「半沢直樹」で思い出す国民的戯曲、最終回でキーマンになりそうな2人の名

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 TBSの連続ドラマ「半沢直樹」(日曜午後9時)が9月27日に最終回を迎える。このドラマが見る側を熱狂させるのはなぜか?その理由の一つは国民的戯曲「忠臣蔵」と底流で一致するものがあるからではないか。

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 江戸時代元禄期の「赤穂事件」を題材とする戯曲「忠臣蔵」。それが主君の仇討ちの物語であるのは知られている通り。けれど、単なる仇討ち劇だったら、日本人に300年以上も愛されないだろう。

 故・丸谷才一氏による1984年のベストセラー「忠臣蔵とは何か」で論じられている通り、反体制劇でもあるはず。浪人の旧赤穂藩士たちが、幕府の要職者(高家肝煎)である吉良を討つからこそ見る側はカタルシスを得られる。

 さらに、義を貫くためなら自己犠牲をいとわない男たちの群像劇でもある。自己犠牲の精神が日本人の美学なのは説明するまでもない。

「半沢直樹」には忠臣蔵と重なり合う部分がある。ただし、設定は現代なので、体制に抵抗したり、義を貫いたりするのは、男ばかりではない。

 第9話の終盤、東京中央銀行営業第二部次長の半沢直樹(堺雅人、46)は、中野渡謙頭取(北大路欣也、77)と大和田暁取締役(香川照之、54)がいる前で、与党・進政党幹事長である箕部啓治(柄本明、71)に向かって「欲にまみれた、ただの醜い老いぼれだ!」と吐き捨てた。

 それに留まらず、こう言い放った。

「私を銀行員として抹殺したいのなら、どうぞご自由に。だが、銀行の正義を信じるすべての銀行員のために、そしてこの国の正義を信じる全ての国民のために、あなたの悪事はきっちりと暴かせていただく」

 政府の中枢にいる人物への宣戦布告。反体制劇そのものである。

 その直前、中野渡と大和田は、箕部に彼自身が受けた20億円の不正融資を証明する資料を手渡した。箕部と癒着する紀本平八常務(段田安則、63)が資料を隠していたが、大和田が入手。半沢もその存在に気付いたものの、一足遅れた。これで箕部は不正融資を隠蔽できる。

 箕部は半沢にも隠蔽に協力するよう迫る。曲がったことを嫌う中野渡まで同じ考えらしい。箕部に不正融資を行った旧東京第一銀行(旧T)と旧産業中央銀行(旧S)の溝が広がるのを避けたいのか。

 だが、半沢は隠蔽を拒む。義を貫くことを選んだ。「抹殺したいのなら、どうぞご自由に」と言っているから、自己犠牲も覚悟の上だ。

 これまで敬い続けてきた中野渡にも意見した。逆命利君と考えたのだろう。「資料を今すぐ公表してください」と訴えた。

 箕部への不正融資が明るみに出て、東京中央銀行の信頼が地に落ちようが、行員が信念を捨てなかったら、立ち直れると半沢は信じている。もっとも、中野渡は半沢の訴えには答えず、帝国航空の担当から外れるよう命じた。

 それでも半沢は怯まず、熱く主張した。

「私は銀行を信じています。我々は金融の力で、世の中の懸命に働く人たちの助けになるのだと――」

 だからこそ、不正を隠すことなど到底許せない。やはり反体制劇でもあるだろう。

 同じく体制に抗い、義を貫いた人がいた。第7話における開発投資銀行の谷川幸代(西田尚美、50)だ。

 箕部が牛耳る「タスクフォース」から、帝国航空に融資している2500億円のうち、1750億円の債権放棄を求められていたが、毅然と突っぱねた。

「債権放棄の要請に対して、見送りの決断をいたしました」(谷川)

