ロシア民間軍事会社「傭兵」を拘束ベラルーシ「クーデター事件」の真相

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 7月29日、旧ソ連15カ国の1つであるベラルーシのメディアは、同国内で33人のロシア国民が逮捕されたという速報を一斉に流した。容疑は「ベラルーシにおける情勢の不安定化」、つまり内乱の惹起である。

 続いて逮捕の模様を収めたビデオが出回り始めた。ホテルの部屋に次々と踏み込む特殊部隊。うつぶせに組み伏せられて手錠をかけられる屈強な男たち。彼らの鞄から取り出されたロシアのパスポートや「死が俺たちのビジネス」と書かれたパッチ……。

 結論から言えば、彼らは「ワグネル」というロシアの「民間軍事会社(PMC)」のコントラクター(社員)たちであった。

 では、ワグネルとは一体どのような組織なのか。彼らはなぜベラルーシにいたのか。彼らが「情勢の不安定化」を図っていたというのは本当なのか。本稿ではこれらの点について順に解説していきたい。

PMCが重宝される理由

 本題に入る前に述べておきたいのは、PMCには様々な形態が存在するということである。真っ先に思い浮かぶのは、カネで雇われて戦う「傭兵」だが、これはPMCの一形態に過ぎない。

 現代の紛争においては、警備、訓練、情報収集、武器供給の仲介、さらには捕虜の尋問に至るまで様々な業務がPMCに委託されるようになっており、米国のアフガニスタン作戦では米軍兵士よりも多くのコントラクターたちが動員された。

 PMCが重宝される理由は、彼らが非常に便利な存在であるから、という点に求められよう。彼らは正規軍ではないので、軍隊の派遣に関する国内の政治的・行政的な手続きを飛ばして危険な戦地にも送り込むことができ、戦死しても「自己責任」で済ませることができる。他方、コントラクターの多くは軍隊などで勤務経験があり、そのスキルは正規軍にも引けをとらない。

 冷戦後、正規軍の兵力が大幅に削減される一方で、対テロ戦争や平和維持任務などによって海外派遣は増えるばかり、という状況に直面した西側諸国は、こうした手軽さに飛びついたのである。

「民間」というより「国営」軍事会社

 他方、ロシアの状況は少し異なっていた。

 ソ連崩壊後のロシアにもPMCは存在しており、旧ソ連諸国での紛争には度々顔を見せていた。ただ、ロシアでは現在に至るもPMC(ロシア語での略称はChVK)は法律で認められておらず、彼らはあくまでも違法に傭兵業(ロシアでは刑法犯罪)に従事しているという扱いである。

 それにしては、ワグネルの活動は派手だ。同社は2013年に設立されたと言われるが、これ以降、ワグネルのコントラクターたちはウクライナ紛争やシリア紛争、さらにはスーダン、中央アフリカ、リビアといったアフリカ大陸の紛争にも介入し、ベネズエラに派遣されたという未確認情報もある。

 様々な報道を総合すると、彼らがこれだけ大々的に活動できるのは、ロシア政府の後押しを受けているためであるようだ。

 より具体的に言うと、ワグネルはロシア軍において情報収集や外国への介入を担当する「参謀本部情報総局(GRU)」が民間企業を装って設立した事実上の「ロシア軍別働隊」であり、コントラクターの募集から訓練、そして実際の軍事作戦に至るまで、GRUの直接指揮下で実施されていると見られる。

 実際、ワグネル社の訓練キャンプはロシア南部のクラスノダール州モリキノに置かれているとされるが、その敷地はGRU「第10特殊作戦旅団」のすぐ隣にあり、射撃訓練場などを共有しているようだ。

 また、元コントラクターたちがメディアに語ったところによると、戦地に派遣されるワグネルの部隊はほぼGRUの特殊作戦部隊に準拠した編制を採用し、シリアでは戦車や火砲さえ与えられていたという。

 こうなると「民間」軍事会社というよりも「国営」軍事会社、あるいは「便宜上、民間企業の形を取った軍隊」と表現した方が実態に即していよう。

 ただ、形式の上でワグネルが「民間」であることには変わりはない。

 前述のようにロシアではPMCは違法なので、公式の登記情報などは存在しないが、ワグネルの所有者は、ウラジーミル・プーチン大統領と親しい関係にある実業家のエフゲニー・プリゴジン氏であると目されている。ホットドッグのチェーン店経営から身を起こし、レストラン経営や軍の給食事業などで大成功した外食王、通称「プーチンのシェフ」である。

