「ベトナム人犯罪」摘発急増「本当の闇」 「人手不足」と外国人(56)

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 午後10時半、東京都内の定食チェーン店でのアルバイトを終えたベトナム人のシン君(32歳)は、同僚のベトナム人留学生と一緒に店を出た。アパートまでは自転車で10分ほどだが、最寄り駅に向かう同僚に付き合い、自転車を押して歩くことにした。

 ベトナム語での会話を弾ませながら、ひと気のない公園に差し掛かった。ふと前を見ると、制服姿の2人の男が近づいてくる。パトロール中の警官たちだった。

「すみません、自転車の防犯登録を確認させてください」

 声は丁寧だが、警官たちの目つきは鋭い。一瞬怯みながら、シン君は「ハイ」と応じた。

 警官はシン君らに名前を尋ね、在留カードの提示を求めてきた。在留カードは外国人の身分証明書で、常時携帯していなくてはならない。もちろん、シン君も財布に入れて持っていた。

 日本人であれば、自転車が本人のものと確認された時点で、無罪放免となったことだろう。シン君は無灯火で自転車を走らせていたわけでもないのである。

 だが、そこから警官たちによる職務質問が始まった。恐らくシン君たちがベトナム人ではないかと察し、職質する意図があったのだろう。

 シン君はアルバイトをしながら日本語学校に通っている。ただし、カードに記された在留資格は「留学」ではなく「家族滞在」だ。日本人もしくは外国人の配偶者に付与される資格である。その点に関心を抱いた警官が、

「奥さんは、日本人?」

 と尋ねてきた。

「いえ、ベトナム人です」

 続いてアルバイト先や、在籍する日本語学校の住所、さらには日本に入国した際の空港の名前まで質問された。

 シン君は日本に来て1年半が経過し、日本語での簡単な会話はできるようになっている。何とか質問に答えると、警官はシン君の住所をメモした後、「ありがとうございました」と一礼して立ち去った。

 職質は初めての経験だった。シン君の周囲では、こうして道で警官に呼び止められるベトナム人が急に増えているのだという。

「やっぱり、あの事件のせいですね」

「あの事件」とは、豚などの家畜や果物の盗難に絡み、ベトナム人グループが立て続けに逮捕された事件を指している。

豚盗難、違法薬物、風俗、賭博

 今年夏頃から、北関東の各県で家畜などの盗難被害が次々に報告されていた。そして10月下旬になって、在日ベトナム人グループの摘発が相次いだ。

 まず10月26日、群馬県太田市の13人のグループが入管難民法違反(不法残留)、続いて28日には別の4人が無許可で家畜を解体した畜場法違反容疑で逮捕された。

 13人のグループには、職場から失踪した元技能実習生に加え、留学生も含まれていたようだ。2軒の民家で暮らしていたが、警察の家宅捜査で住居内から冷凍された約30羽の鶏が見つかった。また、4人のベトナム人には、豚を解体したりバーベキューをする様子をSNSに投稿していた者がいた。そのため盗難事件への関与が疑われたのだ。

 被害は豚だけで1000頭近くに上っている。盗まれたのが「豚」、しかも容疑をかけられたのが外国人ということで、ベトナム人グループ逮捕のニュースは全国紙に加え、テレビのワイドショーなどでも取り上げられた。

 こうして在日ベトナム人犯罪が全国ニュースとなるのは、初めてのことではない。数年前には、全国の「ユニクロ」を回って万引きを繰り返し、ベトナムへと密輸していた「ユニクロ窃盗団」が事件となった。岐阜県で除草用に飼われていた「ヤギ」を盗んで食べ、逮捕されたベトナム人の事件もあった。だが、今回の「豚」には、「ユニクロ」や「ヤギ」以上のインパクトがあったかもしれない。