 こう回答する直前、開投銀の民営化が閣議決定されており、政府に言いなりになるしかない立場ではなくなった。とはいえ、株はまだ政府が持ち、影響力があるはず。やはり大きいのは谷川の覚悟だ。悪政を敷いていた体制側が粉砕された形であり、見る側がカタルシスを得られた場面だった。

 開投銀は帝国航空の主力行。同行の決定により、準主力行である半沢の東京中央銀行も500億円の債権放棄を拒絶できた。

 帝国航空に融資をしている銀行はほかに4行あったが、主力行、準主力行の対応に準ずるのが金融業界の不文律なので、いずれも債権放棄を拒むことに。全行そろって箕部の企みを引っ繰り返したわけだ。

 これに半沢を含めた全行員は、ライバル同士でありながら、手を取り合って喜んだ。半沢は労をねぎらわれた。まるで武士は相身互い(同じ立場にある者は、互いに思いやり、助け合わなければいけない)。赤穂浪士も吉良を打つまでの間、付き合いのない武士たちに助けられた。

 主君の敵討ちのために生きているような女性が新山智美(井川遥、44)。第1話から出ていながら、第8話まで素性がつまびらかにされなかった。半沢たちが溜まり場にする小料理屋「上越やすだ」の女将であるものの、元は東京中央銀行の行員。10年前に自死した副頭取・牧野治(山本亨、59)の秘書だった。

 牧野は旧Tによる不良案件融資の黒幕という汚名を着せられたまま死んでいった。だが、牧野の高潔な人柄を知る智美は「あの人は不正を犯すような人ではありません」と、思い詰めたような顔で半沢に訴えた。ワルは箕部と結託した紀本であり、牧野はすべての責任を背負わされたのだ。

 智美は牧野の潔白が証明される日を待ち続けていた。店に訪れる半沢たちの話に耳をそばだてていたが、それも牧野の汚名をそそぐための情報が得たかったからだろう。

 第9話では現代の古武士のような男の素性が明かされた。第8話から登場した検査部部長代理の富岡義則(浅野和之、66)である。出向待ち部署と呼ばれる検査部に10年も在籍しており、昼行灯かと思わせたが、ずっと中野渡の密偵を務めていた。中野渡に代わって、牧野の死の真相を調べていた。

 富岡を推薦したのは智美。中野渡から「旧Tの人間は自分たちに不都合なことを探られたくないだろう。旧Sの行員の中で、優秀で口が固く、派閥の論理に左右されず、指示に忠実な人間が理想だ」と、人選を頼まれたため、富岡を推した。

 こんな条件にかなうサラリーマンはそういないに違いない。例え条件に合致しようが、ずっと1人で密命をこなさなくてはならず、出世も見込めないのだから、引き受けるのは躊躇するはず。智美も富岡もストイックで、まるで時代劇の世界を生きているようである。

 さて、最終回はどうなるのか。このドラマは伏線を丁寧に回収するので、これまでの発言や場面から占ってみたい。

 カギを握りそうなのは黒崎駿一(片岡愛之助、48)。第8話で金融庁から国税庁へ異動した。箕部の暗部を探ったための左遷とされたが、本当にそうなのか。

「金融庁はもうこの件から手を引くわ」

 黒崎は半沢にそう伝えたが、箕部追及をあきらめたとは言っていない。箕部を告発するなら、むしろ国税にいたほうがやりやすいはず。20億円の不正融資に絡む脱税を追えばいい。

 第9話での黒崎は紀本の隠し口座のデータを半沢に提供した後、「またね」と言い、去っていった。最終回への出演に含みを残している。官僚の黒崎にとって主君は国民だ。箕部を告発し、黒崎なりの忠臣蔵をはたすのではないか。

 もう1人のキーマンは中野渡だと見る。かつての上司・牧野の葬儀の際はずっと棺から離れず、忠義の篤さを見せた。死の真相も調べ続けていた。今になって牧野を苦しめた箕部の悪事に目を瞑るのか…。

 中野渡も10年がかりの忠臣蔵を完結させるのではないか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ),br> 放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月27日掲載

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