 GRUがプリゴジン氏を通じてワグネルを運営し、軍事作戦を行わせる代わりに、プリゴジン氏は介入先の紛争地域で得られた石油や貴金属利権を享受する、という構図だ。

戦死は「自己責任」

 このようなロシア流PMCが出現した正確な経緯は、はっきりしない。

 アンゴラ内戦およびシエラレオネ内戦で目覚ましい成果を上げた伝説的なPMC「エグゼクティブ・アウトカム」社の設立者として知られる退役南アフリカ軍人のイーベン・バーロウ氏が、2010年頃にロシア軍参謀本部に設立を持ちかけたという報道もあるが、真相は闇の中である。

 いずれにしても、ワグネルが現在のロシア軍にとって便利な手駒であることは間違いないだろう。ウクライナやリビアのようにロシア政府が公式に関与を否定している紛争地域で軍事作戦を遂行させたり、外国の友好国に対して秘密裏に軍事援助を行ったりするためには、「軍隊のようだが軍隊ではない」ワグネルのような組織がぴったりなのである。

 では、コントラクターたちはどのような動機でこうした危険な任務に従事するのだろうか。これは西側のPMCと同じで、カネだ。

 サンクトペテルブルグのリベラル紙『フォンタンカ』でワグネルを追い続けてきたデンス・コロトコフ記者が入手した内部文書によると、コントラクターの中でも一番階級が低い「兵士」の月給は6万ルーブル(約8万5500円)で、これはロシア人の平均月収の倍に相当する。

 しかもこれは基本給であって、警備任務で戦地に派遣される場合は12万ルーブル(約17万円)、戦闘任務なら24万ルーブル(約34万円)になるというから、志願者には事欠かないようだ。

 では、戦地で負傷したり戦死したりした場合はどうなるのか。

 コロトコフ記者の入手した内部文書によると、前者の場合はワグネル社の判定によって5万ルーブルから30万ルーブル(約5〜43万円)の補償金が出ることになっているが、会社からの医療支援はない。戦死した場合にはコントラクター自身の指定した人物に300万ルーブル(約430万円)が支払われるが、遺体は返還されないという。戦死すれば国旗に包まれた棺で祖国に帰ることができ、遺族には年金も払われる正規の軍人とは、ここが大きく異なるところだ。

標的は8月9日の大統領選

 話をベラルーシに戻そう。

 世界中の紛争地域に派遣されてきたワグネルのコントラクターがベラルーシにいたとすると、ロシアがベラルーシへの非公然介入を企てていたのではないか、という疑惑がすぐに頭をよぎる。

 ベラルーシでは8月9日に独立後6回目の大統領選を控えているが、これを標的にロシアがPMCを送り込んできたというのがベラルーシ当局の主張だ。

 7月30日にアンドレイ・ラブコフ国家安全保障会議書記が述べたところによると、ロシアは逮捕された33人を含めて200人ものワグネルのコントラクターをベラルーシに送り込み、同国で「革命を起こすべくテロ活動を計画していた」という。

 1994年以来、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領が事実上の独裁体制を敷き、「欧州最後の独裁国家」と呼ばれるベラルーシだが、国民の間では不満が鬱積している。最近、インターネット上で行われた世論調査では、ルカシェンコ大統領の支持率が3%しかないという衝撃的な結果も出た。反ルカシェンコ派はこれを揶揄して「3%のサーシャ(3%しか支持しないアレクサンドル)」という標語を掲げてデモを活発化させている。

 こうした中で、今回の大統領選挙にはかつてなく多数の反ルカシェンコ派候補が立候補した。その多くは過去の手続きの不備を理由に立候補を取り消されたり、拘束されたりするなどの弾圧を受けているが、その中で意外な健闘を見せているのがスヴェトラーナ・チハノフスカヤ候補である。

 有名ブロガーである夫のセルゲイ・チハノフスキー氏が大統領選に立候補するも拘束され、後に手続き不備を理由に立候補取り消し処分を受けたため、代わりに出馬したという変わり種候補だ。政治経験は全くないが、そのリベラルな政治姿勢と冷静な語り口が大いに国民の支持を得ており、7月30日に開かれた選挙集会には主催者発表で6万3000人もの市民が詰めかけた。

