党大会5年ぶり「来年1月開催」の裏にある北朝鮮「逼迫した窮状」(上)

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 北朝鮮では8月19日、朝鮮労働党中央委員会第7期第6回全体会議(総会)が開催され、第8回党大会を来年1月に開催することを決定した。北朝鮮が党大会を開催するのは2016年5月以来、4年8カ月ぶりとなる。

 同総会は、朝鮮労働党第8回党大会招集に関する「決定書」を採択したが、それは、第7回党大会で決定した「国家経済発展5カ年戦略」の目標を達成できず、人民生活の向上が実現しなかったことを認める異例の内容となった。

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、自身の言葉ではないものの、党の最高責任者として「国家経済発展5カ年戦略」の失敗を認め、新しい経済計画を党大会で決定し、党組織の改編などを行った上で、米大統領選挙後の新たな対米戦略の準備に入ったといえる。

党大会の来年1月開催の意味は?

 かつての朝鮮労働党規約では、党大会は5年ごとに開催されることになっていたが、実際はそうはならなかった。このためか2016年5月の第7回党大会で改正された党規約でも、党大会をいつ開くかの規定はない。

 しかし、金党委員長は今回の党中央委総会で、

「党の最高指導機関である党大会を定期的に招集し、時代と革命発展を引導する路線と戦略・戦術的対策を確定し、その執行を保証することができる党の指導機関を整備、補強すべきだ」

 と述べ、党大会を定期的に開催する方針を示した。これを受けて、前回の党大会から4年8カ月ぶりに党大会を開催することになった。

 だが、現在の党規約では党大会は「党中央委員会が招集し、党大会招集日は6カ月前に発表する」とされている。党中央委員会は8月19日に開催されたから、党規約を厳密に解釈すれば、党大会開催は来年2月19日以降になる。しかし、金党委員長は党大会の開催を来年1月とした。その背景には何があるのだろうか。

「国家経済の成長目標が甚だしく未達成」

 党中央委総会は、採択した第8回党大会開催「決定書」の中で、

「過酷な対内外情勢が持続し、予想し得なかった挑戦が重なることに合わせて経済事業を改善することができず、計画されていた国家経済の成長目標が甚だしく未達成となり、人民生活が目に見えて向上し得ないという結果ももたらされた」

 とし、2016年5月の第7回党大会で決定した「国家経済発展5カ年戦略」(2016年~2020年)に掲げた目標が「甚だしく未達成」に終わったことを認めた。

 北朝鮮当局がこのように率直に経済計画未達成の状況を認めるのは、極めて異例のことだ。

 ここでいう「過酷な対内外情勢」とは、国連による経済制裁の長期化であったり、今回の集中豪雨や、これまでの干ばつ被害のような自然災害を指しているとみられる。

 さらに「予想し得なかった挑戦」とは、今年に入っての新型コロナウイルスの感染問題であろう。

 また金党委員長は演説で、

「今年、様々な側面で予想し得なかった不可避的な挑戦に直面した主観的・客観的環境と朝鮮半島周辺地域の情勢について分析し、歴史的な党第7回大会が開かれてからこれまで4年にわたり、わが党と国家の事業でもたらされた成果と欠陥について」

 評価した。金党委員長のいう「今年、様々な側面で予想し得なかった不可避的な挑戦」とは新型コロナウイルス問題であり、集中豪雨被害であろう。

 金党委員長は、党最高責任者として「国家経済発展5カ年戦略」の失敗を認めたと述べたが、しかし北朝鮮の発表を厳格に読むと、金党委員長自身の口では認めていない。北朝鮮メディアによると、金党委員長は総会で

「第7回党大会が提示した国家経済発展5カ年戦略目標遂行の最後の年である今年に人民経済の各部門が達成した目標遂行の実績について資料を挙げて詳細に報告し、その結果について解析した」

 だけであり、

「金正恩委員長は演説で、党中央委員会の政治局は朝鮮革命の重大な時期に第7回党大会の決定貫徹のための活動で現れた偏向と欠陥を全面的に、立体的に、解剖学的に分析、総括し、党と政府に提起された新たな闘争段階の戦略的課題を討議、決定するために朝鮮労働党第8回大会を招集することを提議した」

