「ウッズ父子」に見る「技術」だけではない教育の意義 風の向こう側(85)

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 クリスマスを目前に控えた12月の週末に米ゴルフ界の話題を独占したのは、親子で競い合うゴルフの大会「2020 PNCチャンピオンシップ」(12月19~20日、フロリダ州オーランド、「リッツ・カールトンGC」)に出場したタイガー・ウッズ(44)父子だった。

 ウッズの長男チャーリーは大会史上最年少の11歳で出場。ウッズ父子の練習風景やプレー風景がウェブニュースやSNS上で紹介されると、ちょっとした動作からスイング、ガッツポーズにいたるまで、「あまりにも父親そっくり」「まるで双子」と人々は目を丸くした。

 スクランブル方式で競われた2日間36ホールの試合中、チャーリーが正確なショットでフェアウェイを捉えると、父親ウッズはそれ以上の理想的なポジションを自分が捉えることはないと即座に判断し、ティショットを打たずに歩き出すこと、しばしばだった。それほどチャーリーのゴルフの技量は、すでに高いレベルにある。

 175ヤードを5番ウッドで狙い、ピン1.2メートルに付けて楽々イーグルを奪うなど、11歳とは思えないほどの飛距離や正確性も身に付けている。

 すでに地元の「サウス・フロリダPGAジュニアツアー」では2勝を挙げているが、200人超の観衆が集まった今大会は、

「一斉にスマホを向けられる中でのプレーはチャーリーにとっては初めての経験で、ジュニアの世界とはまったく異なる別世界だ」

 と、ウッズは開幕前から少々不安げだった。

 だが、蓋を開けてみれば、ウッズ以上の活躍でスコアメイクに貢献。最終的には優勝したジャスティン・トーマス(27)父子(コーチでもあるティーチングプロの父マイクと出場)と5打差の7位に終わったが、

「一緒にプレーすること、楽しむことが目的だった。生涯忘れることのない思い出になった」

 と、ウッズは我が子の奮闘に誇らしげな様子だった。

 そんなウッズ父子のパブリック(公の場)デビューは、父子の絆もさることながら、ゴルフ界における「教育」の大切さを教えてくれたように思う。

周囲からの愛情溢れる教育

 チャーリーがゴルフに本気で目覚めたのは、父親ウッズが2018年の「全英オープン」で優勝争いに絡んで惜敗し、翌2019年の「マスターズ」でメジャー15勝目を達成した姿を間近に眺めたことがきっかけになった。

 それからというもの、チャーリーにしばしばゴルフの技術を教えたのは、ウッズのみならず、ご近所さんでもあり、前述の大会で優勝したトーマス父子だった。

 トーマス父子は何度もチャーリーとパット勝負をし、練習ラウンドでも「実戦勝負」を行ってきた。それが、チャーリーの1打1打に対する思い入れや闘争心を醸成することにつながった。

「この大会でも、練習グリーンで私の姿を見つけると、チャーリーは一目散に走り寄ってきて私に勝負を挑んできた。一番楽に戦利金を巻き上げることができる相手は誰であるかを、チャーリーは即座に見極め、私のところに来たのです」

 そう分析したマイクは、プロアマ戦の際、フェアウェイからバンカーに入れたチャーリーに「DRAW HOLE!(このホールは分けだ=降参しろ)」と書いた紙片を渡して、からかった。しかし、チャーリーはその紙片を密かに取っておき、翌日、バンカーにつかまったトーマスのボールのそばに、その紙をそっと置く「仕返し」をして、トーマス父子や周囲を苦笑させた。

 そんなふうに、すでに大人のゴルファー並みのウィットを身に付けているチャーリーに、プロゴルファーに求められるスター性を感じずにはいられなかった。

 だが、一番驚かされたのは、チャーリーの大人並み、いやそれ以上の立ち居振る舞いだ。米スポーツ専門局『ESPN』の大ベテラン記者ボブ・ハリッグも、こう指摘していた。

「グリーン上でボールをマークするタイミング、他人のラインを踏まない気遣い、自分の打順を見極め、動き始める迅速な判断と動作。チャーリーのエチケットの素晴らしさに、ウッズの父親としての教育の秀逸性を感じ取ることができた」

 そう、チャーリーの素晴らしさは、父親ウッズから受け継いだDNAによるところももちろんあるのだろうが、それ以上に、ウッズやトーマス父子など周囲から受けてきた愛情溢れる教育の賜物だ。

 コロナ禍で米ツアーが休止されていた3月末から6月までの3カ月間、ウッズはフロリダ州ジュピターのホームコース「メダリストGC」で毎日のようにチャーリーと一緒にゴルフをして過ごした。

 同コースでは、メンバーが同伴できるのは家族のみに限定されており、ウッズは息子を伴ってラウンドする機会をこれまで以上に頻繁に持ち、それがチャーリーにとっては、ゴルフ界の王者から最高の指導や教育を授かる短期集中講習となった。

