より深刻な「第2波襲来」マクロン大統領の「長期戦」宣言

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 フランスで「衛生緊急事態」が再発令され、10月17日、パリと周辺の7県および8つの都市圏(グルノーブル、リール、リヨン、エクス=マルセイユ、モンペリエ、ルーアン、サンテティエンヌ、トゥールーズ)で毎日21時から翌朝6時までの外出禁止令が出た。

 さらに22日、大きく拡大され、54の県でフランスの人口の3分の2が対象となった。違反した場合は135ユーロ(約1万7000円)、再犯は1500ユーロ(約18万6000円)の罰金である。

 実施期間は当面4週間だが、これは議会承認のいらないギリギリの期間であり、議会に諮って6週間にする予定だ。状況によっては延長や対象地域拡大の可能性もある。

 このほかに、フランス全土で友人を招くときなどに6人を超えないよう推奨する、従来のソーシャルディスタンスや手洗い、マスク着用等の他に換気をするなど防止策も拡充された。

 措置を発表するため、エマニュエル・マクロン大統領は10月14日の夜、『TF1』、『F2』の2大テレビ局合同のインタビューに応じた。

 インタビューの冒頭、マクロン大統領はヨーロッパレベルで第2波が来ているとしたあと、

「話を始めるにあたって、まずこのウイルスについて私達が知っていることを正確に話すことが重要です」

 と次のように述べた。

「このウイルスは人を殺す。WHO(世界保健機関)は今朝0.6%の死亡率があると喚起しました。フランスの犠牲者は3万2000人ですが、どちらかというと高齢者を殺します。たしかにわが国で亡くなった方の90%は65歳以上です。また、どちらかというと糖尿病、高血圧、肥満など既往症のある人を襲いますが、そうでない人も罹患死亡します。そして、非常に不公平で、とくに生活が不安定な人々(低所得者、派遣社員、パート、失業者など)を襲います。またこのウイルスは、すべての年代を襲い、重症にします。現在集中治療室の入院者の半分が65歳未満です」

 そして、退院した後もさまざまな後遺症の残る人もいるとしたあと、

「このウイルスはすべての人にとって危険であり、重大です」

 と声の調子をあげた。

若者に「自覚を」頼み込み

 3月、全国ロックダウンの前にマクロン大統領が演説したとき、新型コロナウイルス対策の最大の目的は「弱者を守ること」だと述べた。いまでもその基本姿勢は崩していない。

 8月から再び感染増加が始まったのはバカンスで移動したためだというが、何よりも一番の原因は、若者たちの無頓着さである。

 ロックダウン解除後、いったん収まったが、あの頃、感染しても無症状あるいは軽症で済むためにマスクもつけずにカフェ、レストランで集まったり、無許可の野外パーティで群れたりする姿が良く報道された。新型コロナを甘く見ていると危惧する内容であったが、中には「まだ若者だけ」だとか「ウイルスの毒性が弱まった」という楽観論もあった。だが、やはり感染拡大は上の年齢層にも及び、重症者死者が増えた。

 しかし、若者が集まりたがるのは世の常。ましてやロックダウンのフラストレーションもたまっていた。こういったことを意識してマクロン大統領は「いま20歳でいることは厳しい」とし、「教訓を垂れるわけではないが」自覚してほしいと、頼み込んだ。

 ただ、連日3万人、4万人と感染者が出ているが、この数字には注意が必要だ。ロックダウン解除後、「検査せよ、追跡せよ、隔離せよ」のスローガンのもとPCR検査を大幅に増やしている。22日の記者発表で、オリヴィエ・ヴェラン保健相は、直近1週間で160万回のPCR検査を実施したと述べたが、実際に毎週100万件以上のPCR検査が継続されている。これは、3月の検査数の10倍近くであり、3月でいえば、感染者3万~4万人は4000~5000人ぐらいに相当する。

 ちなみに、日本では10月11~18日の間の検査数は、厚生労働省によれば合計で約12万6000件である。

 そもそも、ロックダウンは患者数が急増して医療崩壊してしまうことを防ぐためにおこなう。ロックダウンしなかったスウェーデンでは、高齢者の入院を断るという非常手段で乗り切った。当然、入院できなかった高齢者は死亡するが、それでもいいと判断したのである。フランス国民にはできない選択だ。そうしてみると、たしかに、ロックダウン開始頃にくらべて、集中治療室入院者数はまだ3分の1程度である。

 そういうわけで、マクロン大統領は、現状において再びロックダウンまで発令するのは過剰だという。実際、夜間外出禁止は、7月に大きなクラスターが出て警戒地域になったマイエンヌ県や、ブラジルに隣接してずっと感染者の多かった仏領ギアナでは有効だった。

 今回、夜間外出禁止にとどめたのは、社会生活への影響を最小限に食い止めるためでもある。学校、交通・輸送、職業生活、宗教施設などは閉鎖しない。

 大量の検査は無料で予約なしでも受け付けたが、肝心の検査態勢が整っておらず、検査結果が出るまでに数日かかるケースも多く、混乱した。この点について、マクロン大統領は、

