人至上主義者と、それに反対する人たちのデモがシャーロットビルであり、お互いがぶつかった時に、差別主義者の1人が車でデモに突進して、デモ隊の1人が亡くなった。そういう悲劇的な事件がありました。

 この事件の後、そのあとトランプは記者会見で言うんです。

「どちらにも、いい人はいた」

 と。人種差別主義者にも、デモ隊にもいい人はいた。デモ隊の方は構わないけれども、人種差別主義者たちを「いい人」という発言は、トランプが、少なくとも戦後初めてですね。大統領は、万が一そういうことを思ったとしても口には出さないんだけど、これは「very fine people on both sides」と言っている。人種差別主義者を「fine people」と呼ぶ言葉を聞いて、バイデンは「これは大変だ」ということで2020年の出馬を決めます。

 彼は挫折の人、不遇の人で、カリスマ性は低いです。トランプとは対極に位置する政治家であります。

 この写真は2019年12月28日、アイオワ州でのバイデンの集会です。ちょっと熱量が低いですよね。

 当時は触れるぐらい近くで取材できたんです。この人は本当に庶民派というか、電話番号聞きたい人がいたら教えるから、と有権者に実際教えるような人なんですね。庶民派。トランプではこんな光景はないんではないかな。会ったことのない有権者の肩をいきなり叩くなんてないと思います。

 なぜ彼がカリスマでないかといえば、やはり吃音があり、演説がうまくなかったからだとぼくは思っています。演説のうまいへたはカリスマ性と非常に関係あるのではないかと今回気づきました。

 これは2020年3月9日、アメリカのコロナの非常事態宣言直前です。原稿を読んで話をするから、カリスマ性から遠いところにあると思います。今は吃音は出ないですよ。でも、よく言い間違いとか指摘されますが、それは吃音に負うところが大きいとぼくは考えております。

コロナを軽視するトランプ

 2020年の大統領選挙は、トランプ信任投票の色合いが強いという形になっています。

 新型コロナを巡るアメリカの数字はいろいろありますが、アメリカの死亡者数は26万7000人(12月3日時点)。アメリカの人口は日本の3倍だから、約9万人が、日本に換算すると亡くなっている計算になる。しかし日本の死亡者は、ご存じの通り2000人強(同)ですね。文字通り桁が1個違いますよね。非常にひどい。

 これはどうして起こったのか。トランプのコロナ対策が迷走したからですね。2020年3月13日に非常事態宣言を出しましたし、他にも、いろんな資金をつけたり、作業部会を作ったりするんだけれども、これが迷走します。

 特に迷走ぶりを表しているのが、連日ホワイトハウスで記者会見を開くんですが、ここにトランプがしゃしゃり出るんですよ、ジャイアンだから。コロナ対策作業部会のトップは副大統領のマイク・ペンスですが、彼を差し置いて、自分が自分が、と出てくるわけです。で、いろんなウソをつく。コロナはすぐなくなる、大丈夫だ、とか言いながらね。

 一番ひどかったのは4月23日、

「消毒液を注射するとコロナに効果があるかもしれない」

 というわけです。さすがに消毒液を打った人はいない、そのせいでアメリカで亡くなった人はいないけれども、本当に打った方がいいのか、という問い合わせがいろんなところでいっぱいありました。消毒液を注射したら死にますよ。それでもこうしてコロナを軽視する態度をとる。

 なぜコロナを軽視したのか。自分自身の再選のために経済活動を優先したからです。トランプにはGDP(国内総生産)の伸び、低い失業率、高い株価、この3つが必要だった。だからコロナでロックダウンすると数字が悪くなる、というのが一番の理由ですね。

 トランプがやったと主張するコロナ対策は、中国からの入国規制を早く敷いたこと、あと人工呼吸器を大量に生産したことなんですが、これが全然効いてないということです。

 トランプはマスクを着用しないわけです。理由は、自分とその周囲は頻繁にコロナの検査を受けて陰性となっている、と。

 マスク着用は推奨されるものであって押し付けられるものではない。という。これは、トランプにとっては強さの証なんですよ。マスクなんかつけない、コロナなんか気にするな! という意味です。ひどい話ですよ。これで、トランプ支持者もマスクをしない。これが、コロナがここまで広がった大きな理由だとぼくは思っています。