 それは、ある意味、コロナ禍の中で得られた副産物。いやいや、どんなことも無駄にすることなく生かしていくウッズの姿勢が成し得たものと言うべきである。

「生涯忘れることのない最高のメモリー」

 この親子大会の前身は、1995年に創設された「ファーザー・サン・チャレンジ」だ。冠スポンサーが変わった今年からはPNCチャンピオンシップと大会名が改められたのだが、親子が力を合わせて戦い、家族みんなで楽しむというゴルフ文化は、すでに米ゴルフ界では四半世紀に渡って育まれていることがわかる。

 オフシーズンの大会ゆえ、これまではトッププレーヤーの参加は少なく、どちらかといえば和気あいあいの賑やかなお楽しみイベントだった。

 だが、コロナ禍の今年は選手の出場をメジャー覇者やPGAツアーの「ザ・プレーヤーズ選手権」勝者ら20名に限定。少数精鋭になった分、ウッズやトーマス、バッバ・ワトソン(42)といったトッププレーヤーの父子が初参加して大会の注目度が一気に高まった。

 そのおかげもあって、得られた収穫もよりビッグになった。コロナ禍でありながら大会会場には大勢の観衆が集まり、緊張感さえ溢れる環境ができた。そして、

「スポットライトを浴びた中で、チャーリーは自分自身で居心地のいい状態を作り出し、自分らしいゴルフをすることができていた」

 と、ウッズは我が子のプレッシャーのハンドリングを高く評価した。

 会場にはウッズの長女でチャーリーの姉にあたるサム、そしてウッズの元妻でチャーリーの実母であるエリン・ノルデグレンの姿もあった。そうかと思えば、ウッズの現恋人であるエリカ・ハーマンも来ており、普段なら同じ場所に集まることはないであろう取り合わせの「ウッズ・ファミリー」が、チャーリーの戦いと成長を見守りたい一心で一堂に会した。

 それもまたゴルフが持つチカラなのかもしれず、家族全員が見守る中で父親と一緒にプレーしたチャーリーにとっては、まさに「生涯忘れることのない最高のメモリー」になったのではないだろうか。

揺るぎないピラミッド

 ウッズがチャーリーに授けているのは、ゴルフレッスンのみならず、ゴルフを通じた人間教育だ。そう、ゴルフにおける「教育」とは、技術だけではなく、人間を育て、ゴルファーを育てることである。

 今年のメジャー大会を制した3人のチャンピオンたちにも、その成長段階においては、ゴルフにおける「育ての親」のような存在があった。

 8月に「全米プロ」を制覇したコリン・モリカワ(23)は、カリフォルニア州ロサンゼルス郊外の「チェビー・チェイスCC」というムニシパル(公営)のゴルフ場で腕を磨いた。

「9ホールしかなくて、練習場もなかったけど、ゴルフ場の人々はコースを練習場代わりに好きに使っていいと言ってくれた。だから僕は1つのティから何球も打ったり、特定のホールを行ったり来たりしてプレーして、飛距離以外のすべてのことをあのコースで身に付けた。感謝の気持ちでいっぱいです」

 また、9月に「全米オープン」を制したブライソン・デシャンボー(27)は、幼少時代、ランチを買うお金を学校へ持っていくことができないほど貧しかったが、その代わり、カリフォルニアの自宅近くの「ドラゴンフライGC」の片隅に彼の居場所があったそうだ。

 それは、コースの所属プロのマイク・シャイが練習器具をしまっていた小屋だった。シャイは古いタイヤやフラフープ、野球のバットやグローブなどを巧みに活用してゴルフを教えており、ただのガラクタが優れた練習器具に早変わりするシャイの「魔法」をデシャンボーは毎日間近に眺め、自身もその練習器具を使ってシャイの指導を受けた。

 プロになったデシャンボーが打ち出す奇想天外な理論や独自の手法の数々は、ガラクタ小屋でシャイから授けられた教育の賜物だ。

 そして11月にマスターズを制し、メジャー2勝目を挙げたダスティン・ジョンソン(36)が、故郷サウス・カロライナ州コロンビアの近くで農業を営んでいたボビー・ウィードという人物から、実家の豆畑に建てたゴルフ練習場を「好きに使っていいよ」と言ってもらった話は、この連載で先日、ご紹介した通りである(2020年11月23日『賭け・逮捕・ドラッグ・コロナからマスターズ「D・ジョンソン」波瀾万丈の人間味』)。

 ビッグな大会で勝ってからスター扱いして持て囃すのではなく、勝つ以前、芽が出る以前から、大きな心で未来のスターを育んでいく。そうやってピラミッドを土台から固め、徐々に上へ上へと構築していく長年の作業が、米ゴルフ界や米国にはある。だからこそ、ゴルフが文化として人々の生活の中に浸透している。日本でも、そういう揺るぎないピラミッドを築いていく必要がある。

 技術指導を超えたゴルファー教育こそが、未来のスター誕生につながることを、ウッズ父子の戦いぶりを眺めながら、あらためて痛感させられた。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年12月24日掲載

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