 と述べただけなのである。

 金党委員長は、党政治局が「偏向と欠陥」を「全面的に、立体的に、解剖学的に」、「分析、総括し」たとし、自身の責任には言及せず、党に責任転嫁をしている印象が拭えない。「国家経済発展5カ年戦略」の失敗について、金党委員長の権威を傷付けないための苦肉の策的な発表であった。

「5カ年戦略」は毎年8%成長を目標

 消息筋によると、2016年5月の第7回党大会で決定した「国家経済発展5カ年戦略」は、北朝鮮の経済状況はいまだに1980年代の経済状況以下であると厳しく分析した上で、2016年から2020年までの国内総生産額で毎年8%成長を見込み、2020年に2014年比で60%成長をするという高い目標を掲げていたという。

 しかし、現実はどうか。韓国銀行の推定は以下の通りだ。

 朴槿恵(パク・クネ)政権下の2015年のマイナス1.1%という数字には疑問があるが、いずれも北朝鮮が目標に掲げた8%成長にはほど遠い。一部の格付け会社は、北朝鮮の2020年の経済成長率はマイナス6%になると見通していたが、これを8月にマイナス8.5%に下方修正した。

 金党委員長は、政権発足時の2012年4月15日の閲兵式の演説で、

「我が人民が、2度とベルトを締め上げずに済むようにし、社会主義の富貴栄華を思う存分享受するようにしようというのが我が党の確固たる決心です」

 と決意を表明した。しかし、党中央委「決定書」は、

「人民生活が著しく向上しないという結果も招かれた」

 と総括した。1990年代の「苦難の行軍」が再現されるのではないか、という住民の不安が起きているのが現実だ。

 筆者が2014年に訪朝した際、北朝鮮の経済専門家は、2013年の穀物生産量は566万トンだと言っていた。自給自足が可能になる穀物生産量はどれくらいか、という質問には700万トンと答えた。

 消息筋によると、「国家経済発展5カ年戦略」では2014年の穀物生産量を614万トンとし、2020年までに800万トンにする、としていたようだ。これが実現していれば、自給自足可能な水準を上回ることになっていたはずだが、現実は毎年80万~100万トンを輸入しなければならない状況だ。

 韓国国会の情報委員会で8月20日に国家情報院が報告をした後、メディアにブリーフィングした与党「共に民主党」の金炳基(キム・ビョンギ)議員は、

「金正恩執権以後、最大の被害を記録した2016年より農耕地浸水被害が大きく増加したと説明があった」

 と明かし、今年の農業生産が大きな打撃を受ける見通しだと述べた。

新たな「国家経済発展5カ年計画」を提示へ

 金党委員長は党中央委総会の演説で、来年1月の第8回党大会で「来年の事業方向を含む新たな国家経済発展5カ年計画を提示する」ことになると述べた。

 北朝鮮が第7回党大会で決定したのは「国家経済発展5カ年戦略」であったが、金党委員長は、今度は「戦略」ではなく、「計画」と呼んでいる。「戦略」と「計画」で、何が違うのか分からないが、社会主義国家では、党大会では新たな経済計画を決定するのが一般的であることを考えれば、「戦略」から「計画」への転換は、社会主義的な統制経済色を強める意味合いがあるのではないか、と憂慮する。

 新しい「計画」が、2016年の「戦略」のように8%成長といった背伸びした目標ではなく、実態に根ざした現実的なものであることを願うだけである。

 さらに、金正恩政権発足時に目指した経済改革的な政策が後戻りしないことを願う。改革こそが経済発展のバネである。

 そして、北朝鮮が党大会を来年1月に開催するとした最大の理由は、早期に新たな「経済計画」を決定し、それに則った経済活動を1月からすぐに行うためとみられる。

幹部の自己批判でトップの責任回避キャンペーン

 党機関紙『労働新聞』は、党中央委総会の結果を報じた翌日の8月21日、1面に経済各部門6幹部の寄稿文を一斉に掲載し、経済政策失敗の原因は自分たちにある、という自己批判を展開した。