  2つのグループが逮捕された頃から、堰を切ったようにベトナム人犯罪の摘発が相次いでいる。

 同じ10月末には、やはり群馬県内でベトナム人グループ10人が、違法薬物の密輸容疑で捕まった。11月に入ると、東京都荒川区でデリヘル店が摘発され、経営者らに加え、違法に働いていた3人のベトナム人風俗嬢も逮捕された。さらには、大阪府内のマンションの1室で違法賭博を開帳し、借金を背負った同胞の客の小指を切断したベトナム人の逮捕などである。犯罪の中身も窃盗から違法な薬物密輸、風俗、賭博まで幅広い。

ベトナム人犯罪だけが突出

 なぜ、ベトナム人は犯罪に走るのか。

 新聞などでは、「コロナ禍」と関連づける報道が目立つ。たとえば、荒川区のデリヘル店摘発を報じた『朝日新聞』(2020年11月10日電子版)は、記事に〈都内の風俗店を摘発 コロナで生活苦の技能実習生ら雇用〉という見出しをつけている。ただし記事を読む限り、「コロナで生活苦」と書く根拠は、ベトナム人風俗嬢が警察の取り調べで語ったとされる、

「コロナ禍で帰国できなかった」

「コロナの影響で経済的に困窮した母国の家族にお金を送るため、風俗店で働いた」

 との供述しかない。

 デリヘル店で違法に働いていたベトナム人には、実習生に加え、留学生もいた。その点を踏まえ、記事はこう結ばれている。

〈技能実習は外国人に日本の技術を学んでもらう制度だが、労働条件の悪さを理由に逃げ出す人も少なくない。コロナ禍で解雇や給与減により苦境に陥る人も出ているという。一方、留学生は飲食店などでのアルバイトができるが、多くの人が同様の理由で経済的に厳しい状況になり、帰国したくてもできない人もいるという〉

 よほど『朝日』はこの事件が気になったようだ。11月22日電子版では、今度はデリヘル店で働いていた実習生と留学生を取材し、〈「本当はやりたくない」摘発風俗店で働く実習生の構図〉というタイトルの記事を掲載している。そしてこの記事でも、

〈新型コロナウイルスの影響で、借金返済や学費の支払いを抱える実習生らが追い込まれていく構図がここにあった〉

 と書いている。デリヘル嬢には留学生もいたのに、見出しや本文で「実習生」だけが強調されている理由については、以下の拙稿をご参照いただきたい(2018年4月11日『ベトナム人留学生「『朝日新聞』配達」違法就労の「闇」(上)』)。

 いずれにせよ、『朝日』はあくまでベトナム人たちをコロナの「被害者」として位置づけたいのだろう。

 確かに、コロナの影響を受け、〈解雇や給与減〉となった実習生はいる。とはいえ、外国人であれ日本人であれ、困ったからといって大半の人は風俗で働いたり、犯罪に走ったりはしない。

 ベトナム人による犯罪は、すでに数年前から増加が著しい。在留者の急増に伴ってのことである。

 在日ベトナム人の数は2019年末時点で41万人を数え、12年からの7年間で8 倍近く膨らんでいる。昨年だけでも約8万人の増加で、中国人の約81万人、韓国人の約45万人に次ぐまでになった。「実習生」や「留学生」として、出稼ぎ目的のベトナム人が受け入れられた結果だ。

 在日外国人の検挙件数は2019年には1万7260件と、前年から約1000件増えている。ただし、ピーク時の2005年と比べると3分の1程度に過ぎない。その間、日本に住む外国人は約100万人増加した。つまり、外国人の増加と犯罪には因果関係は見られない。しかしベトナム人に限っては、犯罪の増加が際立つ。

 ベトナム人は在留者数では外国人全体の14%だが、検挙件数では35%を占める、2倍近くが在留する中国人を抜き、国籍別で最も多い。外国人が関与する窃盗の半数近く、万引きに至っては3件に2件をベトナム人が犯している。

SNSが犯罪の温床に

 風俗店で違法に働いているベトナム人女性も、コロナ禍の以前から少なからずいた。豚の販売にしろ、コロナの影響で始まったわけではない。在日ベトナム人たちによれば、少なくとも2〜3年前から「子豚」がネットで売られていたのだという。

