コロナで変わるベトナム「ワニ」の対中取引環境

国際

  • ブックマーク

Advertisement

 中国はベトナム農産品の主要な輸出先である。国境貿易を中心に拡大してきた対中農産品輸出は、ベトナムの農産品輸出総額の30%弱を占めている。新型コロナの感染拡大防止策として2020年1月末からベトナム・中国国境ゲートが閉鎖されたことは、ベトナム農産品輸出に少なからず打撃を与えた。青果品、水産品、コショウ、ゴムなど数々の品目で、2020年第1四半期の輸出額は前年同期と比べて大幅に減少した。

 本稿で取り上げるワニも、コロナ禍で対中輸出が顕著に減少したことにより、行き場を失った「生もの」のひとつである。ワニ養殖は、世界的にみると、装飾品向けの皮革の原料となる皮の需要が高まった1960年代後半ごろから、アメリカ南部やアフリカ南部で広まり、その後、養殖業者が増えるにつれて、皮だけでなく肉の販売も拡大していった。とくに中国では、ワニ肉が抗がん作用を持つ薬用食品と考えられていることもあり、好んで食されてきたという。ベトナムにおけるワニ養殖は、資料の制約から断言はできないものの、農業発展一般の動向に鑑みると、2000年代に入って拡大してきたものと推察される。以下では、ベトナムのワニ生産・輸出概況とコロナ禍による農家の苦境について、現地新聞報道等に基づき概観してみたい。

 ベトナムにおけるワニ養殖は、おもに南部地域で行われている。主要産地のおおよその飼育規模は、ドンナイ省が10万匹、カマウ省が30万匹、ホーチミン市とバクリュウ省がそれぞれ20万匹ほどである。養殖農家の大半は小規模だといわれる。バクリュウ省のワニ養殖農家数が約1400戸という情報から、農家あたりの平均的な飼育規模は140匹程度とみなせる。

 ワニは、生きた個体(親ワニおよび稚ワニ)、皮革(塩漬けした皮および鞣革)、肉、骨(薬用など)の形で販売されている。ホーチミン市人民委員会が2016年に公布した「2016~2020年のワニおよび野生動物の管理発展プログラム承認にかかる1955号決定」によると、2011~2015年のホーチミン市における各種ワニ製品の年平均生産額は、親ワニ537億ドン(1円=約220ドン)、稚ワニ93億ドン、鞣革6億6000万ドン、塩漬け皮2億4000万ドン、肉2億4000万ドン、骨2億9000万ドンとなっている。ワニ製品の総生産額に占める未加工品(すなわち生きた個体)のシェアの大きさが見て取れる。

 ワニ製品は、国内市場への販売も行われているものの、多くは輸出されている。主たる輸出先は中国、ヨーロッパ(イタリアやフランス)、日本、韓国などである。ワシントン条約事務局(CITES)のデータベースに基づいてまとめた表1から、ヨーロッパ、日本、韓国は、主として皮革製品の輸出市場であることがわかる。一方、中国へは皮革製品のみならず、生きた個体や肉についても多く輸出されており、総じて、中国はベトナムのワニの最大の輸出市場とみなせる。とくに、ワニ製品の生産額の主たる源泉となっている「生きた個体」については、中国への輸出量が圧倒的に大きい。いくつかの報道からは、中国人ブローカーがベトナムまでワニの買い付けに来ていること、また取引のほとんどが契約を伴わない少額取引であることがうかがえる。

 中国からの需要に大きく支えられてきたベトナムのワニ養殖業界は、コロナ感染拡大後、中国人ブローカーから提示される価格の暴落、あるいはブローカーが来ず生産品が販売できないという事態に直面している。このことは、中国で野生動物の食用利用が禁止されたことと関係しているのではないかと考えられる。中国はコロナ感染拡大後、ウイルスの発生源とみられている野生動物について、取引規制の強化と食用利用の禁止に踏み切っている。ベトナムのワニ農家は売れなくなったワニを捨てるわけにもいかず、損失が拡大するなかでの経営の維持に苦悩している。

 新聞報道によると、稚ワニの購入価格は1匹あたり45万ドンほどで、18~20か月かけて肥育されたワニは約15キロにまで成長する。そこまで成長するのにだいたい100キロの餌(魚)を必要とし、餌代を含めた諸々の肥育費用は1匹あたり160万ドンに上るという。一方、ワニ販売価格は、2018~2019年にはキロあたり13万ドンから15万ドンあたりを推移していたが、コロナ感染拡大後にはキロあたり6万ドン(1匹あたり90万ドン)前後まで下落している。つまり、売れたとしても、1匹あたり70万ドンほどの赤字が生じる。さらに、中国から買い付けに来るブローカーがいなくなり、そもそも売れなくなっている。ワニ農家は、ワニを飼育すればするほど損失が大きくなるという状況に陥っている。

 中国向けワニ輸出取引の大半を占めてきたとみられる契約を伴わない少額の相対取引は、一般的に、小規模農家でも参入が容易な反面、販売の不確実性と価格の不安定性のリスクをはらみがちだ。新型コロナの感染拡大はそうしたリスクをより顕在化させたといえる。加えて、コロナ感染拡大が中国市場の様相にもたらす変化も注目される。これまで比較的参入が容易だったと考えられる中国市場で、前述の野生動物の食用利用禁止に加え、農産品一般について、契約を伴う取引を優先したり安全認証や原産地証明を求めたりするなど、品質管理を厳格化する動きが出てきている。こうした動きが永続的なものとなるかどうかは、いまのところ明らかでないものの、ベトナムのワニ養殖業界は、中国市場の維持および中国以外の市場の拡大に向けて、ワシントン条約の基準に従った品質管理の強化や、加工技術の引き上げおよび加工品の生産拡大などを進めていくことが肝要であろう。これらの点はコロナ以前から課題とされてきたことだが、対中輸出が量・質の双方から制約されるという状況のなかで、一気に差し迫った課題となったように思われる。

*当記事はジェトロ・アジア経済研究所「IDEスクエア」からの転載記事です。

荒神衣美
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 地域研究センター東南アジアII研究グループ 研究員。専門分野:ベトナム、農業農村、経済。1999年3月、筑波大学第三学群国際総合学類卒業。2002年3月、神戸大学大学院国際協力研究科国際開発政策専攻博士前期課程修了。2002年4月にアジア経済研究所に入所し、現職。主な著書に『多層化するベトナム社会』(共著、アジア経済研究所)、『ベトナム農村の組織と経済』(共著、弘前大学出版会)など。

Foresight 2020年12月20日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。