 北朝鮮当局が経済の失敗をこのように公然と認めるのは異例のことである。

 だが、この背景には、経済的な失敗の責任を幹部たちが自己批判することで、最高指導者の責任を回避しようという意図があるとみることができる。

 集中豪雨で大きな水害を受けた黄海北道の朴(パク)チャンホ道党委員長は、党中央委総会での金党委員長の演説を聞き、

「心の中で呵責の念を禁じ得なかった」

「1つの道の責任を負う幹部として、仕事もまともにできず、わが元帥様(金党委員長)に水害で苦労する人民への心配から、あれほど険しい泥道を歩ませ、世の中にこれほど大きな罪がどこにあるだろうか」

 と自身を責めた。

 張吉龍(チャン・ギルリョン)化学工業相は寄稿で、

「第7回党大会が提示した国家経済発展5カ年戦略目標遂行で、経済発展の両輪をなす化学工業部門が自分の役割を果たせなかった原因は、われわれの省幹部たちが戦略的眼目と計画性なく事業をやったことにある」

 と自己批判した。

 金(キム)グァンナム金策製鉄連合企業所支配人は、

「事実、最近の数年間、国の経済全般がまともに発展していないのは、金属工業の長男といわれるわれわれ金策製鉄連合企業所に責任がある」

 と、自身の責任を認めた。

 さらに『労働新聞』は翌8月22日付で、

「朝鮮労働党第8回大会を高い政治的熱意と輝く労力的成果で迎えよう」

 と題した社説を掲載し、その中で、

「われわれの闘争で、成果もあった反面、過酷な対内外情勢が続き、予想しなかった挑戦も合わさり、それに合わせて経済事業を改善できず、計画した国家経済の成長目標を達成できず、人民生活が見に見えて向上できなかった欠陥も現れた」

 と経済の失敗を認めた。さらに、

「今日の対内外的環境と条件は4年前と大きく変わった。わが党と人民は強国建設の闘争で重大な意味を持つ一歩を築いた。変化した環境と新しい段階に入ったわれわれの革命は、時代と革命発展を領導する科学的な路線と戦略・戦術的対策を確定することを要求している」

 と、変化した環境に対応できなかったことを自省した。その一方で、

「第8回党大会は、社会主義強国建設で新たな前進を遂げる上で画期的な里程標になり、党の指導力と戦闘力を非常に強化して党組織を活発に動く戦闘組織にする意義深い大会になる」

 と、第8回党大会開催の意義を強調した。

 社説はさらに、

「わが党と人民は、艱苦な闘いで建国以来最も大きな山を越える大勝利を収めてわが国が世界の政治構図の中心に立つようにし、金正恩朝鮮労働党委員長が主導的で電撃的な外交活動で国の対外権威と影響力を高めたのは、祖国の青史に輝く不滅の業績である」

 と指摘しているのだが、党中央委総会が、経済戦略が掲げた目標を「甚だしく未達成」だったと失敗を認めたのに、どこが「艱苦な闘いで建国以来最も大きな山を越える大勝利」を収めたというのであろうか。

 経済政策での最高指導者の責任を論じることもなく、対米関係打破という本当の意味の成果を生み出せなかったにもかかわらず「外交の成果」だけを強調する空疎な内容であった。

 社説は一方で、

「権勢と官僚主義、不正・腐敗行為との闘いの度合いを高め、人民に負担や不便を強いて成果を上げようとすることを非常事件と見なして完全に根絶しなければならない」

 と強調したが、これは官僚主義や不正・不敗がはびこっていることを逆に物語っている。

米大統領選挙の結果見て新対米方針決定か

 来年1月に党大会を開催するもう1つの理由として、今年11月の大統領選挙の結果を見極めた上で、早期に新対米方針を決定しようという思惑があるとみられる。

 しかしこれは付属的な理由であり、1月という時期設定の最大の理由は、やはり新経済計画に合わせたものとみるべきだ。

 だが、第8回党大会で金党委員長が行う党中央委事業総括報告の中で、新たな対米方針をも明らかにする可能性が高い。

 その内容は、今年11月の米大統領選挙の結果次第となるだろう。ドナルド・トランプ大統領が再選されれば、北朝鮮は対米強硬姿勢を維持しながらも、米朝首脳会談の開催を模索するであろう。つまり対米戦略の基調は変わらないということになる。