命に関わるウソ

 コロナ対策においてもジャイアニズムが出てきます。対策で成果があれば、それはオレの物だ、と。誰か失敗したら、それは部下や州知事の責任ということですね。責任を取るのは、アメリカの感染症対策のトップであるアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所長だったり、グレッチェン・ウィットマー・ミシガン州知事をはじめとする民主党の州知事だったりするわけです。

 あなたは責任を取りますか、と記者に問われて、“I don’t take responsibility at all”と言ったのを、4回ぐらいぼくは見ましたね。あれだけ国民が亡くなっているのに、「責任を取りますか」と言われて、全然取らない、と言うわけですよ。そんなことありますか。これがトランプです。

 オクトーバー・サプライズという言葉があります。大統領選挙が11月にあるので、10月にいろんなサプライズがあるといわれるのですが、今年のオクトーバー・サプライズは、2020年10月2日、トランプ自身がコロナに罹ったということ、ホワイトハウスが集団感染源になったということです。ところがトランプは1週間も経たずに退院し、直後にホワイトハウスでマスクを取って敬礼した。

 日本で考えれば、コロナの死者が9万人になっても首相がマスクをせず、その首相自身がコロナに罹って、首相官邸で集団感染が発生したという状況ですね。そうなったら支持しますか? そんなことをしているのがトランプです。

 みんなが苦しめられているコロナですが、たった1つ貢献があったとすれば何か。それは、トランプのウソが危険なウソであることを暴いたこと、です。

 トランプはこれまでもさんざんウソをついてきましたが、コロナに関するウソによって、この人がついているウソは命に関わるウソだと暴いたことです。これが皮肉にも、コロナがやったただ1つの貢献ではないかとぼくは思っています。

不利を感じて陰謀説の種蒔き

 今回の選挙では、ペンシルべニア、ウィスコンシン、ミシガンをとったことでバイデンが勝利を決めます。

 負け戦が春先に見えてきたので、トランプは仕掛けをしてきました。それは何か。

 陰謀説の種蒔き。つまりウソです。ウソの種蒔きを始めてきました。ではどんな種を蒔いてきたのか。

 郵便投票は不正選挙の温床になる、というわけです。でもこの陰謀説はウソです。

 なぜこれがウソかというと、大規模な不正投票が起こらないような仕組みになっているんです。アメリカでは大規模な不正は起こらない。1票2票は可能。でも選挙結果を覆すほど大規模な不正投票は起こらないんです。

 それは2018年1月、トランプが不正投票の調査を断念したという報道に表れます。「トランプ大統領は3日、2016年の大統領選で数百万人規模の不正投票があったとする自身の主張を調査していた委員会を解散」した、というものです。

 2016年の大統領選挙で、総得票数では民主党のクリントンに290万票届かなかった。だから不正があったのではないか、と考えて委員会を立ち上げたのですが、結局何も見つけられなかったということです。これはトランプだけではありません。ブッシュ(子)も同じような委員会を立ち上げて、同じような結果に至っております。

 陰謀説を信じるトランプ信者が集まっています。写真は2020年11月7日以降のミシガン州議事堂前で、うちから10分ほど離れたところです。

 11月7日というのは何かというと、この日にマスコミがバイデンの当確を打ったんですね。そこですぐに、車に乗ってミシガン州議事堂に行ったら、こんな人たちが集まっていた。この人たちはトランプ信者です。左の人たちは自動小銃を持っている。銃を持っている人がいっぱいいるんですよ。「これは不正選挙だ! 選挙を盗まれた!」と後ろで叫んでいる。

 右の写真は、8人の子供のお母さん。この一家も、トランプは選挙を盗まれた、と言っていたわけです。こんな小さい子供もいて、胸が痛い。

 このおじさん。自動小銃の名前をAR15と教えてくれました。神々しい感じがするけれども、このおじさん――マイク・ピニュースキーという人は、銃を持っている理由をこう説明する。