 一方、ルカシェンコ大統領側は、チハノフスカヤ氏を含めた野党候補の大量立候補は隣国ロシアやポーランドの陰謀であると主張している。

 こうした中で実際にワグネルのコントラクターたちが逮捕されたわけであるから、ルカシェンコ大統領にしてみれば「言ったとおりだろう」ということになろう。

真相はチハノフスカヤ潰しか

 ただ、こうしたストーリーを素直に受け取るわけにはいかない。

 ベラルーシ捜査委員会は7月30日、チハノフスキー氏(つまりチハノフスカヤ候補の夫)がワグネルと共謀して暴動を引き起こそうとしていたとして、刑事訴訟の手続きを開始したと発表した。つまり、チハノフスカヤ候補は反乱首謀者の妻ということになるわけだが、彼女が期せずして国民の人気を集めることになったダークホース候補であることを考えると「出来過ぎ」であろう。

 それでは、実際にワグネルのコントラクターたちが大挙してベラルーシに滞在していたことはどう説明されるのか。

 ベラルーシ当局の説明が完全にでっち上げであり、彼らが実はワグネルと全く無関係のロシア人である、ということは考えにくい。

 ウクライナでは、ドンバス地方で戦うワグネルのコントラクターたちの身元を特定してデータベース化する作業が行われており、今回逮捕された33人の中にはこのデータベースに合致する人物が複数含まれているためだ。 

 ロシアのドミトリー・メゼンツェフ駐ベラルーシ大使も、「彼らはおそらく民間軍事会社の職員である」という形で、この点を認める声明を発表している。

 ただし、メゼンツェフ大使は、彼らがベラルーシではなく第三国のエネルギー施設を警備するために渡航する途中であった、とも述べている。

 実は逮捕当時の映像には、コントラクターたちの鞄からスーダンの通貨やテレフォンカード、アラビア語の文書などが出てくるところが収められており、彼らはスーダンへ向かう途中だったのではないか、という指摘は非常に早い段階から出ていた。

 さらに7月30日にロシア外務省が発表した声明によると、彼らはベラルーシからトルコのイスタンブールへ向かう飛行機に乗るはずだったが、何らかの理由で乗り遅れ、代わりの便を待っていたところで拘束されたのだという。

 以上の状況証拠を総合すると、これはチハノフスカヤ潰しのためにルカシェンコ政権側が仕掛けた事件ではないかという印象が強まる。ワグネルのコントラクターたちを拘束することで、チハノフスカヤへの信頼を失墜させようとしたのではないか、ということだ。

「ワグネルって何ですか?」

 もっと言えば、この件は、ルカシェンコ政権がロシアを仮想敵として国民の結束を図ろうとしたもの、と位置付けることもできよう。

 ベラルーシと言えば旧ソ連諸国の中でも特にロシアとの関係が深い国として知られるが、両国はエネルギー供給やロシア軍基地の設置問題などを巡って軋轢を繰り返してもきた。 

 特に2019年にはルカシェンコ大統領が、

「ベラルーシはロシアの一部にはならない」「主権を守る」

 など、ロシアから併合の圧力を受けていることを示唆するかのような発言を度々行って注目を集めた。

 とすれば、今回もロシアの脅威を煽り、大統領選を前に国民の結束を固めようとした、という見立てが成り立たないことはないだろう。

 そしてこの意味では、ワグネルというのは絶妙の標的であった。ロシア政府の意向を受けて動く武装集団でありながら、正規のロシア政府機関ではない、という彼らの立場ゆえである。これが軍人であればロシアからの報復は苛烈なものとなろうが、ワグネルはあくまでも非合法武装集団に過ぎないから、ギリギリでレッドラインを超えない「挑発」の範囲に収まるというのがベラルーシ側の計算であろう。

 7月30日にロシア大統領府が行った記者会見において、ウクライナのメディアからワグネルの拘束事件について質問されたドミトリー・ペスコフ大統領府報道官は、こう切り返した。

「(ご質問は)わかりました。で、ワグネルって何ですか? ロシアには法律的にも、慣習法としてもPMCなんてものはありません。PMCって何ですか?」

 軍服を着込み、戦車まで持っている武装集団であっても、コントラクターは軍人ではない。彼らは、ベラルーシとロシアの国家的思惑の間で「置き去りにされた兵士」となりつつある。

小泉悠
1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から東京大学先端科学技術研究センター特任助教。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)。『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版)。ロシア専門家としてメディア出演多数。

Foresight 2020年8月4日掲載