 金党委員長は、2019年4月の最高人民会議で「年末まで米国の勇断を待つ」としたが、2020年になってもトランプ大統領の立場を危うくするような挑発は控えている。2019年12月の党中央委第7期第5回総会でも、

「米国が敵視政策を追求するなら非核化は永遠にない」

「世界は間もなく新たな戦略兵器を目撃するだろう」

 と威嚇した。しかし、金党委員長はまだ「新たな戦略兵器」を世界に見せていない。これはトランプ大統領の再選の可能性を睨んでの自制だろう。

バイデン当選ならSLBM発射実験も

 一方、ジョー・バイデン前副大統領が当選すれば、バラク・オバマ前大統領時代の「戦略的忍耐路線」に戻る可能性が高い。日本、韓国との同盟関係を再構築し、日米韓の関係を強化した上で、中国による圧力を求めるような政策に戻るとみられる。

 ただバイデン陣営にとって、現時点では朝鮮半島政策のウェイトはそれほど大きくなく、政権の朝鮮半島政策担当者が決まるのは来年8月以降になると思われる。

 しかし、オバマ政権の戦略的忍耐路線は、結果として北朝鮮の核・ミサイル開発を進めさせてしまった。その失敗をどう乗り越えるかが問われることになる。

 一方で北朝鮮は対米交渉力を上げるために、バイデン氏が当選し、来年1月に大統領に就任するまでの不安定な時期に、「新たな戦略兵器の登場」を含めた軍事挑発に出る可能性がある。

 最も可能性が高いのは、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験だ。韓国の国家情報院は8月20日の国会情報委員会への報告で、

「豊渓里核実験場や東倉里ミサイル発射実験場などでは特異な動向はないが、新浦造船所で新型潜水艦の建造が終わったようだ」

 とした。

 北朝鮮が建造した新型潜水艦は3000トン級で、SLBM3、4基を搭載できるとみられている。

 北朝鮮は既に昨年10月、SLBM「北極星3」の水中発射台からの発射実験に成功している。日本の防衛省は、「北極星3」の飛距離は2500キロはあるとしており、これが「新たな戦略兵器」の可能性がある。ただ「北極星3」は、潜水艦からの発射実験はしていない。

 また、国家情報院が「建造が終わった」としている3000トン級の潜水艦の進水式を、北朝鮮はまだ行っていない。おそらく、米大統領選挙の結果を見て、潜水艦の進水や「北極星3」の潜水艦からの発射実験を行う可能性がある。

 今年10月の党創建75周年では、軍事パレードが行われるとみられる。ここでどういう兵器が登場するのか、11月3日の米大統領選挙の結果を見てどういう軍事挑発をするのか。今年10月以降の北朝鮮の動向は要注意だ。

国情院「金正恩氏が『委任統治』」?

 国家情報院による8月20日の国会情報委員会での報告について、「未来統合党」の河泰慶(ハ・テギョン)議員は、国情院が「金与正(キム・ヨジョン)が国政全般において委任統治をしている」と説明したと述べた。

 国情院は、

「委任統治の内容は何かというと、金正恩が依然として絶対権力を行使しているが、過去に比べ、少しずつ権限を移譲したり、例えば、金与正に対南政策、対米政策など(を任せているということ)だ。報告も金与正が受け、再び、金正恩へ上げるという風に中間報告を受けている」