「憲法で保障されている権利を行使しているだけだよ。誰かを脅かしたり、攻撃するつもりはないんだ。何かもめ事が起こったら、仲裁に入るのに銃は威力を発揮すると思って持ってきた」

 さらに、民主党は不正選挙だけにとどまらない、ともいう。

「9・11の同時多発テロの裏でも、民主党は陰で糸を引いて、テロ集団を助けていた」

 情報源は何? と聞いたら、

「ユーチューブやフェイスブックで探せば、いくらでも証拠になる情報が見つかるよ」

 新聞とか読んでないのですよ。こういう人たちがミシガン州議事堂前に集まっていた。

 この人はミシガン州議事堂前で行っている集会の主催者。

 ケビン・スキナー、34歳です。

「オレたちは、連邦最高裁で不正が明らかになることを望んでいる。新聞のファクトチェックなんかあてにならん。最高裁でトランプ側の訴えが認められなかったら、オレたちは武器を手に取って戦争も辞さないつもりだよ」

 そう語る本人の腰にもピストルが差さっておりました。うーん、厳しい。

ウソを信じる人々

 トランプ信者と支持者の違いは何か?

 信者はトランプのウソを信じ、選挙結果を否定する。先ほどの写真で出てきた人たちです。

 支持者は、トランプに投票しても、そのウソは信じない。例えばジョージア州の州知事ブライアン・ケンプや、ダグ・デューシー(アリゾナ州知事)など。この人たちは共和党ですが、ここで挙げた州はいずれもバイデンが勝ちました。

 するとトランプは、これらの州知事にプレッシャーをかけて選挙結果を変えろ、と言うわけです。そんなことはできないと言ったのはこの州知事や、その下につく副州知事などですね。セクレタリー・オブ・ステート(州総務長官)なども変えられないと言っております。

 だから彼らは、共和党だからトランプに投票しているけれども、そのウソは信じない。支持者ではあっても信者ではない、ということです。

 では、どれぐらいの割合で信者が支持者の中にいるか。

 これは最近の世論調査ですが、トランプに投票した7300万人の77%が、不正選挙でバイデンが勝ったと信じている。単純に計算すると5600万人、これがトランプ信者、投票してウソも信じているという信者の数です。

 トランプ政権における最大の罪とは何か。それはウソや陰謀説を信じる大勢の人たちを生み出したことではないかと思っております。

難しい「分断」の修復

内木場重人(フォーサイト編集長):バイデン勝利といっても、トランプに投票した人が7300万人いる。これは、負けたとはいえこれだけの米国人が支持した、票を入れたということはすごく重い事実だと思うんですけれども、この結果が今後のアメリカ政治にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

横田:トランプが7300万票を取ったということは、非常に重いですね。こんなに取るとは、ぼくは思っていなかった。もっと伸びないと思っていたら、ぐんぐん伸びて票を取りました。

 トランプのウソというのはけっこう勢いがあるんだな、ウソに乗っていてもかなり勢いがあるということ。

 またトランプの1つの功績として、今まで政治に興味なかった人を巻き込んだということだと思うんですね。だから票が増えた。だけどもその票というのは、先ほど自動小銃を持っていたおじさんみたいに「9・11」まで陰謀説だと言い出したりする人でもあったりするから、これは痛し痒しというのか、いいところもあれば悪いところもある。

 そういう人たちを政治に引っ張り込んできたということは、そういう人たちも見ながら政治しなければならないことになりますから、不安要素になるんじゃないかと思う。

内木場:日本でも報道で言われていましたけれども、まさに分断ですよね。分断の結果が票に表れているという感じです。全体でいったら拮抗しているような票数ですから。それに関した質問も来ています。

 接戦の大統領選でしたけれども、明らかになった分断を踏まえて、アメリカはそれをどのように修復していくのか。あるいは修復しないのか、できないのか。

横田:どうやって修復していくか。民主党とか共和党という党派主義を乗り越えてバイデンが政治をしていけるのかどうか。いろんな声をどこまで拾い上げられるのかというのが1つ課題ですね。