「検査を無償にしたのは、貧富のちがいによる差別が起きてはいけないから」

「それだけみんなが心配しているということだ」

 としつつ、予想以上に検査希望者が出たためと素直に認めた。

 だが、検査の有益性は認めており、今後は、新たにフランスの医薬品承認当局で認可された抗原検査を薬局でもできるようにし、やがては個人でもできるようになるとした。これでさらに多くの無症状者のスクリーニングをし、もっと精度の高いPCR検査場は負担を少なくしようということだ(なお、大統領は言及しなかったが、抗原検査は有料になるようで、健康保険機構と保健省の間で価格についての交渉が始まっている)。 

 日本で誤解されている向きも多いので付け加えておきたいが、フランスでは罰金付きの義務によってではあるが、マスクは皆つけている。職場でも義務づけられている。電車やバスの座席数も制限されている。店などの対策、手指消毒、ソーシャルディスタンスなどもしっかりしている。キスやハグはもはやしない。カフェの「密」も日本の居酒屋やチェーン店の喫茶店と変わらない。従来の地方保健局職員に加えてクラスター感染経路追跡要員が大量増員され、1万人体制で1日に9万件の電話調査をしている。それなのに、蔓延してしまった。まったく油断のできないウイルスである。

対策強化に反対していたマクロン大統領 

 第2波が来ることは予想してはいたが、早く来すぎたというのがマクロン大統領の本音であろう。

 秋には集中治療室を1.5倍に増やすとしていたが、人員不足もあってまだ着手できていない。

 ロックダウン解除後に露呈した医療関係者や警官の不満も、まだ解決できていない(2020年7月28日『報われない「警官」「医療関係者」大規模デモ続発で混迷深まるフランス社会』参照)。

 医療関係者については、ロックダウン解除後にすぐ関係者を一堂に集めた会議を行い、妥協案は見つかった。だが、実行に移すまえに第2波が来てしまった。

 おまけに、医療関係者は本当に疲弊している。春の流行の後、夏の間は次の準備に追われ、看護師の3分の1はバカンスを取れていない。全国看護師会が10月はじめに発表した看護師6万人のアンケート結果によれば、「現在の新型コロナの危機で職業を変えたくなったか」の質問に40%が「はい」と答えている。43%は、「5年後も看護師であるかどうかわからない」と回答した。残り57%も、いわゆる「燃え尽き症候群」であると考えられている。

 警官の方も同じだ。夏休み中もマスクの着用の取り締まりなどに動員された上、警官個人や警察署襲撃、さらには、イスラム過激派に感化された若者の教師殺害事件などがつづけざまにおきている。

 別の面でも第2波は早すぎた。

 9月はじめに復興計画を発表したが、計画を準備した6~7月には、新型コロナは収束していたかのように見えていた。夏休み明けの8月末には計画を発表し、秋の国会で予算を成立(1月が新会計年度)させよう、年末に第2波がきたとしても、それが収まれば、予算通りに執行できる、というのがマクロン大統領の目論見だった。

 ヴェラン保健相は、夏休み後に感染対策の強化を主張していたが、マクロン大統領は反対していた。突出していたマルセイユなどでの対策強化はしたが、まだ躊躇していた。

 だが、重症入院者が増え続けた。ロックダウン当時は北東地方に偏っていたが、いまは全国的に広がっており、他の地方に患者を移すわけにはいかない。さらに他の病気もあり、新型コロナ用だけに病床を確保するわけにはいかない。この状況で、マクロン大統領も対策強化を優先せざるを得なかった。

まず「生き延びること」が最優先

 野党はすでに来年度予算案は無効だと主張している。実際、第2波の感染症対策支援策との関係で大幅な見直しをせざるをえないであろう。

 復興計画の内容は、2017年の大統領当選直後に出された改革計画の再開である。マクロン大統領の任期はあと1年半(2022年4・5月選挙)、改革を中止することはできない。再選を狙うという意味もあるが、改革はマクロン大統領にとって自分の存在理由そのものである。いまや「ウイルスとともに改革する」となった。 

 大統領のインタビュー翌日(10月15日)、首相、経済財務相以下関係大臣がそろって具体的規制内容と支援策を発表した。

 支援策は、夜間外出禁止令で大きく影響を受ける事業者(ホテル、カフェ、レストラン、観光業、イベント、文化、スポーツ等)に対して、いままで続けていた一時帰休や見舞金、社会保障費負担免除、国家保証融資などを強化延長するというものである。さらに22日には、ロズリーヌ・バシュロ文化相が舞台芸術と映画業界に1億1500万ユーロ(約143億円)の追加支援策を発表した。

 これらの対策からすると、非常事態ではまず「生き延びること」が最優先であり、疲弊した経済は復興対策でリカバリーするという戦略は変わっていない。コロナ禍を「終わったことにして」経済を回すという乱暴な道は取らなかった。

 10月23日、パリ近郊の病院を視察したマクロン大統領は、コロナ禍は「少なくとも2021年夏までは続く」と明確に述べた。新型コロナとの戦いは長期戦に突入した。ロックダウンではなく、夜間外出禁止にしたのも、短期戦から長期戦に戦略転換した表れである。

 よく「感染対策か経済か」といわれるが、新型コロナはもっと複雑だ。「新しい日常」というが「日常」とは程遠く、人間としての当然の社会生活がまったくできていない。その意味で、リーマンショックや大恐慌などよりもむしろ戦争に近い。この複雑で相反する要素を、うまくバランスをとってカジ取りしていかなければならない。長期戦に入った今、ますますマクロン大統領の力量が問われている。いや、彼だけではない、すべての政治家に問われている。

広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。

Foresight 2020年10月26日掲載

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