 ベトナムには、お祝い事などの際、家族や友人が集まって子豚を丸焼きにして食べる習慣がある。しかし日本のスーパーなどでは普通、子豚丸ごと1頭は手に入らない。そこに目をつけたベトナム人たちが子豚を売り始めた。友人が子豚を買ったという在日ベトナム人はこう話す。

「SNSでは、10キロ以下の子豚が2〜3万円で売られていました。どこで仕入れるのか不思議に思っていましたが、今回の事件で、やはり盗まれたものだったんだとわかりました」

 ベトナム語でやりとりされるSNSは、在日ベトナム人にとって生活に欠かせないツールだ。母国の家族や友人の近況を知ったり、直接会話する際に利用される。

 その一方で、犯罪の温床にもなっている。豚以外にも衣類や化粧品といった盗難品と思しき品々、在留カードや免許証などの偽造品が、当たり前のように売買されている。盗難品や銀行口座の買い取り、売春をもちかける投稿などあって、まさに無法地帯だ。豚の盗難事件に絡み逮捕されたベトナム人グループも、SNSを通じて仲間を集めていたとされる。

「借金」が犯罪を誘発

 ベトナム人の犯罪に、コロナが影響している面は否定できない。しかし犯罪の多発には、コロナに増して根本的な原因がある。それはベトナム人が日本への出稼ぎで背負う「借金」だ。

 実習生の場合、ベトナム政府は送り出し機関の手数料を上限「3600ドル」(約37万5000円)と定めている。だが、全く守られてはおらず、100万円以上の手数料を徴収する機関もある。

 日本であれば、法律を守らない業者には行政から処分が下る。しかし、ベトナムは汚職と賄賂の蔓延する国である。政府関係者が自ら送り出しに関わっているため、取り締まりの対象とならなかったり、関係者に賄賂を支払い、取り締まりを逃れるケースもよくある。

 日本での出稼ぎを希望するのは、ベトナムでも貧しい人たちだ。手数料は自力では工面できず、借金に頼ることになる。そのためベトナム人実習生は、他国の出身者よりずっと多額の借金を背負い来日する。

 さらにひどい状況なのが、本連載でも繰り返し取り上げている留学生だ。日本への留学希望者は実習生と同様、その多くが貧しい。にもかかわらず、留学には150万円前後の資金が必要となる。留学斡旋業者への手数料に加え、留学先となる日本語学校への学費や寮費の支払いがあるからだ。結果、実習生よりも大きな借金を抱えて来日する。

 実習生の低賃金・重労働については、新聞やテレビでよく報じられる。だが、留学生の生活は実習生にも増して厳しい。留学生に認められる「週28時間以内」のアルバイトでは、母国への仕送りはおろか、翌年分の学費を貯めることすらできない、だから法定上限を超えて働く生活を強いられる。しかもアルバイトは、たいてい弁当工場や宅配便の仕分けなどの夜勤の肉体労働だ。ふとSNSを見れば、犯罪への誘いで溢れている。悪い誘惑に乗ってしまうベトナム人がいても不思議ではない。

そもそもは書類「捏造」から

 そしてもう1つ、犯罪との関係で見逃せないのが、ビザ取得の際に必要となる書類の「捏造」という問題だ。

 ベトナム人留学生には、ごく一部の富裕層を除き、日本の留学ビザ取得に十分な経済力がない。そのため斡旋業者経由で行政機関や金融機関の担当者に賄賂を支払い、親の年収や預金残高が載った証明書を捏造する。年収などを偽り、日本へ仕送りができる経済力があるように見せかけ、ビザを取得するのである。

 捏造されるのは、証明書だけではない。これまで筆者が取材してきた留学生には、履歴書までも捏造していたベトナム人が何人もいた。兵役に就いていた期間を専門学校に在籍していたように書き換えたり、大学を出ていないのに「大卒」と偽っていたりするのだ。ベトナムでは、徴兵される若者は貧しく、勉強も苦手というイメージがある。その点を業者が考慮し、履歴書をでっち上げる。学歴を「大卒」と偽るのは、日本で就職しやすくするためだ。