 でもこれは、バイデンの4年間でできるとはとうてい思えない。この分断はもともとある分断ですけど、その分断に楔を打ち込んだのはトランプです。その楔をはずしてセメントを塗って埋めていくという作業はとてもとても……4年で決してできそうな感じはしないですね。

 というか、4年後にさっきの写真のおじさんたちが納得しているようにも思えないですよ。陰謀だ、選挙を盗まれたと言っている人たちが、4年後に「バイデンは立派だ、納得した」というふうになっているとは思わない。10人のうち4、5人になっていれば修復したということになるでしょうが、その絵が見えないですね。

 彼らが持っている情報と、一般人が持っている情報とがまた違ったりもする。「9・11」の陰謀はユーチューブやフェイスブックに出てきますと言われても、えーっという。それで銃持ってこられても、みたいな感じですね。厳しいですよ、ほんとに。修復されることを願っておりますけれども。非常に難しいと思います。

日本にもポピュリズムが来る?

内木場:自動小銃を持ってデモに行く一般市民というのは、やはり日本人の感覚として、映画かテレビドラマの世界でしか見たことがない。今回の大統領選で、実はリアルにそういう社会なんだということを、まざまざと日本人も感じたかなと思うんですけども、だからこそこの分断は深刻だと思います。

 昔から、アメリカの流行が遅れて日本にも届く、ということが歴史的にずっとありますが、今の分断やトランプ教信者、トランプ的な存在への支持といった気運や流れが、日本にも遅れて届いてくるのではないか。いわゆるポピュリズムという流れが日本にも届いて起こりうるでしょうか。

横田:ポピュリズムという意味では、橋下徹さん(元大阪府知事、元大阪市長)とかがそれに当たりますよね。だいぶ小さいけど、「NHKから国民を守る党」の立花孝志さんとか。

 ポピュリズムというのはそういう国民の心の隙間に入っていくんです。今回なぜトランプがこんなに得票したかというと、忘れられた人たち、経済繁栄の中でグローバリズムに乗り切れなかった人たちの心の隙間に入っていったから。これがトランプの陰謀説が入り込んでいった一番の理由でもあると思うんですけども。

 ポピュリズムは民主主義の一部ではあるんだけれども、でもそれはいい結果をあまり生み出していない。それに来てほしいかというと、来てほしくない。でも、日本にも同じようになる下地が、はぼくは見えるような気がします。

内木場:そのへんはちょっと怖いところですね。

横田:望むところでは全然ないですね。

ユダヤ人の影響は?

内木場:次の質問です。

 アメリカの大統領選挙には、ユダヤ人ロビーの影響が強いという話を聞いたことがあります。今回のバイデン勝利によって、ユダヤ人社会の影響力は弱まった、とみるのは早計でしょうか。

横田:ユダヤ人ロビーについてはぼくは取材しておらず、テレビなどで見聞きしたことですけれども、今回ユダヤ人は7割以上がトランプに投票したと言われております。それは、エルサレムにアメリカの大使館を持ってきたことが大きかったのではないかと思っております。

 中東と絡めてとなると、ぼくは非常に情報が乏しくなってくるのですが、でもトランプは非常にユダヤ人を意識しておりました。

 トランプの娘イヴァンカの婿がジャレド・クシュナーというユダヤ人だったこともあり、彼をチームリーダーにして中東の問題に取り組ませておりましたので、ユダヤ人票はかなりあてにしていたと思います。実際、ユダヤ人票もかなりとった。

 だからバイデンになると、それが逆になる。バイデンに投票した人は1割2割になるから、ユダヤという楔ははずれ、自由になれるのかなと思います。自由になった方がいいのか悪いのかは立場によって答えが違ってくると思いますが、ユダヤ問題に対する立場は、これまでのトランプとは変わってくることはあると思っています。