 とした。さらに、

「委任統治は金与正1人でなく、金与正が最も、全般的に移譲された権限が多いが、朴奉珠(パク・ポンジュ)党副委員長や内閣の金徳訓(キム・ドクフン)首相に経済分野の権限を与え、軍事分野では新設した軍政指導部の崔富一(チェ・ブイル)部長、戦略武器開発を全面的に担当している李炳哲(リ・ビョンチョル)党中央軍事委副委員長にという風に、経済や軍事分野で権限が移譲された」

 と説明した。しかし同時に、

「金正恩は依然として絶対権力を行使している」

 とし、金与正氏に権限を移譲していることに対して「後継者の決定はしていない。後継者統治ではない」として、金与正氏の「後継者説」を明確に否定した。

「委任統治」とは、本来「第1次世界大戦後、国際連盟の委任に基づいて特定の国家によって行われた統治」のことである。

「委任」という言葉から、金党委員長の権力が他者に委ねられて弱まっていく、というイメージがある。しかし国情院は、金党委員長は「依然として絶対権力を持っている」としており、この「委任統治」という言葉は金与正第1副部長を含めた幹部たちの権限を過大評価する危険性のある、過剰な表現だといえよう。国家情報院は「金正恩が依然として絶対権力を行使している」としながら「委任統治」という言葉を使ったのはミスリードではないだろうか。

 筆者は、“金与正第1副部長は金党委員長の「アバター(分身)」である”とたびたび強調しているが、「アバター」は「本体」が消滅すれば、同時に消滅する運命にある。金与正第1副部長は、金党委員長の代理として権限を行使しているに過ぎないのである。

「委任統治」ではなく「責任分担統治」ではないか

 少し、時間を遡って見てみよう。

 金党委員長は、2019年2月末のベトナム・ハノイでのトランプ大統領との首脳会談で制裁解除などを勝ち取り、人民にお土産を携えて帰国し、その後の最高人民会議で、かつて金日成(キム・イルソン)主席が就いていた「国家主席」のような役職に就こうとしていたのではないか、と筆者は推測する。

 しかしハノイ会談は失敗に終わり、同年4月の憲法改正は付け焼き刃的なものになってしまった。それを補正するために同年8月に再び最高人民会議を開き、憲法を修正せざるを得なかった。

 金日成主席は1948年から首相を務め、国政に責任を負った。満州パルチザン派が完全に権力を掌握するまでは、経済政策が失敗すると批判を受けたりもした。

 しかし、1970年の第5回党大会では初めて「主体思想」を党の指導理念として採択し、金日成独裁体制が固まり、1972年に社会主義憲法を採択して、金日成首相は国家主席に就任した。国家主席は憲法上でも絶大な権力を独占しながら、個々の政策には責任を負う必要がなくなった。

 今回、金党委員長がやろうとしている分担制は、失敗をしても自分は責任を負わず、独裁者として君臨するシステムづくりではないかと考える。

 良い例が、「対南事業の総括者」である金与正党第1副部長が開城の南北共同連絡事務所を爆破し、軍総参謀部が開城工業団地や金剛山観光地域に軍を展開するなどの措置を容認すると、金党委員長は党中央軍事委員会の予備会議を開いて軍の行動計画を「留保」させたことだ。

 つまり、絶対的な権力は金党委員長にあり、対南事業を妹の金与正党第1副委員長に任せていても、トップはいつでも介入し、「もう、それくらいにしておけ」ということができるということだ。

 むしろ、金党委員長は、金日成主席の「国家主席」のような存在として、対南や対米は金与正党第1副部長、経済は朴奉珠党副委員長と金徳訓首相、軍事は崔富一軍政指導部長と李炳哲党中央軍事委副委員長に各分野を任せるが、その政策に失敗があっても、自分は責任を取らず担当者を解任し、最高権力者の絶対的な独裁権力は温存される、というシステムをつくろうとしているように見える。

 ただし、妹の金与正氏だけは解任などはなく、その下の幹部が解任されるだろう。

 来年1月の第8回党大会では、そうした党の体制をつくるための組織再編を断行するのではないだろうか。これは「委任統治」というよりは、金党委員長の絶対的な権力を前提にした「責任分担統治」とでもいう体制ではないだろうか。(つづく)

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2020年8月28日掲載

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