 実習生の場合は、履歴書の捏造はさらに一般的だ。実習生には、母国で就いていた仕事を日本で実習し、帰国後には復職するというルールがある。全く形骸化している要件だが、実習生はビザを取得する際、ルールに沿うよう履歴書を改ざんしなければならない。日本の介護現場で働く場合、ベトナムでも介護士をしていたよう見せかけるのだ。

 ベトナム人は実習生全体の半数以上の約22万人、留学生も8万人近い。その多くは、何らかの「嘘」をついて日本へ入国している。見方を変えれば、留学や実習とは、「嘘」を前提にした制度と言える。日本側の建前を維持しながら低賃金の外国人労働者の数を確保しようとすれば、ベトナム人に「嘘」をついてもらうしかないのである。

 そんな制度を逆手に取り、悪意ある人間が日本へ入国しないとも限らない。履歴書まで捏造できるのであれば、犯歴であろうと隠せてしまうからだ。ベトナム人犯罪が多い背景には、彼らに「嘘」を強い、書類の捏造を黙認している日本側の責任もある。

人手不足緩和の今こそ

 筆者には、1つ気になることがある、なぜ「今」、ベトナム人犯罪の摘発が相次ぎ、職質まで強化されているのかという点だ。

 これまで私は不法滞在中のベトナム人たちも取材してきたが、職質すら全く受けず、何年も日本で暮らしているような者もいた。そんな状況が変化し、警察による監視が強まっているとすれば、「人手不足」との関係もあるのではなかろうか。

 コロナ禍によって、人手不足は急速に緩和しつつある。有効求人倍率は今年に入って一貫して低下し続け、9月時点で1.03倍と2013年12月の水準まで落ち込んでいる。完全失業者数も206万人に達し、1年前から40万人近く増加した。

 現在でも「介護」や「農業」といった職種では人手不足が著しく、外国人労働者を求める声は強い。一方、製造業などでは職を失う実習生も相次いでいる。つまり、外国人労働者に対するニーズは、職種によってはかなり減っている。

 ベトナム人による盗難品や偽造品の販売、また薬物密輸や風俗店での違法就労にしろ、コロナ禍の前から警察当局は把握していたはずだ。それを今になって取り締まり始めたとするなら、人手不足が緩和した影響も考えられる。もはやベトナム人たちが不要になったということだ。

 冒頭で紹介したシン君は、ベトナム人の妻と2人で緊張した生活を強いられている。日本語に堪能な妻を介し、こんな話をしてくれた。

「(職質で)警察に住所までメモされたので、いつも見張られている気分です。ゴミ出しのときなども、注意するようにしています。アパートに住む外国人は私たちだけです。何か問題が起きれば、ベトナム人の私たちが疑われるに違いない。豚の事件があって、ベトナム人のイメージはとても悪くなっていますから」

 そしてこう続ける。

「お金がないからと一線を越え、犯罪に走るかどうかは、その人次第です。残念ながら日本には、一線を越えてしまうベトナム人が数多くいる。今後も、ベトナム人による犯罪は増え続けていくと思います」

 そうなったとき、被害を受けるのは「豚」などを盗まれる日本人だけではない。日本で真面目に暮らす大多数のベトナム人が、非難や差別の対象となりかねない。

 出稼ぎ目的のベトナム人に対し、多額の借金を強いる現状は、早急に、かつ根本から改める必要がある。そして実習や留学のビザ申請に際し、書類の審査は厳格に実施すべきだ。その2点だけでも実施すれば、ベトナム人犯罪はかなり減るに違いない。そもそも「実習生」や「留学生」と称し、低賃金の外国人労働者を受け入れ続けていること自体に無理がある。

 コロナ禍の影響で、一時的であれ人手不足は緩んでいる。制度を変革するには今がチャンスだ。それは何より、在日ベトナム人たち自身が望んでいる。

出井康博
1965年、岡山県生れ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『日経ウィークリー』記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)を経てフリーに。著書に、本サイト連載を大幅加筆した『ルポ ニッポン絶望工場」(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『松下政経塾とは何か』(新潮新書)など。最新刊は『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)

Foresight 2020年11月27日掲載

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