取りにくい対抗措置

内木場:バイデン側はすでに勝利宣言をしていますけれども、トランプが最後まであがいていることに関して、何か対抗措置を講ずるような動きはあるのでしょうか。

横田:記者会見があるたびに、バイデンは「訴えるのか」とか「どうするんだ」と聞かれていますけれども、まだ何も言ってませんね。ここでバイデンが慎重なんですよ。それは先ほど言ったようにトランプが7300万票取ったからで、そこで熱狂的な信者がついている、ということもあるんですね。下手に動くと彼らを刺激して何が起こるか分からないという状態にありますから。

 ぼくも選挙前日に、防弾チョッキやヘルメットを買ったりしました。軍事クーデターみたいなものは遠ざかった気はしますが、まだミシガン州のランシングでも公聴会が開かれているんです。昨日は昨日でルドルフ・ジュリアーニ弁護士がミシガンに来て、公聴会でしゃべっていたように、まだ非常に粘っているんだけれども、それに対してバイデンはまだ強い姿勢をとっていない。正式に決まると、今度は強く出られるのではないでしょうか。

内木場:対抗措置を講じるというのは、トランプと同じ土俵に上がって自分の価値を下げてしまうみたいな感じ方もあるのかな、という気がしたんですけれども。

横田:それも見えますね。「トランプを訴追するのか」と聞かれた時に、バイデンはするともしないとも断言しないけれども、しないというようなニュアンスでしゃべっている。それはトランプと一緒になってしまうという意識がありますよね。

 なんでも裁判するというのは、分断を生んできたトランプと同じ手法じゃないか。それをするとまた新たな混乱が生まれるんじゃないかというような逡巡は、バイデンには見えます。

コロナ禍での取材

内木場:コロナに関しての質問なんですけれども、現状も含めて、ミシガンでのコロナの感染状況はどんな感じでしょうか。横田さん自身が実感として、自分の身に常にコロナ感染の危機を感じているんでしょうか。

横田:取材以外はあまり家を出ないんです。買い物くらいしかしないんですけれども。ミシガンでも同様に、数字は上がってきております。全米並みに上がってきております。

 ランシングは人口10万人くらいなので、ばたばた人が倒れていて、病院がいっぱいだという感じはないんですよ。

 ぼく自身はいつもマスクしているんだけれども、トランプの集会では、誰もマスクしてないですよね。そういうことも含めて信者なんですよね。マスクをしない、とトランプがいったことをずっと守る。だから彼らがまき散らしてるのかなとも思う。

 彼らを取材したときは、もちろんぼくはマスクをしているし、帰ってきたら手も洗うしうがいもするけれども、正直ちょっと怖いなという気持ちはあるといえばありますね、

内木場:床屋さんに直接インタビューするのに、ただのインタビューじゃ生の声を聞けないから、散髪をしてもらって聞かないと意味ないだろう、でもコロナに感染する可能性がある。これは取材方法としてどうだろうか、ということをわれわれもいろいろ相談しましたけれども、結局やっていただきました。ああいう時などもかなり感染の可能性、リスクが高かったわけですよね。

横田:ミシガン州ではコロナ以降床屋の営業が禁止されておりまして、その中で唯一開けていたおじいちゃんの床屋がいて、そこを取材しようとしました。ところがお客さんが5時間ぐらい待っているんですね。他にどこも床屋が開いてないから。

 それがみんなマスクしてないんですよ。ぼくはサージカルマスクみたいなものをつけていましたが、並んでいる客はみんな白人で、マスクしない。ぼく1人がアジア人で、マスクしている。非常に目立ちました。

 トランプ信者になると、コロナに罹っても「いい休日だった」と言い出す人もいる。それはもう埋まらないですよ。それを投票日に言っていたおじさんがいて、それはちょっとなあと思った。

内木場:なんかのんきすぎますね。

横田:全然感覚が違いますね。ほんとに全然感覚が違う。今までコロナ検査2回受けてます。2回とも陰性でした。

戸別訪問「潜入取材」も

内木場:取材手法に関しての質問なんですが、フリーのジャーナリストとして、大手メディアみたいに会社の記者証パスがあるわけじゃない、そういう中で取材していて、困ったりしたことはありますか。そういう時にはどうしていたのでしょうか。

横田:正式取材がなかなか難しいですね。

 普通ならば7月に民主党大会、8月に共和党大会があるんですが、その取材には記者証がいるわけです。そこで申請したのですが、民主党は断られたんですよ。

 民主党の申請手続きは簡単でした。名前と媒体名を書いておしまい。でもダメだと。ところが共和党は山ほど書かされるんです。あれやこれやを記事にするつもりだ、と書かされて、これで共和党はOKだった。

 これが「ナントカ新聞」とかになると、すぐOKが出るのでしょうが、そういうことじゃないから、やはり正式取材はしんどいです。

 バイデンも、去年はとても近くで取材できたけれども、今は近くにさえも行けない。というのも、バイデンはワシントンDCから記者を連れてくるからです。彼らはコロナ検査とかパスしている人たちなんですよ。バイデンがミシガンに来た時にぼくは見に行ったんですけれども、記者会見の近くにさえも行けない。そういうディスアドバンテージはあるものの、それなら聴衆と一緒に見てよう、というような感じで取材をしております。

 あと1つ、ぼくは潜入取材というのも今回しております。ミシガン州共和党の選挙事務所に入って、ボランティアとして戸別訪問を1000軒しております。そこらへんも、まともにいくと面白い話にならないから、例えばトランプやバイデンと1対1で1時間話せるとなるとまた話は違うけれども、それは無理な話なので、下から下から見ていくか、という感じでございます。

新聞がファクトチェック

内木場:最後の質問です。メディアに関するものですが、アメリカのメディアと日本のメディアの違いとして何か感じたことはあるでしょうか。

横田:大統領選になると圧倒的に陣営が違います。日本のメディアは例えば大新聞であったとしても、かなわないですよね。せいぜい5人とか10人ぐらいでやっている。

 たとえばジョージ・フロイドという黒人がミネアポリスで殺されました、と。その騒動をぼくは取材に行きました。でもぼくがうろうろ歩くよりも、『CNN』を見ていた方が情報がいっぱい入ってくるんですよ。だから本当は『CNN』の情報は入るんだけれども、それでは記事にならないからと思って歩くわけです。

 他に、こちらに来て一番思うのは、横並びの記事がないということですね。日本の朝刊を3紙4紙並べてもそんなに変わらないじゃないですか。似たような記事に違う見出しがついているくらい。でもアメリカは、新聞3紙とるとどれも違う。『ニューヨーク・タイムズ』も『ワシントン・ポスト』も。オリジナル取材が徹底しているなという感じだし、オリジナルで情報を引き抜いてくるし。

 それはテレビでも同じですね。オリジナルということにとても重きを置いて、日本みたいに抜いた抜かれたということがない。

 あとアメリカのメディアで思ったのは、ファクトチェックによって伸びてきたということですね。トランプがウソばっかりつくので、ファクトチェックが必要になって、それで新聞の需要が高まっている。

 トランプが何か言ったら、「ファクトチェック」という言葉を入れて検索すると、だいたいトランプのウソが出てくるんですよ。そういうところで非常に調子いいみたい。日本の新聞は非常に厳しいようですけどね。

就任式まで見届けて

内木場:そういう意味では、横田さんの取材はまさに他のメディアがやってない、他のメディアでも横田さんほど取材しているメディアはそうそうなかったのではないかという気もします。1人で広い全米を飛び回って、というかだいたい車の移動ですからね、移動時間もすごく大変だったと思います。

 まだ横田さんは、しばらくはミシガンにいらっしゃるわけですよね。いつ頃まで取材のご予定ですか。

横田:1月20日の就任式をワシントンDCで見て帰ろうかなと思っておりまして、今日もこれからトランプが来るジョージアに、2日ぐらい運転して行こうかなと思っています。

 就任式ですが、もしかしたら見られないかもしれないという危惧があるんです。式の規模を縮小するのではないかと言われているんですね。

 ただその同じ週に、トランプが2024年大統領選への出馬宣言をするのではないかという噂もあるんですよ。だからちょっとそこまでは残っていようと思っております。

内木場:コロナも含めて気を付けて取材を続けてください。ありがとうございました。

横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年12月26日掲載

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